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銀の歌ーGoodbye to Fantasyー  作者: プチ
第1章 都市伝説
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第11話 2人きりの夜②



「つまりわたし達が捕まる前に本物の殺人鬼を捕まえて、聖騎士団の皆様方に引き渡すと……そう言うことですか?」


  こくんと神妙な顔で頷くアルトさん。


「なんですか? そのバカっぽい作戦?」


  アルトさんのあの発言から数十分。作戦の全容を聞いたわたしの最初の感想はこれだった。


「いや、まぁそう思うかもしれないけど、ちゃんと勝算はあるんだよ……」


 目を逸らしながら言われても説得力がない。おっ! いつものポーズだ。

 アルトさんが手元を口に近づけた。すると案の定咳払いをした。


「いいか? もう一度この作戦の全容を説明していくぞ」


 「はーい」とやる気半分に言う。


「狙われてるのは俺じゃないんだけどな〜。……まぁいいか」



「ということで、現状だが……まぁ最悪だな」


「はい。とんでもない能力を持ってる【殺人鬼】に、わたしは間違われてしまっているんですよね?」


「ああ、その通りだ。しかも追っ手は大陸一番の剣士ユークリウスだ」


「ユークリウス・ラーレアン……でしたっけ? あれは正直反則だと思います! 彼の動きは目で追いかけるのが精一杯ですもの」


 あの村で今日、自分が感じた率直な感想を言い、腕を前に伸ばし口を膨らませた。


「俺も初めて打ち合ってみたが……ありゃ噂以上だ。今回は運良く逃げだせたが、次に会ったらそんときゃ命はねーな」


 わたしと同じようにアルトさんも率直な感想を述べた。だが言葉の重みは全然違う。彼は剣士を十人以上、一度に相手どったほどの人物だ。そんな彼でも【次に会ったら命はない】なんて言う。分かりきっていることだが、ユークリウス・ラーレアンという人物は、やはり尋常ではない。

 表情が暗くなったのを察したのか、アルトさんは、すぐさま「だが」と言葉を続けた。


「聖騎士団の連中とは今は離れた距離にいる。近道を使いまくったからな。かなりの差はつけられた筈だ。これから行く目的地によっても変わってくるかもしれないが、二日くらいは日数を稼げるだろう」


 ここまでがさっきのアルトさんの発言のキモとなった部分。時間的猶予が残されているという点だ。ユークリウス一行とわたし達では人数に差がある上に、あちらは規定違反の行為をそうそう取れないらしいので、公道を外れることができないそうだ。そうなるとわたし達を追うには足の速さがちょっと足りないらしい。


「だが、逆に言えばこの二日だけしか俺達には猶予がないとも言える。なぜなら二日後には、あいつらはパルス国の首都に到達してしまうからだ。

 パルスの首都にユークリウス達が辿り着いた場合、即座に俺達の手配書が出回ることになる。それを元に多くの聖騎士団が動く。これら全てをかいくぐって生きのびていくのは不可能だ。ヤチェの村からパルスの首都までは、正規ルート……公道でだいたい三日かかる。既にあれから半日経過してるため、残りはだいたい二日だ」


 そう、そこなのだ。アルトさんが言うにはこのままユークリウス一行だけが敵であれば逃げ切るのは可能らしい。けれどわたし達の敵は、二日後を境に驚くほど増えてしまう。


「そこで、手配書が出回る前に、俺達は自分達の無実を証明しなくてはならない。そして無実を証明するためには、殺人鬼を捕まえなければならない……ではまず殺人鬼はどこにいるのか?」


 人差し指を立てて、アルトさんは問いかける。


「えっ……それは村のお兄さんが言っていたみたいに、わたし達が逃げてきたヤチェの村辺りにいるんじゃないんですか……?」


「まあ、そう考えるよな。だがこれまでの情報をよく思い出してみろ」


 焚き火の火が弱まってきたのを感じるとアルトさんは立てた指を引っ込め、焚き火用の薪の木を掴み、わたしの方から顔をそらす。こちらに顔は向いていない。だけども彼の言葉は続いていく。


