僕、天使。君、まだ人間。
天使の男の子と人間の女の子のラブコメディです。
感動要素も徐々に多分…出てきますので、しばらくお付き合い下さい。
執筆遅いかもですが、頭の中にラストまで用意できてますので、気長に待っていてもらえると嬉しいです。待っていてくれる人がいますように!
目の前にいる女の子が怒っている。
「隣の人と間違えて、その…」
僕が「間違えて」と言ったところからもう、彼女の怒りは最高潮を迎えてしまった。
「間違えて、あんたは私の命を奪った、ってこと!?」
信じられない!どうしてくれるの!?戻して!戻しなさいよ!彼女は長い髪の毛をメデューサみたいに振り乱して僕のそう厚くない胸板を、バッコバコ叩いてくる。
「す、すみません!僕も初めてで、どうしたらいいか…戻せるのかな…」
落ち着こう、とにかく先輩に電話だ。僕は怒る彼女を横目に、震える指で数字に触れる。ティルティルと呼び出し音が鳴る。チラと彼女を見ると、大きな目で僕に呪いでもかけてるかのようなニラみ具合の彼女が、仁王立ちしている。
『もしもしぃ〜、ヒトキ?どうしたぁ?初めてのお迎えは上手くできたのかぁ』
先輩の間の抜けた声がスマホから聞こえる。
「いや、あの、どうしましょ。僕、大変なことを」
『大変なこと?引っ張った時に対象の腕でも折ってしまったかぁ?そんなの、コッチの世界に来た瞬間、治るっつうか、大丈夫だからさ』
「そんなしょーもないことじゃなく、僕、間違えて…」
大きく息を吸った。初仕事、いきなり大失態の報告。慎重な性格で、天使養成学校でのエスコート学科の成績も良く、美貌検査でも“優良”の印をもらえて、適性度95%で何の文句なしの1級天使になった僕が、
「間違えて違う人の魂を、お迎えしてしまいました…」
『はあ!?違う魂を迎えたぁ!?』
先輩が椅子からひっくり返ったのか、耳の向こうで工事現場で建物を壊すかのような音が聞こえてきた。
ああ、クールな先輩をこうも動揺させてしまう、この事案。僕は事の重大さを改めて思い知り、その場に立っていられずしゃがみ込んだ。
「あんた、何でこんな白い羽根、背中につけてるの」
僕の頭上で、さっきまでの怒りに満ちた怒鳴り声から一転、柔らかな、でもまだ少しトゲの残った声がした。
先輩からの返事はない。多分、こうなった場合の対処法を調べてくれているんだろう。僕は手にしたスマホを一旦切った。
「天使なもんで…」
「コスプレ野郎」
「コスプレじゃないです!本物の天使です!」
勢いつけ立ち上がって胸を張り、彼女を見下ろした。ついでに天使の威厳である白い羽根を大きく広げもした。
訝しげに僕を見上げる彼女は、眉間にシワを寄せ歪んだ口をしているのに、可愛かった。そう、君が可愛かったから。
病院の大部屋の中、もうすぐ死んでしまうお婆さんの横で、お婆さんの名前、寿命が尽きる時間(秒単位)、この世への未練度数などを書類で確認しながら、僕はその時を待っていた。
時間がちょうど来たら、僕のこの手をお婆さんに触れるだけ。それで、完了。
大部屋には、今日、命を終えるお婆さんの他に、3人の患者がいて、僕はボンヤリと視線を1人ずつずらしていって、3人目の患者でガチリと止まってしまった。
白くて細いうでに点滴を受けながらベッドで眠っていた女の子は、いい夢でも見ているのか、口元に何度も笑みを浮かべ、そのたびに長いまつ毛を動かしていた。年の頃、高校生くらい。整った顔立ちから、目を開けずとも美人なんだろうな、と見て取れた。
「もぐもぐ」
突然その子が口にした。
もぐもぐて…。何か食べてる夢?にしても、食べる行動をそのまんま「もぐもぐ」で表現するとは。
可愛い…
もっとよく見ようと、彼女のベッドの方までフラフラと歩いていった。彼女の顔を正面からのぞきこんだ時、ふと時計を見るとお婆さんのお迎え時間があと数秒に迫っていた。ヤバい。
向きを変え、お婆さんに手を伸ばした。…のだけどね、
伸ばしてない方の手が先に、彼女の、彼女の頬に、触れてしまっていた。
ああああっっ!!!
『天使は、むやみに人間に触れてはいけません。触れる時は、命のお迎えをする時のみ、です。』
学校入学初めに先生から聞かされた、天使の基本中の基本の注意事項。
見る見る間に、彼女の桃色がかった魂が身体から浮き出てきた。出切ったところで、彼女と目が合う。
はっ、となる。
だからその綺麗な顔。
僕は、ダメだぁっと思いつつ、彼女と向き合っていることが、自然で、当然に思えた。その上、何もかもが上手くいきました!という謎の達成感で満たされてしまったのだ。
「天使…お迎え…間違い…」
か細い彼女の声で、僕は我に返った。
達成感とか言ってる場合ではないのだ。
ホコリもついていないのに、ズボンのポケットを手で払い、すっかり落ち着きを取り戻した彼女を見つめた。
「間違えて命をお迎えしてしまったけど、必ず、戻します!」
戻す方法など習ってもいないし、先輩すら驚愕させることであるにもかかわらず、そう言ってしまう。
「必ず…確かに…多分…」
と、続けてそう言ってしまう。
彼女から、とてつもなく長いため息が漏れてきた。
「…もう、いいよ。どうせ…」
形良い彼女の唇が、小さくつぶやいた。
そのとき、僕のスマホが鳴った。
先輩からだ。
『ヒトキ、いいか。とりあえず、その人を俺のところに連れて来い。検問部に見つからないようにな』
とりあえず、に力を込めて、先輩は声低く言った。はい、としか返事のしようもなく、その二文字をかろうじて発したら、電話は切れた。
「すみません、とりあえず、あなたを連れて行きます」
「…どこに?天国?」
行先、天国に決まってるよね、という口ぶりだ。
「はい、とりあえず」
全身に力を込め、地から浮く。そのまま彼女に手を差し伸べる。ためらうことなく、彼女は僕の手を取り、自分も地から浮いたことに、驚きもせずに目を閉じた。
柔らかい手を取ったら、彼女からの気、みたいなモノがどっとこちらに流れてきた。暖かくて、目眩がした。
「名前は、なんて言いますか」
気を保とうと、頭に浮かんだ言葉を口にする。
「ミサ、なんて言う」
ほんの少し口角をあげて、ほんの少しくだけた感じで答えてくれた。
僕は、ますます目がくらんで、ほとんど気絶したまま先輩の元へ向かって行った。




