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銀の歌ーGoodbye to Fantasyー  作者: プチ
第4章 自分の話
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第113話 君がためらい


 緊張しっぱなしだった商談が終わり、荷馬車に揺られて人心地ついた頃、ヘテル君が不意に言った。


「怒ってる?」


 膝を抱え縮こまっている。目線が誰かに向いていた訳でもなく、名前を呼んだ訳でもなかったから、全体に向けたものかなって考えた。でも、それは見当違いだった。

 ヘテル君の意識は、一人前の席に座るあの人に注がれていたから。


「……いや、どうしてだ?」


 こちらに背を向けたまま、アルトさんは返した。何に対してのことか察しが付いたのだろう。


「うん、調合法を教えたこと……」


 ヘテル君が言うと、いかにもわざとらしく、アルトさんはため息をついた。やれやれ言ってそうな態度に眉をひそめるが、他にも意味ありげだったので、黙っておくことにした。


「あいつらは馬鹿じゃないから、情報を安価にばらまいたりしない。だから他の商会とかには、まだ通用すると思う」


 下手に気負う必要はないぞ、暗に伝えているのが分かった。


「最終的にあいつらが買ったのは、毛皮じゃなくなったな」


「そっか……」


「落ち込むことじゃないって。ようするにお前が発見した物に、価値を見出されたってことなんだから。言い方が悪かった。むしろ誇っていいことなんだ。

 誰の手札じゃない、お前の手札だ。ヘテルがどう使ったって、誰も文句は言わないよ」


 ぶっきらぼうに手を振って、すかした笑い方をする。その振る舞いがきもいな〜とは思ったけど、なんだかんだ肯定してくれているのだ。

 ヘテル君はずっと前だけを見て話していたから、あれで良かったのかって不安があったのだろう。だから肯定の言葉は、彼にとってありがたかったに違いない。


「二人ともよく頑張ったな。お疲れ」


 アルトさんは振り返ると、目尻を下げて、気遣うように笑みを浮かべた。


 それは無意識の内に求めていた言葉……。

 認められるというのは本当にありがたくて、それにわたしのことも必要だったと、認めて肯定してくれたから、安心して頷けたんだ。


 アルトさんはそれから、落ち着いた動作で手綱を握ると、シーちゃんに指示を出していた。多分だけど、『泊まれる場所を探すぞ』みたいな内容だったのだろう。

 急な方向転換はなかったが、明確に目的地を決めて動き出そうとしているのを、シーちゃんの様子から感じ取った。なので待ったをかけた。


「そしたら商談の振り返りも終わりですよね? となったら次に行く場所は、当然【あれ】ですよね!」


 アルトさんは出鼻を挫かれたように固まった。


「「あれ?」」


 アルトさんとヘテル君の声が重なる。不安げな眼差しからは、戸惑いが感じられる。また何の伏線もなしに、適当なことを喋り出したとでも思っているのだろう。

 だが今回に関しては違う。しっかり約束していたことがあるのだ。だから胸をそらして立ち上がり、とびっきりの笑顔で言ったんだ。


「はい、あれです!」


✳︎


 そんなこんなで要望は通り、宿屋へ続く道とは全く違う方へと進んでいった。アルトさんが当初考えていたであろう、今日の予定は脆くも崩れ去った。

 そして今、来たかったその場所へと辿り着いたのだが、アルトさんは浮かない様子で、中々荷車から降りようとしなかった。きっと余計な散財する未来を幻視して、腰が重くなっているのだろう。


