一、耀蔵(ようぞう)の挙動
その日、青山兵史郎は老中首座・水野越前守の御用で上野寛永寺にほど近い松平伊豆守(信順)の屋敷に出向いていた。
昼八ツも少し過ぎたころその御用も済み 辞去しようと書類を風呂敷に包みだした。
「青山様、昼餉の用意が整いましたよってどうぞ奥へお越し下され」
と伊豆守が用人・後藤又四郎がいつものにこやかな笑顔で部屋に入ってきた。
「毎度馳走にあずかってすまぬのぅ」と立ち上がりかけたが一瞬躊躇した。
(確かに腹は空いておるが…またぞろ繰り言をくどくど聞かされるのか…)
そう思うと食欲は一瞬で萎えた。
伊豆守が用人・後藤又四郎とは十年もの付き合いになる。
この男、話し好きというか一旦喋りだすと人の話など聞かず一方的にまくし立てる口達者で、会うたびに辟易させられる御仁でもあった。
「後藤殿、せっかくの申し出は有難いが…きょうはちと急ぎの用があっての、すぐさま行かねばならぬ所が有るのよ、ほんに昼餉を無駄にして申し訳ござらぬ」
兵史郎は風呂敷包みを抱えると後藤又四郎の次の句を待たず立ち上がり、玄関までの案内を請うた。
「左様でござるか…では次の到来はいつ頃になりましょうや」と後藤又四郎は残念そうに兵史郎を振り返り玄関先へと案内しだした。
「そうですな…書類詮議に十日、老中承認には十日ほども係りましょうから…一月後にもなりましょうか」と兵史郎は中庭の見事な造作を振り返りつつ応えた。
こうして松平邸を後にした兵史郎は寛永寺の境内を抜け三橋を渡ると下谷広小路から御成街道を小笠原信濃守の屋敷近くまで早足で歩いた。
(ふぅっ、きょうは何とか逃げることができたな…じゃが一月後の訪問時はそう易々とは逃げられんであろう、しかしきょうも伊豆守様は顔を見せなんだが…よほど御加減が悪いのだろうか)
この三河吉田の藩主・松平信順(伊豆守)は天保八年五月に老中に就任したが…たった三ヶ月で病気を理由に辞任した大名である。
この病気辞任には水野越前守の度重なるいじめが原因という風聞もあり、後藤又四郎からこれまでに耳にたこができるほど「越前守醜聞」を聞かされてきたのだが…。
(愚鈍者を許せぬ殿の気性、出自がよいのみで老中に就任した伊豆守が余程気に食わなかったのか、或いは知恵伊豆とまで謳われし松平信綱を先祖に持つ松平信順への嫉妬も手伝ったのか…いずれにしろあの殿は伊豆守様をいじめたという認識さえ無かったであろうに…さてと、旅篭町の料理屋・重元はもうすぐのはず…)
兵史郎は昨夜から伊豆守が屋敷に出向いた帰りには重元に寄ろうと決めていた、それはここで出される鯛の炊込飯と潮汁はそれは絶品で兵史郎は寛永寺の帰りには必ずこの料理屋に寄るというほど好物なのだ。
(くぅっ…思い出しただけで唾が湧いてくるわ、もうたまらぬ少し急ぐか)
とそのとき十間ほど前を四十過ぎの武士が挙動怪しく歩いていた、何やらその動きは人を尾行しているようにも見え兵史郎の目をひいた。
(足の運びは尋常にあらず、一体誰を尾行しているのだろう…)
兵史郎は興味をそそられその男のさらに前方に目をやり、つける相手は誰であろうかと目をこらした。
初め男は単独と思ったがその後 少し離れたところを歩く二人の男らもその挙動からどうやらこの男の仲間と知れ 更に興味を引いた。
暫く歩き神田旅篭町一丁目を右に折れ仲町辻角に近づいた、そのとき辺りに漂う鰹節のいい匂いに気づき はたと足を止めた。
(おっと、重元に行くのを忘れるとこじゃった…)
そう思い立ち止まったとき前を歩いている三人も辺りを窺うように立ち止まった、どうやら尾行する相手が左に折れたようで三人は辻角に身を寄せ左の辻先を覗きだした。
左の辻とは外堀筋違御門に至る道で四町も行けば門に突き当たる、兵史郎はまたもや興味が湧き その三人の背後に近づいた、そのとき中央の男の羽織紋が目に入った。
(んん鳥居笹の紋と言えば鳥居家…では此奴は耀蔵か、しかし何でこんな所を怪しげに彷徨いているのじゃ、あっそうか奴の屋敷はたしかこの辻北の下谷錬塀小路にあったな、しかし城に行く身成でもなし秘密の探索であろうか…)
