表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀の歌ーGoodbye to Fantasyー  作者: プチ
第1章 都市伝説
12/178

第9話 彼女がみた世界



 わたし達は斜面を急降下して降りていった。やがて馬の足音から平坦な道のりになったことがわかった。土手林では幸い途中で怪我をする事はなかった、要するにあの危険なロデオは無事に終わったのである。パッカパッカと平坦な道を馬が駆け抜けて行く、けれどわたしは怖くて、やっぱりまだ目を開けれないでいる。けれど。


「セア、もう目を開けて大丈夫だぞ。一先ずはあの騎士団も追っては来れない。それに今気づいたんだが、陽が落ちかけているんだなぁ、結構……綺麗だぞ。」


 アルトさんの優しいーわたしを気遣ったー声を聞き、恐る恐るゆっくりと目を開けてみる。そこには。


「わああぁぁぁ……」


 思わず感嘆の声が漏れるほどの綺麗な夕焼け……。ちぎれ雲が浮かぶ空はほんのりとオレンジの色を帯びている。アルトさんの髪の毛とおんなじ色だ。鼻腔をくすぐる爽やかな草の匂い、時折吹く穏やかな風の音、わたし達が走っている所は、どこまでもどこまでも続く草原だった。


 馬のパカパカという音が心地よい、その響きがこの景色の美しさをさらに上げているような錯覚を覚える。広く広く美しい草原がどこまでも、そしてその草原達を紅く染め上げる太陽、草原には温かみを帯びた影が伸びていた。そんな景色の中にいると、まるで自分が物語の一ページになっているような気さえしてくる。この景色に飲み込まれ今までの怖い事を今だけは忘れられていた。


 綺麗だ……初めてかもしれない。この世界に居てよかったと思ったのは。記憶がないから、見る物は全て新鮮で、森の中の鬱蒼とした木だって、ただの空だって、どれも素晴らしいものだった。


 けれどこの景色はきっと、記憶がある時の自分でも、見たことはないんだろうなと感じた。


 だってこんなに綺麗なものを忘れられる訳がない。


 そんな風に景色に見惚れて、口を開けてぽけ〜っとしていると、邪魔者が割り込んで来た。


「どうした? さっきから一言も喋ってないが。よほど気に入ったみたいだな」


 アルトさんは前を見ながらわたしをからかうように声をかけてくる。アルトさんはそんな風に言ってくるけどわたしは思う。いや、違うこの景色に見惚れない方がどうかしてるのだ……と。


「感傷に浸っている所悪いんだが、そろそろ森の中へ入って行くぞ。本来の街道とは違うんだが、これも近道になるからな。だから夕焼けも見られなくなるが……まぁ許してくれ」


 言われて思い出す。そう言えば今は逃げている最中だった。


 アルトさんの言葉で不意に現実に戻された。でもどうしてもこの景色を見ていたら言いたくなる言葉があった。


「ねぇ、アルトさん……」


「どうした」


 今までの全てを噛みしめる様にゆっくりと感慨を込めて言う。


「生きてるって素晴らしいんですね」


 アルトさんはギョッとしてわたしの方に顔を向けかけたが、やがて仕方なさそうに笑って。


「ああ、そうだな……。生きてるからこそ、この景色を見れたんだ。俺もまだしたいことがあるしな、取りあえずは生きられて良かったよ……」


 わたしの言葉を、考えを、アルトさんは肯定してくれた。それが少し嬉しかった。だから気恥ずかしくって額をアルトさんの背中に預けた。けれどアルトさんは優しい笑顔を潜め温度を下げて言う。


「だが、まだ生きられるって決まった訳じゃない。近道しながら進んでるから、すぐに追いつかれる事はないが。時間の問題ではある。だから夜になったら話すぞ、これからの事を」


 アルトさんは真剣な面持ちのまま馬に何事か告げる。しばらくすると森が見えて来た。そのままわたし達は深い深い森の中へと入って行く。



「この辺りか」


 アルトさんは一人呟く。あれからさらに何時間も馬を走らせ続けたため、辺りはもう夜の帳が降り真っ暗である。美しい夕焼けはもういない。今あるのは怖いくらい鬱蒼とした木々だけである。アルトさんはある程度開けた場所まで行くと馬を止める。ブルルと馬は少し不機嫌そうな鳴き声を上げた。これまでずっと休みなく入り組んだ道を走り続けたから、この子も相当ストレスと疲れが溜まったのであろう。


「さぁシリウスも止まってくれた事だし、降りるとしよう」


 そう言ってアルトさんはひらりと馬から飛び降りる。とても手慣れた動作だ。思えばこの馬とアルトさんはとても息が合っているような気がする。でもそれは長い年月をかけ二人で信頼関係を築いてきたからなんだろうなと考えた。そしてそんな物思いにふけっていたら、アルトさんの声が聞こえてきた。


