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銀の歌ーGoodbye to Fantasyー  作者: プチ
第3章 第2節 異業種と墓地
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第84話 セアと花


 思えば、彼らと初めて出会った時は敵同士だった。アルトさんはその後も傷だらけになることが多かったけど、あんなに人の血を見たのは、あれが初めてだった。

 あの時もわたしは怖かったんだ。大切な人が壊れてしまいそうで、だから心から願ったんだ。彼の生存を。


 何に願ったかはあの時は分からなかった。でも今なら分かる。あの時わたしが願った相手は。


✳︎


 振り下ろされた巨大な大剣は、その途中で止まっていた。わたしはその剣の切っ先を真正面に捉えて、その剣を素手で受け止めている。


──否。少し違う。わたしの手と大剣との間には、不自然に間が空き、そこに何かがあるようだった。


「花よ……開いて」


 瓶の中の花が光輝き、コルクを飛ばして、いくつも花弁が伸びていった。

 翠の花弁は、不自然に空いた空間へ、すっぽり当てはまるように、するりと入り込んだ。花だというのにそれは、金属の剣を軽々と受け止めていた。


散華さんげ……!」


 続けて言うと、花弁は目の前で破裂し、辺りに爆風音と小さな花弁を撒き散らした。その光景に、誰もが驚き刮目した。ただし鎧の人物だけは臆すことなかった。花の壁がなくなってこれ幸いと、大剣を横に振るった。


 軽く跳躍してそれを躱すと、鎧の人物の腹部を、力一杯殴りつけた。


「あああああああ!!!!!!」


 ドンという音は、鋼の鎧ごと中の骨を打ち砕いたことの証左であり、鎧の人物はそれを肯定するようによろけた。それを見て今度は、力一杯蹴りつけた。

 この人がユークリウスさんにやったように、わたしも遠くの墓石まで、鎧の人物を蹴り飛ばした。墓跡に当たると、激しい衝撃音が辺りに響いた。


「はぁ。はぁ……」


 息は荒く、そして乱れる。


「瞳が……銀色……?」


 ふと振り向けばトーロスさんがそんなことを言った。だが誰の瞳がどんな色に変わっていようが、今の事態には何も関係ない。そんなことを追求するよりも、今は一秒でも早く、あれを拘束するべきだ。

 そう考えて足を踏み出すも、その途中で足がもつれ、ばたんと正面から地面に倒れ込んだ。


「セアちゃん!!」


 わたしに触れようと、トーロスさんは身を乗り出したらしい。背後から、何か温もりを感じた。けれどラックルさんに、「いけません」と窘められていた。

 だから、その温もりがわたしに届くことはなかった。


「大丈夫……です」


 このままずっと倒れ込んでいれば、ラックルさんの制止を振り切ってでも、わたしを助けるためにこの人はきっと無茶をする。それも……壊れた足を引きずって。


 そんなことをさせる訳にはいかない。


 何か目眩がするし、足腰に全く力が入らないが、それでも無理矢理立ち上がった。


「そうは言っても……足が、がくがくじゃない」


 足は確かに今までの比じゃないくらい震えている。自分が立っている地面だけが、地震にあっていると思えるほどだった。でも、その心配は杞憂ですと、わたしは笑い飛ばした。

 そのまま胸を張ると、周りに聞こえるように、大きな声で叫んだ。


「早く……あれを……!」


 もう自分に力がないのは理解していた。というより、この花がただ力を貸してくれていただけなのだ。過ぎた力を使って、体力がむしり取られたのだろう。

 それを証明するように、瓶の中の花は輝きを失っているし、伸びていた花弁だって見る影もない。


 でも花の力を失った今だからこそ、わたしの心配より、あれを捕縛することに力を割いて欲しいのだ。次はもうどうしようもないから。


 今まで安全な場所で守られて、ほんの僅かな時間しか戦わなかった小娘の言葉。彼らからしたら、どう見えただろう。

 頼みを聞いてもらえるか心配だった。


 でもほんの僅かな時間だろうと、決死の覚悟で戦ったのは伝わっていたのだ。


 彼らは心配そうにわたしの方を見ていたが、やがて頷くと走り出した。何人かがロープを持ち、さらに何人かが剣を持って先行した。自分達のことは盾だと言いたげに。

 何も言わなくとも連携がとれる聖騎士団はやはりすごい。これであれば、何も心配することなく、しっかり対処してくれるだろう。

 そう思い気を抜いた瞬間、何者かに足を掴まれた。


 そのまま力任せにぐいと引っ張られ、その場で転んでしまう。何? と見てみれば、腐敗臭をまき散らし、脳をむき出しにした人物が、わたしの足を掴んでいた。


「わぁぁああああ!!!!!」


 さっきから見ていたものではあるが、その時は距離があったし、何より守られていた。でも今は守ってくれる──隔ててくれる人は誰もいない。彼らの恐ろしい形相だけが目に入る。


