表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀の歌ーGoodbye to Fantasyー  作者: プチ
第1章 都市伝説
10/178

第7話 竜殺しの英雄 ユークリウス



 ラーニキリスと名乗った青年は剣を一本引き抜くと、不自然なくらいに体をひねり姿勢を低くした。その不可解な体勢のまま彼は走り出すと、一直線にアルトさんの方へと向かってきた。


 しかしそれに対してアルトさんの危機を感じたりしなかった。


 彼は他の剣士よりは速いと思うし落ち着いている。それに他の剣士よりも、心なしかいい装備を着ているように見える。しかしそれらは恐れることに値しない。なぜなら……彼の走りや息づかいを見て確信したのだ。アルトさんの方が強いと。


 そんな思いでアルトさんの様子を伺うと、自分の思いとは裏腹に、額から汗を流していた。


 なぜだろうか。わたしが見た限りではアルトさんがラーニキリス……さんに劣っているようにはとても思えない。十人以上を相手どってアルトさんはほぼ無傷で終わっているのだ。今さら少し速い程度の人が襲って来たところで歯牙にもかけないはずだろう。

 けれどアルトさんのその様子に言い知れぬ不安感を感じたため、彼の視線をなぞりながらラーニキリスさんをよく見てみると……困惑した。


 剣が見えなかったのである。


 何故だ。彼は確かに剣を抜いていた。そしてその様をわたしはしっかりと見ていた筈だ。しかしどんなに目を凝らしても、視界に映る情報は変わらなかった。

 そのことはわたしに少なくない動揺を与えていた。事実、動揺で体を反らせてしまう。だがそれで気づいた。

 今度は剣が見えるようになったのだ。そしてこれらの情報をつなぎ合わせひらめいた。


 彼は体を反らせることで自分の体で剣を後ろに隠してる。それもアルトさんには見えないように調節して。なら早く教えてあげなきゃ。けれどわたしが気づいた時にはもう遅かった。


 ラーニキリスさんはいつの間にかアルトさんに近づき剣を振るっていた。未だにカラクリを理解できていないアルトさんは間合いを図り間違い、避けようとしたが避けきれなかった。アルトさんの肩から血が噴き上がる。


「ぐっうぅ!」


 アルトさんが初めてまともに一発、致命傷ではないにしてもくらってしまった。剣の出所がわからないせいだ……。その後もラーニキリスさんは続けて二撃、三撃と剣を振るう。どれもがアルトさんの視界からでは見えない攻撃だ。

 アルトさんは急いで短剣をそれに合わせようとするが、どうしてもワンテンポ遅れてしまい、胸、左腹と剣閃を受けてしまう。


「がっ! あっ!!」


 アルトさんの体から血が吹き出し、ラーニキリスさんの顔とアルトさんのマントを赤く染めていく。その痛みに耐えきれなかったのか、彼は手から短剣をポロリと落とした。それはカランと地面を一度跳ねた後、動かなくなった。


 アルトさんは後ろへとのけぞり距離を取ろうとするが、それを許さず追撃するラーニキリスさん。今までのような牽制の斬りではなく、彼の首元を狙った斬り払い。

 空を切り裂いた音が聞こえた後、間髪入れずにドスリという肉に刃が突き刺さる嫌な音がした。次いで鮮やかな鮮血が空に舞った。


 わたしはその光景をはっきりと視認する前に、顔を背け目を瞑ってしまう。


 アルトさんが死んじゃったという恐怖に塗りつぶされて、膝から崩れ落ちてしまいぺたんと尻餅をつく。そして彼がいなくなってしまう怖さから涙を流す。それからわたしの耳には人の悲鳴が聞こえてくる。


 「あぁぁぁぁぁ!!!!」


 その声は悲痛に満ちていた。アルトさんの明らかな死の証明であった。

 彼に何の恩も返せないまま、わたしのせいで死なせてしまった。せめて……せめて。血も、人の死も怖いけど、彼の最後だけは見届けようと勇気を振り絞って目を開けると。


 そこには、剣が深々と腕に突き刺さって貫通し、血が流れる腕を押さえて後ろへ後ずさるラーニキリスさんがいた。

 彼は痛みのあまり剣を足元に落としてしまっている。


──!?


