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銀の歌ーGoodbye to Fantasyー  作者: プチ
第3章 第2節 異業種と墓地
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第91話 新たな旅立ち、に

そろそろこの章も終わりが近いです…

銀の歌



第91話



 ヘテル君が泣きはらした日の翌日、わたし達は門の近くに立っていた。今日はまた新たな旅立ちの日なのである。

 傍らにはヘテル君がいて、わたしの服をきゅっと掴んでいる。昨日の今日なので、彼が不安がるのも無理はないと思う。


 正直、まだこの街に滞在して、ヘテル君が落ち着くのを待った方が、ずっとずっと良いと思っている。でもそこは例のごとく、アルトさんに押し切られた。なんでも彼が言うには「相手がお人好しとはいえ、正体がバレている状況で、下手に留まるのはまずいだろう」ということらしかった。


 そして言い出しっぺの当の本人はといえば、当然の権利のように、今この場にはいなかった。


 朝、身支度をする最中にアルトさんは、「取りに行くものがあるから先に門まで行っててくれ」と、足早に部屋を出て行こうとした。疑問に思って「シーちゃんのことですか?」尋ねたが、曖昧に返されてしまった。

 だからアルトさんが何をやっているのか、全く分からない。でもどうせ彼のことだから、また何かこそこそと、裏で動いているのだろう。


 それでわたし達は先に集合場所の門までやって来たのだが、それにしてもアルトさんの到着は遅い。

 腕組みをして、うなり声をあげても来ない。どうしたものか考えていると、横から感じていた温もりが、突然なくなった。

 ヘテル君が手を離したのだ。もう大丈夫なのかなと思ったが、表情から察するに、どうやらそういうことではなさそうだ。多分わたしがうなり声をあげたからだろう。やっべ、警戒させてしまった。


「あー。ヘテル君怖がらせた? ごめんね」


 少し膝を折り曲げて、目線を合わせる。そしてヘテル君をなだめるために、そっと頭に手を置く。すると震えを感じた。ーーそうか、こんなにも……。


 昨日のことはわたしが思うよりも、ヘテル君にとって、ずうっと傷が深いものみたいだ。彼の心情を思ってみたら、でもそれは自然なことで、温度差に気づかなかったことを悔いた。異業種になったら里を追われて、異業種なのが分かったら、また酷い言葉かけをされたのだ。

 それは心中、穏やかではいられない。


 もう一度これまでの事情をよく考えて、ヘテル君の【左手】を握った。彼はすぐさま、その手を引っ込めようとしたが、わたしはぐっと力を込めて引き止めた。


「大丈夫だからね」


 落ち着かせるために、空いている方の手を、もう一度ヘテル君の頭上へ運ぶと、彼の頭をゆっくり撫でた。それで彼は……どう思っているのだろう、目を伏せた。


「貴方がもとに戻るといいんだけど……」


 さらさらした髪の毛の感触を感じながら、そんなことを言う。それではたと気づいた。


「あれ? 待て、待てよ……」


 なんとも言えない様子で撫でられていたヘテル君。けれど撫でられなくなると、それそれで困惑したようだ。わたしの顔を下から覗き込んでいた。

 やっていることが二転三転して申し訳ないが、今、ちょっと凄いことに気付いてしまったかもしれない。意識が自分の中へと、深く落ちていく。


「そうだよ。異業種が治らないなんて決まってる訳じゃない。なんでこんな簡単なことに気づかなかった?」


 暗闇の中に一筋の光を見た気がした。自分で思いついたことも作用したらしい、興奮はさめることはなかった。そのままハイテンションで、叫ぼうとした所で、何か脳天に響く痛みがあった。


「ッーーー」


 突然の衝撃に驚いて、頭を両手で押さえ、後ろを振り向いた。


「やめんか、ばかたれ!」


 そこには青筋を立てて、眉毛をヒクヒクと動かししているアルトさんがいた。なんで殴られたのかは分からなかったが、取り敢えず今思いついた画期的な閃きを、彼にも伝えようとした。