「おいどうした。降りないのか?」


 言われてアルトさんの方を見ると、手をこちらに伸ばしている。どうやら補助をしようとしてくれているようである。


「えっ……?あっ、はい!」


 素っ頓狂な声を出して彼の手を取って馬から飛び降りる。けれど体がふらつき思うように上手く降りれず、受け身を取り損なって。


「ぐぅええ!」


 全身で地面にダイブする。


「………! おい、大丈夫か!? まさか補助付きでこうなるとは思いもしなかった。なんだかんだ言っても疲労は溜まっていたか……足元がおぼついてなかったな。すまん……もっと配慮をするべきだった」


 ヨロヨロと立ち上がり。


「だ、大丈夫です、慣れてなかっただけですから〜〜」


 なんて言ってみるけど、ハアハアと息は荒いわ、鼻から何かが垂れて行くのを感じるわ、そしてアルトさんが何重かにも重なって見えるわで。


 ああ、これはダメだ。


 案の上ズバターンと再び地面に倒れ込む。わたしが最後に聞いたのは、「やっぱりダメじゃねーか!!」という罵声であった。




 パチパチと言う音がする中、わたしは意識を取り戻して行く。ほんのり温かい、それに何か布が被せられてるみたいだ。


 うーん、うーん、頭がくらくらする。まだまだ目も耳も上手く使えない、でもなんとか脳を働かせて現状を把握しようとする。

 すると遠くの方に人影が見える。それはアルトさんだ。けれどアルトから聞こえてくるのは苦悶の声。「くうぅぅ……」と必死に何かをこらえているようである、だがよく聞いてみるとアルトさんの声だけでなく、他の第三者の声も聞こえてくる。嫌な予感がする。それを聞きわたしはばっと布を剥ぎ取って立ち上がり急いでアルトさんの所に行く。


「アルトさん大丈夫ですか!!??」


 木の陰にいるアルトさんに向けて呼びかける。待っても返事がないので、先程声が聞こえた第三者のことを警戒しながら、アルトさんに近づく。そして見たものは。


「ぐぅぅぅ! チッ、やっぱり傷が痛む。何発かもらっちまったからな。これは治すのしんどいぞ……」


 なんて言いながら、自分に布を巻いたり何かを塗って治療をしているアルトさんの姿がそこにはあった。

 自分のことが大変で、アルトさんに気を回せずにいたが、よく考えてみたら彼は今日、何回も体を斬り裂かれ、節々を血で赤く濡らしていたんだった。自分で自分を治療する彼をみて、本当にわたしは自分の事ばかりだな……と自責の念に駆られた。しかし今、最もわたしが言及すべきなのは。


「きゃあああ!! 全裸の変態がいるーー!!!」


 そう彼は全裸だった。包帯を所々に巻いてるから厳密には少し違うが、同じようなものだ。肌色の面積が大きすぎる。だからわたしはついつい叫んでしまった。でもしょうがない、はぁはぁ言いながら深夜に自分に何かを塗りたくってる人を変態と呼ばずして、なんと言えばいいのかわたしは他に知らないから。


「──!? バッお前、もう起きてたのか! て言うか変態とはなんだ! ただ自分を治療してるだけだ」


 ここでアルトさんは、わたしの存在に気づき、どこからともなく布を取り出して、さっと腰に巻いていた。けれどわたしはH☆E☆N☆T☆A☆Iを見たくなかったので、アルトさんとは逆の方に顔を向けていた。それに手で顔を覆ってしまったため、それを見ていない。

 つまりわたしの中では、アルトさんは未だ全裸のままである。


「いや、だとしてもですよ……。深夜にはぁはぁ言いながら、何かを塗りたくってたら、誰がどう見てもHENTAI☆じゃないですか。そもそも全部脱ぐ必要はなかったと思うんですけど」


「ぐぅ……それなりに正論だ! だがお前が落馬して意識を失ってたから、まだしばらくは意識を取り戻さないだろうと思って、お前に気を遣わせないように、影でこうやって治療してたんだよ! 結構深い傷が多いから、こっちもセッパ詰まってたんだ! 後、それはそれとして、なんか一部だけ発音がいいな!」


 以前アルトさんを見れないままでいる。やっぱり乙女だから、殿方の裸を見るのは恥ずかしい! でもだんだんと沸騰していた頭は、冷静さを取り戻し始める。


「………そう言えばへんた……アルトさん。先程まで誰かと話してませんでした?」


 後ろを向いていないので、見えはしない。でもアルトさんは今、多分、頭にハテナを浮かべて、首をひねっている気がする。


「いんや、誰とも話してないぞ。そーれよーり! いい加減こっちを見ろよ! もう服着たから!!」


 アルトさんはわたしの身体を掴むと、無理矢理振り向かせようとしてくる。


「きゃあぁぁ! やめて下さい!! 変態! 同意がないのに女の子に迫るとか最低ですよ! わたしは汚物が見たくないだけなんです!」


「てめぇ、絶対許さねーぞ!! 命の恩人に向かって何言ってんだ!!!」


 力叶わずMURIYARI手は払われて、なすすべなくアルトさんを見る事になってしまう。


「きゃっ!」


 可愛い悲鳴が上がる! そしてわたしが見たものは!

 

 カジュアルな服装を纏い、露出した肌の所々に包帯を巻いた、やたら小綺麗なアルトさんだった。わたしはブチギレて。


「ボケろよ!!!!」


 怒鳴っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