そう思いつつも気付けば三人の背後際まで歩いていた、兵史郎は一瞬躊躇ったが「おぬし鳥居甲斐守ではないのか!」と後ろより声を掛けてしまった。
その声に中央の男がギョっと目を剥き振り返った、その目は驚きを隠せず兵史郎を一瞥するやその後方も一瞬注視した、その用心深い眼の配りは耀蔵そのものである。
「先生!」
言うや耀蔵はバツ悪そうに「ここで何を…」と刹那に取り繕った言葉を洩らした。
「何をとな?おぬしこそ真っ昼間から人目を憚らぬ怪しげな振舞い、恥ずかしいとは思わぬか!」兵史郎には昔から耀蔵を見れば小言を言わずにいられない癖があるようだ。
耀蔵と初めて会ったのは兵史郎が水野家指南役に推挙される一年ほども前になろうか、まだそのころ少年であった耀蔵は母と思しき色気漂う年増女に連れられ、神田猿楽町の神道無念流道場である撃剣館に入門してきた。
少年の名は耀(幼名)といい父は大学頭を務める幕府儒者の林述斎で、当代随一の学者である。
この少年は入門当初より剣技の覚えはすこぶる早かった、しかしどこかひねくれたところがあり、同門の若者らに「妾腹の子」と揶揄され仲間外れにされていた、だが兵史郎だけにはよく懐き、ために兵史郎が剣術指南役として水野家に召し抱えられたとき耀も父の林大学頭に強請り水野家屋敷裏の道場に通うことを許されたのだった。
この水野家の道場では少年忠邦とその弟である良弼(後の跡部能登守)も兵史郎の剣術指南を受け始めていた、この弟の良弼は耀より三つ年下であったが意気地は兄の忠邦を凌ぐほどに強く、ひねくれ者の耀とは反りが合わず耀が道場に通い出した初めより二人の諍いは絶えなかった。
二人の性格は耀は頭脳明晰にして冷徹、良弼は剛直で傲慢な性格である、そんな二人が合うわけもなく耀は良弼を馬鹿呼ばわりし無視することが多く喧嘩は絶えない。
そんな少年期から十余年が経った文政三年春のこと…。
二十五歳になった耀蔵は旗本・鳥居成純の娘・登与を娶って婿養子となり家督を継ぐと二千五百石を食む大身旗本の身分となった。
だが一方、喧嘩相手の良弼は未だ西丸小姓組下役に過ぎない、良弼は先を越された苛立ちからか、ふとした喧嘩のはずみに「フン、醜女だろうと構い無しに婿入りし、家督を掠め取るなんざおぬしらしいわい!」と怒りにまかせ口を滑らせてしまった。
それを聞いた耀蔵は俄に顔色を変え怒りを露わに「勝負しろ!」と怒鳴るや門人らが止めるのも聞かずまだ用意整わぬ良弼を竹刀で滅多打ちにしてしまったのだ。
これが元で耀蔵は水野家の道場には通い辛くなり、次第に足は遠のき耀蔵が小普請組支配衆より中奥番に異動になったのを機に遂に道場には来なくなった。
その後耀蔵は中奥番より徒頭に昇進し、天保七年には徒頭より江戸城西丸附目付に昇進したとき、本丸老中であった水野忠邦にその能力を買われ水野派に属すこととなり、以後冷徹なる辣腕を振い水野忠邦の改革に助力していくことになるのだが…。
一方 犬猿の仲であった良弼も兄のひきで出世し、大坂の東町奉行となり江戸にはいなかった、それを知った耀蔵は兵史郎を慕い再び水野屋敷の道場に通い出した、時に耀蔵が四十歳を少し過ぎたころであろうか。
耀蔵が道場に通い出した時、兵史郎はちょうど隠居し水野家用人になったころで、水野家道場の支配役は兵史郎の息子・兵一郎に受け継がれていた、しかし二十五才の若き兵一郎に教えを請うのを耀蔵はよしとせず兵史郎に直接教授を願い出てきたのだ。
兵史郎は彼の執拗なまでの懇願に根負けし、息子の手前 水野家の道場で教えるのは憚られるとして内弟子扱いで自邸裏の小さな道場で直接彼を教えるようになっていった。
だが昨年、兵史郎が若い頃より親しんでいた南町奉行・矢部駿河守が失脚し矢部家は改易、矢部本人は伊勢桑名藩に御預けの身となった、このとき人伝に聞いた話に矢部失脚は耀蔵自身が奉行になりたいがため裏で陰険な策謀を仕掛け失脚させたと聞いたのだ。