「アルトさん聞いてください! ヘテル君の異業化が……!」


 するとまたも頭部に痛みを感じた。


「ッーーーー! 二回も!! 何するんですかアルトさん!」


「そりゃこっちのセリフだバカ!! 俺何回も言ってるよなぁ!? そいつが【そういうこと】だってのは、バレないようにしろって!」


「あっ……」


「んでここは街中だ。人が何人も行き交ってる中、大声で叫ぶ馬鹿があるか!」


 ぎゃんぎゃんと響く声は、耳に痛かったが、正論すぎて何も言い返せなかった。初めて会った時と今とでは、随分怒り慣れてきているのを感じながら、わたしは引き続き耳を塞いでいた。


✳︎


「と、いうことなんですけど……どうですか?」


 痛む頭をおさえて、思いついたことをアルトさんに伝えた。


「ふーむ。なるほど、異業化を治す……ね」


 アルトさんは口元を手で覆い隠すと、目線を上げ思案顔になった。この閃きに彼も驚いているのだろう。笑みをたたえて待っていると、やがて笑みを返してくれた。


「アルトさん!」


「ああ。確かにその考えは……す」


 す、すご? すごい?


「少し脳が足りなかったな」


 口をぎゅっとしめた。アルトさんは、はぁとため息をつくと、また例のご高説を垂れ始めた。


「治せるんだったら、聖騎士団のやつらは目の敵にしてない。治せないから、俺達は逃げる必要があるんだ」


 額に手を当て難しい顔で唸る様は、状況を考えて判断しろとでも言いたげだった。でもわたしは、その固定概念に縛られて、可能性にまで蓋をしていないかと思っていたのだ。何も考えなかったわけじゃない。


「分かってます……。でも探したらきっと!」


「無理だ。異業種の倒し方を発見した聖騎士団のやつらでさえ、その方法を解明できていない。詳しいやつらでさえ無理なら、もう仕方ないだろ?」


 思わず黙ってしまう。アルトさんの言葉は説得力がありすぎて、何か否定するのも憚られる感じがする。


「じゃあ……じゃあアルトさんは、異業種の治し方を知りませんか? 貴方はとっても情報通なんですし」


 半ば投げやり気味に言った。仮にこの後ごねて、何か言ったとしても、この人にまた論破されてしまうだろうと思ったから。そんなわけでアルトさんの返答には、なんの期待もしていなかった。でも落ち込んだ顔を上げると、そこには不意をつかれたように、表情を固める彼がいた。

 それの意味するところを考えて、数秒わたしも固まったが、やがて理解した。


「知って……いるんですね……」


 なんということ……! 灯台下暗しとはまさにこのことだ。

 でもだとすると……アルトさん、貴方はなんて人だ。知っていながら今まで黙っていたなんて。が……彼を責めるのは今することじゃない。一刻も早く問いただして、その治す方法を訊き出すべきだ。


「アル」


 その時がばっと、アルトさんに口を押さえられ、続く言葉を言えなくなった。じたばたと動くも拘束は強く、諦めるしかなかった。彼は少しした後わたしを開放して、忌々しげに言った。


「何回も言うがここは街中だ。その声音で話されたらかなわん。取り敢えずこの街をでるぞ」


 アルトさんはしーっと、人差し指を立てた。


「話はそれからする」


 アルトさんは言うと、シーちゃんを引っ張ってきた。


 いやそんなこと言われても納得できない。

 だが……確かにここで騒いでは、ヘテル君を危険に晒すかもしれない。だからしぶしぶ、うんと頷いた。彼をこれ以上泣かせたくないという想いもあったのだと思う。


 そんな感じでヘテル君を気遣いつつ、シーちゃんを連れるアルトさんに、いつも通り続こうとしたら、なんか大きな荷台が、わたしの歩みの邪魔をした。よく見ればそれは、シーちゃんと専用の部品で繋がっているようだった。