 先程の悲鳴はラーニキリスさんのものだった。


 どうして?慌ててアルトさんを見る。そこには血で濡れている肩を抑えながら立つアルトさんがいた。

 ラーニキリスさんや彼の後ろにいる剣士達はどよめいている。ユークリウスさんも細い目を見開いてこちらを見ていた。


「クリエイト」


 不意にそんな言葉が聞こえた。

 それはアルトさんが口ずさんだもので、その言葉に応えるように何も無いところから、アルトさんの手元に、聖騎士団が持っているのと、同様のものと思われる剣が現れた。その光景を見ていたユークリウスさんが口を開く。


「貴様……まさか魔法使いか………」


 静かな……けれど聴くものを震え上がらせる声でユークリウスさんはアルトさんに問う。彼は戸惑う聖騎士団を前に、落とした短剣の元まで堂々と歩くと、それを拾い上げて不敵な笑みを浮かべた。


「ああそうだ。本当は見せたくなかったんだがな」


 言いながら皮肉げな面持ちで、血がべっとりと付いた短剣をくるくると回し、腰元にしまった。


 そしてそれを見ながらぼぅと思い出す。山道でのことを。アルトさんはあの時、自分の事を魔法使いだと、確かに言っていた。わたしには何をしたのか分からないけれど、ラーニキリスさんの腕に、剣が突き刺さっているのは、きっとアルトさんが魔法で何かしたのだ。


 アルトさんのできる事を少し考えてみる。彼の体捌きは騎士団の剣士達を唸らせるほどに見事なもので、相手を確実に無力化する武器の破壊なんかもできる。

 加えてあの魔法は剣を創り出せる─前は水を出してくれた─。アルトさんの魔法がとんでもなく便利なことは明白だった。はっきり言って彼は強いと思う。

 それだけの技量と魔法があれば、もしかしたらここから逃げることも可能ではないのか?

 では何故彼は逃げないのか、その時やっと理解する。その理由はきっと……。


「貴様……まさか魔法をも使えるとはな。

 だがそれならば不思議に思わずにはいられないな……。こちらの剣を瞬時に模倣できるのを見た所、かなり強力な魔法ではないのか……? だとすれば……なぜ逃げない? 自分一人で逃げるくらいならわけないだろう」


 ユークリウスさんの問いにふぅと息をゆっくり吐き、乱れた呼吸を整えてアルトさんは言う。


「最初っから言ってんだろ。決まってる……これが冤罪だからだ」


 それはアルトさんが逃げない理由には繋がらない。けれど彼はそれをユークリウスさんへの解答とした。この人はなんて。


「後個人的な事だが、王国聖騎士団は嫌いなんだよ。だから闘う。来るなら………来い!」


──強くて優しい人なんだろう。


 アルトさんの言葉は決死の覚悟を持つものだった。


 それを聞き届け、ユークリウスさんは一度眼を閉じると、数秒後、何かを決めたようにゆっくりと目を開けた。そして彼はアルトさんをその鋭い眼の中に収めた。


「ふむ……ならば」


 ユークリウスさんは足を踏み込む。


「殺すとしようか」


──大気を揺るがす程の、凄まじい風圧。辺りのものは激しい風に見舞われて慌ただしく揺れている。

 先程まで立っていた地面に、大きな亀裂を残して、ユークリウスさんは姿を消していた。


 いや、違う。彼は一瞬で、アルトさんの目の前まで近づいたのだ。たった一歩の踏み込み、その余波で地面には亀裂が入り、目にも止まらぬ程の速さであったために、姿が消えたように思えたのだ。その速さたるや、眼で追うことすら難しい。



✳︎



「──うおぉ!!」


 アルトから見える景色では、それこそ急にユークリウスの体が時間を無視して近づいているように見えた。


 は、速い!!速すぎる!とアルトは狼狽する。そしてそんな戸惑いを無視して、ユークリウスは、音をも超えるかという速さで近づくと、これまた神速の速さで、剣を鞘から抜き放つ。


