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異世界へ


 久しぶりに会った姉は、まるで変わっていなかった。


 姉はネットで知り合ったとか言う男に会うために、両親と喧嘩をして家を出て行った。

 あれから連絡も途絶し、もう十年以上経過している。

 それが、昨日会ったみたいに、俺たちは、普通に話しが出来ていた。

 

「バイト?」


「そう、バイトさせてたの、あの子に。

 あんたからイエスを引き出せたら昇給するっていう約束でね」


「王族なんだよな? 一応」


 話しでは、例の王子と結婚しているそうだ。

 王子、正確にはもうすでに王様らしい。

 あの小説では語られていないが、そこまで到達したみたいだ。

 信じられないが、俺は、異世界とは言え、王族の親戚ってことになる。


「そうねぇ。でも、経済観念は将来必要だし。

 ニートになって欲しくないじゃない?」


 俺にとっては心が痛くなるが、「確かに」と言っておいた。


「それに、自慢もしたかったし」


 ふっと笑みが自然と漏れる。

 悪戯っぽさが子供っぽい、懐かしさがこみ上げる。


「やっぱり変わらねーよ、姉ちゃんは」


「あんたも変わらな過ぎっていうか。

 想定してたけど、ニートし過ぎでしょ。

 しっかりしなさいよ、もう」


 耳が痛い話しになってきたな。


「分かってるよ」


「なんでこっち来るの断ったの?」


「そりゃさ、こんな人生なんだから、そっちでワンチャンかけるのも有りかなって思ったけど」


「けど?」


 ぽりぽりと頬を引っ掻く。


「俺が居なくなったら、親父たちの面倒、誰も見るやつ居ないし」


「あら意外。分かってたんだ」


「まぁね」


「こっちに来たら、めちゃくちゃ絞ってやろうと思ってたのに」


 やっぱり罠なのかよ。


 目端で、隅のようなものが見えた。

 テーブルの上に置いた小説の原稿が、まるで火にかけられたように、炭となって、空気中に霧散している。


「何だこれ? 姉ちゃん原稿が」


「あー、もう限界みたいだね」


「限界?」


「あんたずっと、ドアを通じて話してると思ってたでしょ。

 正確には、あんたの心に浮かべていただけなの。

 今はこれが精一杯でさ、またしばらく会えないかもしれない」


 詳細は分からないが、何となくは理解した。


「そんな状態だってのに、俺と茶番劇してて良かったのか?」


「だって、あんた以外とは話しが通じなそうだし、それに、放っておけないでしょ、弟なんだから」


 茶番劇が必要かと言われるとそうじゃなかったかもしれない。

 ただ、姉は、俺なんかのために、貴重な時間を使ってくれていたことは事実だ。


「分かった、何とかするよ」


「うん、あんたも、がんばんなさい。

 こっちはこっちで頑張るから。

 じゃ、またね」


「姉ちゃん?」


 ドアに呼び掛けたものの、返事は無かった。



 *



 その日の昼過ぎ。


 俺は、玄関で履いていた靴の靴紐を結び直していた。

 

「どこ行くの?」


 後ろから母親の声だ。

 俺は振り返らずに言った。

 

「就活」


「ふーん」


 ぜんぜん信用していない生返事だな。

 まぁ、これまでがこれまでなだけに、信用されるわけもないか。


「あ、そうそう、あんたこれ落としてたわよ」


 落とした?


 振り返ると、母親は、原稿用紙を持っていた。

 最初何か分からなかったが、すぐに理解した。

 俺がリナに渡した小説の原稿用紙だ。

 そうか、実際は、送られていなかったんだ。

 原理は知らないが、本当にファックスみたいなもので、データ(?)だけが異世界に向かって飛んでいたんだろう。

 

 かなり慌てた。

 だって両親には、俺が何をしてるかなんて、知らせていなかったからだ。

 この歳まで小説を書いてたなんて、恥ずかしすぎる。

 

 奪うようにして原稿用紙を受け取った。

 原稿用紙の内容を見ると、赤ペンで何か書いてある。

 げげ、しっかり読まれてる。

 持っていたリュックに、ぐしゃっと詰め込んだ。


「そんなに乱暴にしていいの?」


「いいんだよ、別に、もう諦めたから!」


 何も言われたくない。

 両親に見せたら批判されることは分かっていた。

 だから教えなかったんだ。


「引きこもって何してると思ったら、こんなことしてたのね」


「そうだよ、別にいいじゃん」


「ええいいわ。それに、良かったと思ってるのよ」


 意外な反応。

 恐る恐る聞き返す。


「良かったって?」


「だってあんた何も教えてくれなかったじゃない。

 やっとあんたが何を考えるか分かって、安心したのよ」


 安心?

 こんなことで?


 あ、そっか。

 姉が家出して消息を断ったことを気にしてるんだ。

 だから俺まで、鳥籠から逃げる鳥みたいに、どっか行くんじゃないかって不安だったんだ。 


 姉のことを話すか迷いもあったけど、ぬか喜びになるだけだろうな。

 姉も、余計なことをされたくないだろうし、俺は俺のことをやろう。


「行ってきます」


 そう言って立ち上がって玄関の扉に手を掛ける。


「いってらっしゃい」

 

 母親の声に送られるようにして玄関の扉を開いて外に出た。


 もう冬の空気だ。

 寒い。

 まだまだこれから厳しくなるだろう。


 後押しされるみたいに、俺は歩き出した。

 向かうは俺の知らない世界。

 いざ異世界へ。


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