「……?」


 混乱してこれを指差すと、アルトさんは悪しき笑みを浮かべた。


「俺の夢だったんだ。荷馬車って……」


 アルトさんの今の感情を一言で述べるなら恍惚である。彼は満足げに新品の荷台を、愛情を持ってポンポンと叩いている。

 無感情に、よかったですねと言おうとした。しかしその途中に気づいてしまった。死体が動くという大事件にまで発展した、今回の依頼の報酬が何に使われたのかを。


「てっきりわたしは、何か保存食でも買うのかと思ってましたが……。わたし達はあれですか、貴方のえごに、えごに、えごに付き合わされていたんですか!!!」


 事件前あれだけ真剣そうな顔で、『危険を犯してでも金策をする必要がある』とか言っていたくせにこれである。叫ぶのだって無理ないだろう。


「アルトさん言ってたじゃないですか! 『買い置きは必須だ』って!! その買い置きはどうしたぁ!!」


「いや、してあるぞ」


 荷台に乗せてあるものを、くいと親指で指した。そこにはいくつかの背負い袋が置いてあり、こんもりと膨れていた。


「へっ、あっ」


「まぁ、あれじゃ全然足りないがな」


「おいぃぃ!!」


 納得しかけた所にこれである。


「じゃあ、やっぱり貴方の我欲じゃないですか!!」


 大きな声で叫ぶと、アルトさんがしたり顔をしたので、一発頭にお見舞いした。ヘテル君が後ろで驚愕しているのが気配で伝わってきたが、関係なかった。むしろ初めてやり返せたこの日を、わたしは今後何度も思い返すことになるだろう。


✳︎


「じゃあそろそろ出かけるとするぞ」


 ごたごたはなんとか解消され、一息ついたところで荷馬車に乗った。ヘテル君は控えめにうんと頷いて、荷台に乗り込んだ。だがわたしは、急にやることができてしまったために、乗り込めずにいた。


「あっ、はーい! でもちょっと待ってください。まだ、手紙が!! 」


 わたしは今朝、何の気なしにミーちゃんに今日立つことを伝えてしまっていた。そのためにここに来て、恐らくはミーちゃんから聞いたのであろう皆から、いくつも銀糸鳥ぎんしちょうが届いてしまっていたのだ。


「早くしろよ」


 アルトさんの人情もない一言がちくちく刺さる。だから貴方は友達ができないんだ。そう内心思うも、実際待たせていることには待たせているので、ぐうのねも出なかった。


「第一よ。荷台の上で書きゃいいじゃねーか。手綱を取るのは俺なんだから、お前は手すきになるだろ?」


「確かに! それはそうでした! でもそろそろ、そろそろ終わるのでーーよし! 書き終わりました!」


 急いで荷台に乗り込み、額の汗を服の袖で拭った。


「……じゃまぁ、行くとするか」


 アルトさんは言うとぴしゃりと手綱を打った。それに呼応してシーちゃんはいななき、カツカツと歩き出した。交易品やわたし達を乗せた荷台は、がたごとと鈍い音を鳴らして動いていく。手すきになったわたしは、送られてきた皆の手紙を、改めて眺めることとした。

 皆の手紙に書かれてあることはどれも温かく、心が満たされるものばかりだった。嬉しさに感極まり、ぎゅっとそれらを抱きしめる。でも一つだけ心残りがあった。


 それはトーロスさんから手紙が送られてこなかったこと。もちろんこっちから送ってないのだから、手紙が来ると思い込んで待つのは、甘えもいい所。だけど普段のあの人だったら、送ってくる気がした。


「どうしたのセアさん? 」


 表情が硬いのを疑問に思ったのだろう。ヘテル君が尋ねてきた。彼のそういう優しい気遣いは、本当に有り難いのだが、一から事情を説明するのは憚られた。だから笑顔で、なんでもないと言うくらいしかできなかった。


 ヘテル君は何か考えている様子だったが、やがて納得してくれた。心の中でありがとうと呟き、彼にも感謝した。

 ヘテル君に気遣われ、いつまでも気にしていても仕方ないと思い、よしっと気合を入れて、気持ちを切り替える。


 そんなわたしの頭上に、何かが落ちてきた。頭の上にあるものを取ると、それは間違いなく手紙であった。送り主を探すと、すぐに見つかった。

 中空に煌びやかな、それでいて優しそうな雰囲気の銀糸鳥が飛んでいた。視認するとそれは解けていって、大気と一つになって消えた。

 しばらくは呆然と、そこだけを見ていたが、気を取り直し手紙を開けた。そこにはーー。




 それを見て、心の中に灯りが灯るのを感じた。抑えきれなくなりヘテル君を少し、いや思いっきり抱きしめた。彼は苦しそうだったり、突然のことに困惑している様子だったが、大切にしようという自分への新たな決意の表明だったので、御構い無しに抱きしめ続けた。