 あまりの速さに戸惑いながらも、アルトは瞬時に、ユークリウスの攻撃を左方向から腹へと向けた横薙ぎだと読んで、手に持つ剣を彼の斬撃に合わせる。


 激しい勢いで剣同士がぶつかり合ったことで、衝撃波が生まれた。あたりのものが吹き飛んで行く。

彼らの周りだけあまりの衝撃に風の流れがおかしくなっているのだ。

 アルトは剣を間に合わせることにはどうにか成功したが、迫合いなんてことをする暇はなく、吹き飛ばされた。


「ぬあぁ!」


 ズザザザと足を地面にすらせながら、アルトは何メートルか吹き飛んだ。乾いた地面を、履いている革靴で擦りながらだったため、吹き飛んだ分だけ土煙が舞った。

 視界が悪くなる中、アルトは状況の把握をすることも許されず、いつの間にか彼の右手側に回ったユークリウスの追撃の第二波が飛んで来る。土煙を裂いてアルトに剣尖が迫る。


 もう……かよ!! アルトは心の中で叫ぶ。


「チッ!!」


 桁外れの強さに舌打ちをしつつ、相手の動きから、アルトはまたも軌道を読む。次は右上から左下へと抜ける袈裟斬りだと判断し、彼は急いでそれにまた剣を合わせる。


 剣をかち合わせると、またも凄まじい風圧が起こった。それにより辺りの土煙は一気に吹き飛び、視界が開けてくる。アルトは今度は吹き飛ばされはしなかったが、上段からの攻撃を、下から防いだことによって、衝撃は逃げ場を無くし、全てが彼の身に留まる。

 するとアルトの立っている地面は、バキボキと陥没していき、それにより彼の足が地面に絡め取られて行く。


 剣の威力じゃない! 巨大な鉄槌と同じか、それ以上はあるぞ! とはアルトの心の言葉。だが心を覗かなくとも、表情からでさえ、彼の余裕のなさは伺えるだろう。


 パキッ!とアルトが持つ剣から音が漏れた。彼の肉体が限界なように、ユークリウスの一撃は、当然、受けた武器にだって尋常ではない負担がかかる。


 まずい……折れる! 


 この先に起こる事態を理解して焦るが、焦るだけだ。現状を打開できる画期的な発想なんて、思い浮かばない。


「……これで終わりだ。」


 ユークリウスがさらに力を込める。アルトの持つ剣からは、バキバキバキと音が鳴り響く。それはまるで痛みに泣いているようで。


 これは無理だ、剣がもたない。アルトは判断する。脆弱とはいえ、自分の身を守るそれがなくなれば、彼の命は間違いなく絶たれることとなる。だというのに彼は、不思議な落ち着きを見せていた。

 対峙するユークリウスも、表情変化の乏しいその顔を、歪める程度には、アルトの態度は何かがおかしかった。疑問は持ちつつも、だがもう関係ないと、ユークリウスがとどめとばかりに、さらに剣圧を上げた時だった。


 アルトが叫んだ。


「強いな。竜殺しの名に偽りはない。だが、鍔迫り合いは確かにしたぞ!」


 ついに剣は痛みに耐えきれずバラバラに砕け散った。しかし。


「なに!?」


 その時砕けた剣は二つだった。ユークリウスの剣もまた壊れたのである。

 アルトはユークリウスの意表をつけたことに満足しつつ、地面に絡め取られそうであった足を振り上げると、足の脛をそのまま。


「甘いんだよ!!!」


 その言葉と共にユークリウスの顔へと、しなる鞭のように叩きつけた!

