勧誘失敗
迎えに、来た、か。
そんなことを聞いて、良いことであるはずもない。
俺の警戒心はマックスまで引き上がっていた。
「迎えって何の?」
「わたしたちの世界に来て欲しいんです」
「嫌だ」
「え?」
俺が即答したからか、相手は困惑気味なようだ。
俺は、なお押した。
「嫌だ、と言った」
「なんで?」
世界が何か知らないが、推察するに、ろくでもない業界のことだろう。
普通に考えて、なるほど! と納得して出て行く方がどうかしている。
「誰なんだよあんたは」
「使者です」
「警察呼ぶぞ」
「どうぞ」
む、急に強気になったな。
「本気だぞ?」
実際、スマホを手に取っている。
「いいですよ。ところで」
「何だよ」
「ケーサツってなんですか?」
はぁ?
「あんた、俺を馬鹿にしてるのか?」
「すべて真剣です。どこがふざけてると思うんですか」
全部だよ、全部。
なんか噛み合っていないな。
いったい俺は何と話し合っているんだ?
自分でも、よく分からなくなってきた。
少し合わせてみるか。
「えっと、つまり俺は、いったいどこに連れて行かれようとしているんだ?」
「これは説明不足でしたね。
あなたの住んでいる世界とは、異なる世界のことです」
「異世界だぁ? ぶっ」
思わず吹いてしまった。
小学生でもサンタさんすら信じていないのに、異世界て。
俺をいくつだと思ってるんだ。
「どうかしました?」
「いや悪い悪い。あまりに稚拙な設定なんで面白かったんだ」
「じゃぁ行きましょう!」
「何も、じゃぁではないだろ。嫌だって言ってるんだが?」
「ええ!? めくるめく冒険に興味がない?」
「無い」
「わたしたちが新生活をサポートしますから!」
新居に引っ越すみたいな乗りだな。
「第一、そっちに行って、帰ってこれるのか?」
「安心してください、帰れません」
「なお悪いだろ!」
「モンスターと戦って、賞金を稼いでみませんか?
それで村のみんなに感謝されてモテモテになるんですよ?」
「爺さんや婆さんも?」
「盛りだくさん! ……あ、嘘嘘! 今のは違います。
若い子もたくさん居るんですよ」
「その若い子って何歳だ」
「若いと言ったら10歳以下の」
「お引き取り願いたいんだが」
「冗談です。
実は、わたしたちの世界では、若い子が、今やあまり居なくて、人材が枯渇しているというのが本音で」
「あーわかったわかった、あんたらの世界が何かの脅威があって、ピンチで窮地で大変だから、協力しろだのなんだの言いたいんだろ」
「凄い! なんで分かったんですか?」
そりゃ分かる。
そんな舞台設定なんて、創作では、ありふれているからだ。
俺が少し腹が立つのは、こんなに詰めの甘い設定で、この俺を騙そうとしている点だ。
特に、舞台設定が気に食わない。
異世界。
俺が今一番聞きたくもないジャンルの言葉だ。
相手の思うツボっていうのも、忌々しい。
ちょっと、逆襲してやろうかと思った。
ベッドから立ち上がって、ドアに向かって言った。
「あんたのところも大変そうだな」
「! 分かってくれたんですかね!」
すっと、足音を立てないようにして、ドアに近づく。
「残念だったな、これで終わりだ」
「え?」
ドアノブに手をかけて、思い切り開いた。
突き刺すような朝日に顔を渋める。
目が慣れてから、よく見たけれども、人の姿は無い。
ドアの裏手に隠れているとか、隣の部屋に隠れたとか、そんな様子もなさそうだ。
人が居たという痕跡もなく、忽然と、消失した。
いや、そもそも、あの子はそこに居たのか?
俺の部屋はちょうど階段近くにある。
その階段下から、誰かが上がってくる音が聞こえてきた。
足音の感じで、誰かは分かっていた。
上がってきたのは俺の母親だ。
母親は俺の方を見て、眉をしかめる。
「あんた何してんの?」
言われてみれば、ドアを開けっ放しにして、顔を出して、おかしなやつだと言うならそうだろう。
「あのさ、なんかさ、人が」
「人?」
母親の表情を見て悟った。
「いや、何でもないわ」
ドアを閉めようとした。
「暇なら、洗濯物。下にあるから持ってきて」
ちっと軽く舌打ち。
でも、衣食住を提供してもらっている手前、やらないわけにもいかかったりする。
部屋から出て、下の階に行って、カゴに入った大量の洗濯物を回収しながらも、俺は確信していた。
俺の母親は、演技が出来るほど器用な人じゃない。
親の差し金という線はあり得ないと言っていいだろう。
そんなことが起きると思う方が、現実的とは言えない。
俺はドア向こうに居た”存在”と話しをした。
その受け入れ難い現実が、シコリとして残ってしまった。