「まず一つ目。殺人鬼が致命傷を負っている事」


 彼は薪を一本焚き火の中に放り込む。火はパチっと音を出し火の粉を上げ勢いを強める。


「二つ目。殺人鬼が逃げたとされるヤチェの村周辺と、実際に人殺しが起きたパルス国の首都とでは、馬を使って正規の道で約三日。無理矢理な近道を使ったとしても一日半はかかる」


 二つ目の薪を掴み、彼はさらに焚き火へと投入する。先ほどよりも強く火の粉が吹き上がる、その火の粉はわたしの目の前で赤く揺らめき消えた。


「三つ目。殺人鬼は【地理への造詣が深い】」


「──あっ!!」


 そこでアルトさんの言いたいことに気づく。彼が三つ目の薪を投げ込むとボウっと火は燃え上がり、わたし達の体を温めるには十分な温度になった。


「気づいたみたいだな……」


 焚火の揺れる炎に照らされて、浮かび上がる彼の表情はいたく真剣だった。


「油断からか致命傷を喰らってしまった殺人鬼は逃げようとしたが、いつものようには傷のせいで動けず、まず体を癒す必要があった。

 だがそれには、王国聖騎士団から離れなければならない。しかし深手を負っているのでそこまでの遠出はできない。そこで殺人鬼は一芝居打つことにした。

 いつもなら街の中でなんとか逃げるところだが、今回は街の外に出たんだ。王国聖騎士団を街から外へと誘導する必要があったから」


 真実へと辿り着こうとするアルトさんの喋りは普段通りの速度だが、今のわたしにはやたらと長く、ゆったりと聞こえた。きっと自分の脳が、彼の話す内容がとても重要だと判断したのだろう。よく記憶しようとしているんだ。


「しかしそれは殺人鬼の嘘だ……街の外にでるフリをして、地理への造詣を活かし、どこだかのタイミングで殺人鬼は街へと引き返した。そこにはもう王国聖騎士団という天敵はいない。ならば逃げ隠れするのは比較的簡単になる」


 アルトさんの機転の利き方、少ない時間での彼の鋭い洞察に感嘆し息を呑んだ。そしてこれから彼が言うであろう決め台詞を共に言う。


「「つまり、殺人鬼はまだ街の中にいる!!」」


 アルトさんはわたしをみて満足そうに笑みを浮かべる。


「とするならやることは簡単だ。このまま足の速さを活かして、聖騎士団よりも先にパルスの首都へと着き、殺人鬼を探し出し捕まえる。致命傷を喰らっているらしいから、化け物じみた力があろうとなんとかできるかもしれない」


 アルトさんは言い終わると、懐ろから紙とペンを取り出して立ち上がりサラサラと何かを書く。


「やることは決まった。それならここからは時間との戦いだ。まず情報がいる」


 書き終えるとペンをしまい、代わりに封筒を取り出す。封筒に何かを書き綴った紙を入れしっかりと封をするとアルトさんは。


「クリエイト」


 呟いて、空中に銀色に光る一羽の小型の鳥を具現化させる。しかしそれは骨格だけしかない不完全なものだった。


「これは、銀糸鳥ぎんしちょう。ギン素の糸で編んだ鳥だ。これに命はなく、作られた主人の命令を一度だけ遂行する。市民達の間ではよく遠い人に連絡をする時に使われている」


 説明し終えると、銀糸鳥の足に手紙を括り付け、鳥に何事か囁き。


「そら! 飛べ!!」


 主人の命令に従うべく銀糸鳥は飛び立った。淡く銀色に光る鳥は、夜空の中何よりも鮮やかだった。


「銀糸鳥に先行させた。これで俺の知り合いと連絡をとる。んでもってひとまずやることは終わりだ。今日は後、明日に向けて寝るだけだ」


 絶望的状況から一転、希望が見え始めた。けれど一切の迷いなく動くアルトさんを見ていたら、とある不安感にわたしは襲われた。


 ここまでの一連の流れを見て考えてしまったのは、アルトさんの不可解なまでの―上手くは言えないが―ありとあらゆる事への凄さである。


 彼は魔法が使える、体術が使える、頭が良い、機転も利く、そして犯罪者の行動のしかたを理解している節がある。

 ここまでしてもらっておいて失礼な話だが、異様なまでの用意周到さ、事態を把握する力。未だに展開に追いつけていない、ただの凡人のわたしには彼が不気味に見えた。


「ん? どうしたセア。今日はもうできることはない。いつまでもうだうだ起きてるより、今日の疲れを少しでも取って、明日に備えるべきだろ」


 彼は「クリエイト」という呟きと共に、どこからともなく、厚い二つの布を取り出した。そして穏やかな笑みを浮かべ、「さぁ」と手招きをする彼を見て、動けなくなってしまった。