 それだけにとどまらず、わたしは大きな声で叫ぶのだ。


「アルトさん! アルトさん! アルトさん!」


「うるせえ! どうした!?」


「あのですね! これからの行動指針を、ちょっと纏めてみませんか? と思いまして!」


 急に叫んだもんだから、アルトさんは露骨にわたしのことを嫌悪していた。でも返事は返してくれた。

 そういう所、本当に好き。


「はぁ、そりゃ殊勝なことで。……まぁ、実際大切ではあるが……。なんだ? 心機一転みたいな感じか? 」


「そうですね!! そんな感じです! 」


 しゅびっと元気よく手を挙げる。

 そうするともうアルトさんも笑うしかないらしく、脳みそがとろけたような覇気の無さで、口角をだらしなく下げた。


「ああ〜〜〜〜。んじゃ俺はあれだ……。故郷に帰るために世界地図を作る。お前は? 」


「わたしは……。そりゃもちろん【記憶喪失】なので、わたしのことを知ってる人に会いに行く。もしくは記憶の手がかりを探すことでしょうね」


「その設定まだ生きてんの? 」


「あなたも似たようなもんでしょうが」


 アルトさんに突っ込むと、ヘテル君の方へ振り向いた。


「きっとなんとかなります……」


 ヘテル君の両手を握らせて、その上から更に、自分の両手を覆いかぶらせた。目を瞑りしばらくした後開ける。彼はやっぱり突然のことに困惑していたが、それでも意図は多分伝わったらしい。彼は曖昧に笑っていた。


「よーーーし!!! そしたら各々の目的を叶えるために! 次の目的地へと、さぁ行きましょう!!」


 握りこぶしで天高く突き上げると、アルトさんは疲れたように笑い、ヘテル君は合わせるように掲げてくれた。


「はいよ」「うん」「キュヒーーン」「ワオーン」


 どうやらシーちゃんも反応してくれてるみたいで、口をもごつかせながら、そんな風に嘶いていた。


「ん? あれ、ワオーン?」


 なにか雑音が混じった気がする。不審に思い荷台の上を見渡すと、【それ】は居た。


 【それ】の体毛は薄汚れた灰色で、また瘦せぎすでもあったので、どことなく不健康そうな印象を受けた。だが目つきは鋭く、口元から生える牙も非常に鋭利で、弱々しくは映らなかった。四足を荷台の上に置き、時折荒く呼吸をしている【それ】は、間違いなくーー。


「アルトさん、これなんです? 」


「そいつはモリイヌ種だな。名前はソフィー。人懐っこくはないが、仲良くしてやってくれ」


 アルトさんの紹介を受けたモリイヌのソフィーは、返事をするように尻尾を一度ぶんと揺り動かしてみせた。なんだかその動作はつっけんどんで気後れするが、仲良くしようとは思った。でもなんの前触れもなく、荷台になんか見知らぬ犬がいたら、驚くのが人間というもの。


「いや、なんで犬?」


 アルトさんに尋ねると、彼は簡潔に答えた。


「昨夜拾ってきた」


 わたしはこの時、トリオンさんとのやりとりなどを思い出していて、何かを拾うことの重責さを、頭の中でもう一度確認していた。そうして数十秒の沈黙の後、結論を出した。


「なんか真面目に考えるって馬鹿みたいですね」


「わかる」


 アルトさんがこちらも見ずに言うものだから、いっちょもっかい殴ってやろうかと腕まくりをした。そうするとヘテル君に止められた。彼は眉をよせて、場を取り持つような苦い笑みを浮かべていた。




第91話 終了


“““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““

セアちゃんへ。

 どうか守ってあげて。この世界にその子の居場所を見つけてあげて。例えば、そんなものがなかったとしても、あなたが私を変えてくれたように、この世界を変えてでも居場所を作ってあげて。


 変えられた私だからお願いするよ。


トーロス・アプシー

”””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””


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