「ふっ!!」


 誰も守ってくれないと思っていた。けれどわたしの足を掴んでいた手は、肘から斬り落とされた。


「大丈夫? セアちゃん」


 心配そうな目で問いかけるトーロスさんがいた。車椅子に乗っている彼女は、ラックルさんに押してもらって、わたしのことを助けてくれたのだ。

 二人に感謝をしなければならなかった。けれど、次々聞こえてくる阿鼻叫喚の叫び声が、それを許してくれなかった。


「ひっ!!」「ああ!」「なんだ!?」「うああああ!!!!!」


 周りを見渡せばわたしだけでなく、鎧の人物の方へと走っていた彼らも、死体に足を掴まれていた。そしてその中の何人かは、不意を突かれてしまったみたいで急には対処できず、わたしと同じように転ばされていた。そしてあろうことか死体達に群がられ、肉を噛みちぎられていた。


「ぎゃあああ!!!!!」「あああ!!!」

「い、痛いイイィィィ!!」


 わたしは助けられたから良かったようなものの、そうでなければああなっていたに違いない。肉が噛みちぎられる音が、当て付けのようにわたしの耳に何度も何度も届く。


「この!!」


 それを助けようと無事な人達が動くが、どうしても人手が足りない。動く死体の数が多すぎるのだ。

 なんでまた急に。そう思ったが、考えてみれば道理だった。だってあの子は、もう何分も前に取り返されてしまったのだから。


 遠くの方であの少女が、仮面の人物の外套の下で、守られるように肉の塊を【編んでいた】。

 肉はこねられて縫われてえぐられた後、地面に埋め込まれた。やがて地面に埋め込まれた肉は、花開くように地下から這い上がってきた。その光景は、いるかも分からない恐怖の怪物よりも、現実的な分かりやすい恐怖だった。


 そして人造で作られた死体だけでなく、遠い場所にある、斬り離された死体も、瞬く間につなぎ合わされている。つなぎ合わされた死体は、何事もなかったようにまた動き出し始めた。

 さらにそれだけでなく、土の下から新しく湧いて出てくる死体もいて、その数は最早数え切れないほど多い。

 これを地獄絵図と呼ばないなら、何を指して地獄絵図と言えばいいのか。


「……」


 一難去ってまた一難とはよく言ったものだ。でもそんな軽口、この景色を前にしたら、口が裂けても言えやしない。あまりにもむごすぎて、耳も目も塞ぎたくなる。


 あの少女をもっと他の方法で対処しておけば……。なんて考えが頭をよぎるも、そんなのは後の祭りだ。今は動き出した死体と、じきに立ち上がるであろう鎧の人物に対し、どう対処するかを考える時だ。


 けれど……突如として地面から現れた死体に、足を掴まれたラックルさんを見て、そんなこと考える余裕だってないことに、初めて気がついた。


 ラックルさんは死体のせいで体勢を崩し、握っていた車椅子の取っ手部分に、下手に力を入れてしまったようだ。車椅子はがたんと大きくよろけた。

 急な変化についていけなかったのか、足を怪我したトーロスさんは、何も出来ずに地面に滑り落ちた。


「きゃっ!」


 可愛い声とは裏腹に、この状況は絶望に満ちていた。


 ラックルさんは、なんとかその場に踏みとどまって、自分の足を掴んできた死体を斬り飛ばしたが、目の前には何十体も死体がいた。それも前後左右全てに。

 いつのまにやら囲まれてしまっていたのだ。


 この囲いを突破するのは厳しい。でも実力あるラックルさんだ。一点に集中すれば切り抜けられるかもしれない。それにわたしだって、その後に続けば、怪我はするだろうけど、辛うじて突破できる気がする。

 わたし達だけなら、まだなんとか出来そうなのだ。


 そう、わたし達だけなら。


 地べたに倒れたトーロスさんは、自分のことを見下すようにして囲む死体(彼ら)を見て、青ざめていた。

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