 アルトさんは不思議そうにわたしを眺め、かがむと手を伸ばした。それでわたしの肩に触れようとする。


──と、その時だ。アルトさんの腰元から、何かがカランと地面に落ちた。暗いこともあって、それが何か一瞬分からなかったが、注意深くみると気づけた。

 それは短剣だった。普段は薬草の採取とかに使うというそれを。しかし今日はその用途ではなく、戦いに使われた。


 いつもならきっと草花特有の、独特なツンとする香りがするのだろう。だけど今あの短剣が放つ臭いは。


 ドクンと心臓が跳ねる。あの臭いに当てられてだ。けれどアルトさんは短剣が落ちたことに気がつくと、「ああ、滑ったのか。ちゃんと【拭かないとな】」なんて呑気に言ってのけたのだ。

 それを見てわたしは、気が遠くなるような、目の前にいる人が唐突に理解できなくなったような感覚を味わった。


 顔色が悪くなったことに気づいたのだろう。【赤黒い】短剣を拭いながら、アルトさんが近づいて言った。


「なぁ、本当に大丈夫か?」


 ポンと肩が叩かれた。もちろん短剣を持っていない方の手だ。だがそれは、赤黒いものを拭っていた方の手を意味する。布を使って拭っていたから、アルトさんの手に付いている【それ】は僅かだ。

 だけど、それでも日常にはあり得ないと思われる、赤く赤く、そして黒っぽいのも入り混じった【それ】は、日常から乖離していて……。だからつい怯えた瞳で言ってしまった。


「い、嫌、触らないで!」


 言われるとアルトさんは目を丸くして驚き、何の反応もせず数秒間動きを止めた。


「…………………なぁ。それは……どういう意味だ?」


 今までのような暖かい雰囲気はもうそこにはない。ただただ不信感があるだけ。


「あ、アルトさんはどうして、そんなに冷静でいられるんですか?」


「………………」


「アルトさんが優しい人なのは分かりますし、わたしの為に色々として下さっているのも、バカなりに分かっているつもりです……。けれど、けれど、数日一緒にいただけのわたしに、どうしてそこまで優しくして下さるんですか? 命をかけてまで……。

 指についてるそれ、だって【血】ですよ? 冷静に考えればおかしいんです。アルトさんは殺し合いをしたんです。その血は、包丁で指を切ったからとか、転んですりむいたとか、そんなちゃちなものじゃない。相手の目とか鼻とか、胸とかを切り裂いたことで出来た血ですよ。赤くて黒くて……それを何でもないことのように扱えるあなたが……あなたが……少し怖いです」


 言ってはいけないことだっただろう言葉を全て言い切ってしまった。


 でもだっておかしいじゃないか。確かにわたし達はこれから殺人鬼を捕まえに行く、だからまた戦うことにもなる。でも、アルトさんの振る舞いは、あまりにも戦いや血に慣れすぎている。それも【濃い血】だ。殺し合いを行うことで、初めて見ることになる濃い血だ。


 ああ、昼間の時には焦ってしまって考えもしなかったが、冷静に考えればそんなのに慣れるなんて、やっぱりおかしいことだ。濃い血に慣れる……殺し合いに慣れるというのは、どんな人生だったら可能になるのか。アルトさんは聖騎士団のような職業剣士でもないのだし。


 そんなことを考えて、息を荒くしている。その間にアルトさんは目を伏せ、動かなくなってしまっていた。

 静かな夜、虫達でさえ寝静まっているのか、はたまたアルトさんの異様な気配に畏怖をしているのかは分からない。しかし何の生命の音もなく、ただ暗雲とした時間だけが過ぎていく。それは時間にしてみれば数十秒だが、もっともっと長く感じられた。


「…………それを言うならば俺も同じことだ」


「えっ……」


「お前は一体何者だ……」


 アルトさんの瞳の中に、一切の明かりはない。地獄の淵にいるとでも言う様な、深い絶望だけが、彼の目の中にはあった。

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