 蹴りをなんの防御もせずに顔面に喰らったため、その衝撃で頭が後ろに跳ね、蹴られた箇所が赤くなる。武器がなくなり形勢不利だと分かると、ユークリウスは後ろへと跳びのく。それは追撃を許さぬ、見事な後退だった。


 二人の距離は離れる。それによりユークリウスは落ち着きを取り戻し、冷静に状況を見定める。

 アルトも今の数秒の攻防だけで、かつてないほどに疲弊したために、呼吸を整える時間を欲した。結果二人は、互いを睨み合うように、間を空けることとなった。


✳︎


 何が起こったのかまるでわからない。それがわたしの率直な感想であった。

 ユークリウスさんが迫ったと思ったら、アルトさんが吹き飛んで、そうかと思ったら、何かがバァァンって言って、今に至る……? ……ダメだ。何が起きたかまるで理解できない。けれど二人が、何やらお互いを認め合っているのはわかった。


 あれ? 分からないのわたしだけ? と不安に思い、辺りを見渡していると……いた。わたしと同じような人が。それは聖騎士団の皆様方だ。というよりは、ユークリウスさんとアルトさんの二人以外は、今の攻防をよく分かっていない様子だ。騎士団の皆様のあの複雑そうな顔から察するに。


 ここでユークリウスさんが口を開く。


「ふむ……なるほど」


 何がなるほどなの? きっと今、全員が心の中でつっかかった。


「疑問には思っていたのだ、部下のドルバの剣をたやすく壊したことを……。

 アレはやや大雑把なところがある。武器破壊を得意とする者に小技を多用をされた場合、奴の武器が壊れる可能性はあるだろう。だが……だ。一度剣を合わせただけで砕かれるというのは、流石に腑に落ちない」


 ユークリウスは自分の見解をつらつらと述べる。しかしわたし達には何のことかチンプンカンプンだーここでいうわたし達とは聖騎士団の皆様とわたしのことですー。


「だが貴様と打ち合ってわかった。そうだ。簡単なことだったのだ……。貴様は我々の武器を瞬時に複製させた。瞬時に複製することが可能だとするならばその逆もまた可能であると言える。つまりは魔法による破壊だ……。貴様は自らの力によるものでなく魔法によって私やドルバの武器を壊したのだ」


 言われて皆が気づく、「えっ? あっ!! 本当だ! ユークリウスさんの武器がない」「剣士長の剣がいつの間に……!」などなどポンコツ達が口々に言う。わたしも今更ながら気づく、あっアルトさんの剣もなくなってる!


「ミリア……剣をよこせ」


「えっあっ……うん!!」


 ミリアと呼ばれた騎士団の少女が剣を鞘ごとユークリウスさんに投げ渡す。

 ユークリウスさんはそれを受け取ると、剣を抜き地面に鞘を放り投げ、再び構えの姿勢をとるーミリアと呼ばれた少女はパタパタと剣の鞘を取りに行ったー。しかしその構えはレイピアなどの刺突武器などでとる構えに見える。

 それを見てアルトさんも空中から再び剣を創り出し手に持つ。


「話を戻すぞ……自らの技量や力によって剣を打ち壊しているのなら警戒すべきだが……。貴様のそれは手品と同じだ。タネが分かれば怖くない。

 魔法による破壊であれば、条件が必要になってくるはずだ。その条件を詳しくは知らないが、今までの事を考えるなら、打ち合っている時間……と言えるだろう。長い時間相手の武器と迫り合っている時のみ、貴様の力は行使されていた」


 きっと皆揃って、また心の中で叫んでいた。

 いや、いつ迫り合った!


「ならば解決方法は簡単だ。貴様が追いつけない速度で斬りつければいいだけのことだ……」


 ユークリウスさんの纏う威圧的な雰囲気の濃度が更に増した。その後バン! という音と、何かが砕けたような音がした。


✳︎


 その音を聞いてアルトさんの今までの言葉に納得した。彼が言った『ユークリウスは人間が勝てる相手じゃない』その理由が今更ながら分かったからだ。わたし(人間)では決してかなうことのできない速度と力強さを見た。

 ユークリウスさんがやった事は先程と同じである。勢いよく地面を蹴りアルトさんに斬りかかる、それだけ。

 しかし今度は……比喩ではなく事実、音をも置き去りにしたから。事実ユークリウスさんが先程まで立っていた地面が消し飛んでいるから。事実もうすでに。


「ウッおおおお!!」


 アルトさんは血を流して吹き飛んでいるから。


「アルトさーーーん!!!!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