 わたしが急かし、アルトさんを無理矢理引っ張ると、ついに観念して彼も降りて来た。そして目の前の建物を見て、彼は言った。


「まじで、服買わされんのか……」


 大きいお店……とは言えないが、その店には陳列窓があり、道行く人に見えるよう、いくつかの服が飾られていた。

陳列窓に飾られた服の値札を見る限り、この店は高価な店ではなく、むしろ庶民に親しまれるような店であることが伺えた。

 それから陳列窓にある服はどれも、細かな装飾が施されており、安く見せない工夫があった。市民の期待に沿ってくれる良店に思えた。


「うん、じゃあ好きに選んでこいよ。金は払うから」


 陳列窓に飾られた衣服に目をとられていると、後ろからそんな声が聞こえて来た。振り返ればアルトさんが、しっしと追い出すように手を動かしている。

 そんなにお金を使いたくないのか……。


「これは?」


 アラカルト商会で勝ち取ったお金の入った袋を手にとって、ヘテル君がアルトさんに尋ねた。


「……一様預かるが、これは使わん。ヘテルが手に入れたものだからな」


 受け取ると懐にしまい、代わりにそれとは別の小さな布袋を取り出した。その時にジャラと硬貨と硬貨が擦れる音がした。


「でも毛皮のもとでは……」


 その音が、しまう音に対して寂しいものだったので、恐らく気を使って言っていた。だがそうするとこめかみをかいて、ヘテル君の頭上に手刀を落とした。

 ぽふと音が鳴る。


「いいから。子どもが変な気を使うな。もう大分すっからかんだけど、それでも服くらいなら買える」


 痩せ我慢に聞こえたけれど、アルトさんがそう言うならそうなのだ。ここまで来たからには覚悟だってあるはず。


「まじですか、じゃあ手加減はなしで!!」


 明るく朗らかに言ったら物騒な言葉がすぐに返ってきた。


「殺すぞ」


「単純に辛辣!」


 わたしは逃げるように店の中へと入っていった。



✳︎



 子どもにお金のことで気を遣われるのは辛いから、ああは言ったものの……。最近は出費ばかり嵩んで、お金が本当にない。服を買わされるのは、正直憂鬱だ。

 でも口約束とは言え約束だから反故にできないし、商談も頑張っていたから、褒美はあげたかった。


 どうとも言えない感情を抱くも、そんな感じでいい加減折り合いをつけて、一歩を踏み出した。──そうして気づいた。


「ヘテル……?」


 店の前、視線を下げて真横を向けば。店にも入らず、陳列窓の前で立ち止まるヘテルがいた。


 団体行動が得意でない俺が言うのもなんだが、勝手に振る舞われるのは困ってしまう。俺がヘテルに気付かず、店の中へ入っていたら、大変なことになるかもしれなかった。


 視覚的に分断されるのは、はっきり言って怖い。こいつの危機にすぐ気づけないかもしれない。異業種でなければ、ある程度はほっとくけれど、それは【もし】の話。


 何度も言っているのに、まだ分からないのか。


「おい、ヘテル。もうセアは入ったぞ」


 最初の呼びかけに反応しなかったので、今度はもうちょっと強めの語気で呼びかけた。するとややあって、ヘテルはようやく気がついたようだった。我に帰ったように、陳列窓から視線を外した。


「どうした?」


 振り向いた表情が、いつもとどこか違ったので尋ねた。

 ヘテルが何かに、ここまで我を忘れることがあっただろうか。彼は問いかけられると、呼びかけにも答えず、無言で俺の前を通り過ぎ、店の中へと入っていった。


「あっ、おいヘテル!」


 ……店の中へ入って欲しいと望んだのは俺だ。でも、ヘテルの振る舞いを見ていたら、何か重大なへまをやらかした気がしてならなかった。あまり高鳴ることのない自分の心臓も、どくんと久々に鳴っていた。


 こんな風に思ったのは、やはりヘテルが、諦めたように、窓に映る自分を眺めていたからだ。


 何となく、何となく今日のことから想像できる事があって。ヘテルが何を見ていたか確認することにする。

 それがあまり良くない事実に繋がるとしても、ヘテルの動向の傾向が分かるのならば、知る他なかった。これから先も唐突に動かれたのでは対処ができない。


 秘密を覗くようで、心に汚泥が溜まっていく。


 服屋に入るよりも足取りは重いが、先程立っていたヘテルの場所まで来ると、彼の視線の方向を思い出して、その後を追った。──そして目にしたのは。


「…………」


 きっと今、俺は冷たい目をしている。


 このことが良いことなのか悪いことなのか、判断がつかない。けれどセアが、ヘテルを助けたいと願うならば、このことに向き合う日は近いのかもしれないと考えた。

セ「これで作者が服の描写をするようになるんですね!」


ア「どうせしないぞ。あいつは気を抜くとすぐに、空か顔しか表現しなくなるから」

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