それを聞いた兵史郎は詳しく調べもせず憤怒にまかせ耀蔵を呼びつけるや「おぬしは昔からやり方が汚い!」と短絡的に罵ってしまったのだが…。
耀蔵は確かに頭脳明敏で、父・林述斎に傾倒し儒学にも造詣深く行動力と事務能力に長け、その限りにおいては有能な官吏であった。
だがその根性は若い頃より陰険で、出世欲と嫉妬心が異常に強く時に兵史郎も辟易する事がしばしだった、だが彼の根底に流れるものは「ひたむきまでの純粋さ」でただ表現が下手なだけであろうとも見ていた。
兵史郎が頭ごなしに罵った時、彼は一切抗弁せず黙って項垂れたままであった、そんな耀蔵に「きさま何故抗弁しないのだ!」と苛立ち、ついには「出て行け!」と怒鳴ってしまったが…兵史郎は彼とて好んで奸計を巡らしたわけではなく誰かの指示でやむなく行ったぐらいは察していた、ゆえに姿を見せなくなった彼を気にはしていたのだ。
耀蔵は思わぬところで突然兵史郎に声を掛けられ驚いた、またイヤな所を見られてしまったとの想いから「ここで何を…」と取り繕った、この見透かされるような下手な反射に恥じ入り一瞬視線を後方に転じたのだが…案の定「真っ昼間より人目を憚らぬ怪しげな振る舞い、恥ずかしいとは思わぬか!」と叱られてしまったのである。
子供の頃より兵史郎に睨まれると何故か竦み上がってしまう耀蔵、「先生申し訳ござりませぬ、只今探索中につき今宵にでも先生宅に訪問させて頂きまする」と何の脈絡もない言葉を発し思わず狼狽えた。
「儂の屋敷に来るというのか、でっ何用で来るのじゃ」
「はっ……えぇっと、越前守様には何も聞いてはおられませぬか」と繕った。
「殿から……おおそうじゃった、昨年の確か秋口じゃったか、おぬしが儂に会いたいと申しておったと聞いたが、その話かよ」
「はっ、以前より先生に御会いしとうて…」
「会いたくばいつでも来ればよいものを、おぬしらしくもない」
「えっ、伺ってもよろしいのですか」
「そうともさ、弟子が来るというに何が遠慮に及ぶものかよ」
「ありがたき御言葉、では今宵暮六ツ半(18:30)にお伺いさせて頂きまする」
「ん分かった、では待っておるぞ」
兵史郎が言った「弟子」という言葉がよほど嬉しかったのか
「では先を急ぎますゆえこれにて御無礼」と赤ら顔で左の辻へ嬉しげに駆けていった。
(彼奴…まだ儂が叱った事を思い悩んでおったのか…まっ彼奴らしいわい)
そう思い兵史郎も横の辻をそっと覗いてみた、すると既に遠く耀蔵が注意深げに走っていくのが見えた。
(彼奴はまだ若いのぅ…おっとそうじゃ昼飯を食うのを忘れとったわ)
兵史郎は辺りに目をやると、鰹節のいい匂いを漂わす料理屋「重元」に足を向けた。
一月ぶりに料理屋「重元」で舌鼓を打った後、兵史郎は江戸城西ノ丸の老中御用部屋を訪ね、主人・越前守に伊豆守が屋敷で預かった書類を渡すと御用の首尾を伝えた。
「急なる使いを頼んですまなかったのぅ、あと少しで儂も仕事を終えるよって控ノ間で休んでいてくれ、おっとそうじゃ今宵は我が屋敷で一杯やろうと思うておるが、おぬし体は空いておるか」
「それが殿様、先ほど旅篭町で鳥居甲斐守とばったり出会いもうして、何でも今宵暮六ツ半に我が屋敷を訪ねたいと言うてきたのでござるよ」
「ほぅ鳥居がそう申したのか、彼奴おぬしに嫌われたと以前より悩んでおったが…どうせ謝罪にでも行くつもりじゃろう、しかし彼奴の性格からして自分から言い出すわけも無し、なにか切っ掛けでもあったのか」
「どうでござりましょう…丁度合ったとき人を尾行していた様子、それがしにそれを見咎られ取り繕いに申したのでござりましょうか」
「そんなところであろう、じゃが奉行自ら探索に及ぶとは…余程の大物が網にかかったのであろうのぅ…」
そんな会話があったあと控ノ間に下がった兵史郎は午前中に松平伊豆守が屋敷で江戸家老から聞き取った内容を懐から出した覚帳に綴り始めた。
この控ノ間には老中下城を待つ用人や取次を待っているもの数人がおり、普段であれば知った顔を見つけ雑談か情報収集に及ぶのだがきょうは書き物に没頭した。
四半時程で書き物を終えたとき北町奉行の遠山金四郎(左衛門少尉)が兵史郎を見つけ「これはこれは青山先生ご無沙汰致しておりまする」と声を掛けながら正面に座った、兵史郎も大きいがこの男も負けず劣らず背丈は大きかった。
「越前守様から先生がここにみえられると御聞きし罷り越しました、父の葬儀のおりには過分なる香奠をいただき厚く御礼申し上げまする」と丁寧に頭を下げると、何か言いたげに兵史郎を見つめた。
彼に会うのは五年ぶりになろうか、彼の父親である遠山景晋が葬儀のさい本郷の本妙寺で会ったが最後と記憶した。
「いやいやあの折は貴殿が失意の極みにあろうと声も掛けず失礼を致した、でっきょうは我が殿に何かの御用でまいられたのかの」
「左様、この度の寄席・興業の禁止など一連の沙汰はちと度が過ぎるとて諫めに参りましたが…けんもほろろに追い返されもうしたわ…」と首筋に手を当て顔をしかめた。
「それは労しいことでござったな」
「いえいえ、二度や三度のお諫めで受け入れられるとは端っから思ってはおりませぬ、越前守様が辟易するまで通い、ほんの一端でも受け入られれば上出来でござろうよ」と意味ありげに応えた。
「辟易もよろしいが…度が過ぎれば取り巻き連中がどう勘ぐるやもしれず、蛮社の獄の例もあるゆえ気をつけなされ」
「取り巻きとは…あぁ南町の蝮のことですな、彼奴のやり口には虫酸が走るわ…あっ これは御無礼、鳥居甲斐守は先生の愛弟子でござったな、口が滑りもうした」
「耀蔵は生真面目と言うか…こうと決めたら周囲が見えず、どのような手段を用いようとも事を完遂しようとする男よ、もそっと人間味があれば人に好かれようものをのぅ…」
「たしか甲斐守殿と先生は三十年以上もの長き付き合いと聞きおよびまするが…以前より先生に鳥居甲斐守の為人を一度伺いたいと思おておりました、どうでござりましょう今宵よろしければ湯島辺りで一席設けまするよって甲斐守のこと少しお教え願えまいか」
「将を射んと欲すればまず馬を射よでござるか、じゃが…今宵は先客がござっての、またの機会といたそうかの」と笑みをたたえ応えた。
「左様ですか…ちょうど今宵は韮山から先生存じよりの江川英龍殿が出てきておるので先生と一緒に呑もうではないかと彼を誘っておりましたに…」
「なに太郎左衛門が江戸に来ておるのか、それは惜しいのぅ…じゃが今宵は何ともならぬ、残念じゃがまたの機会と致しましょうぞ」と兵史郎は残念そうに応えた。
江川英龍(太郎左衛門)が神田猿楽町の神道無念流道場である撃剣館に入門したのは兵史郎が撃剣館を辞したあとで、兵史郎の弟子である岡田吉貞が彼を鍛え、後に免許皆伝をとらせ撃剣館四天王の一人に数えられるほどに剣技を極めた男である。
兵史郎も出稽古で撃剣館に出向いたおりなどは進んでこの若き江川英龍や剣術に天賦の才ある斉藤弥九郎に稽古をつけ、以後この二人とは親交を深めてきたのだ。
夕刻、水野越前守を警護し居屋敷まで同道したとき、兵史郎はすぐに自邸(四谷御門近く)に帰るべく水野家屋敷を辞去しようとした、しかしせっかく用意させた肴が無駄になるとて少し呑んでいけと越前守に誘われ、時間を気にしながらも暫し好きな酒を呑み談笑した。
およそ半時ほども過ごすと暮六つを知らせる鐘の音が聞こえた。
「これはいかん、耀蔵がそろそろ我が屋敷に来るころ…越前守様 呑み逃げるようで申し訳ござりませぬが今宵はこれでお暇いたしとうござる」
「何だ、やはり帰るのか…せっかく話がおもしろうなってきたと言うに、耀蔵なんぞ待たせておけばよいではないか」
「そうは参りませぬ、たとえ弟子とて蔑ろにしたとあっては面目がたち行きませぬ、それと耀蔵の来訪で今宵 遠山金四郎殿の宴席の誘いを断りもうしての…」
このとき「遠山金四郎」の名を聞いた越前守は耳を疑うような眼差しで兵史郎を見つめ返し「いまたしか遠山と申したな、何で彼奴がおぬしを宴席に誘うのだ、それほどおぬしと遠山とは親しい間柄なのか」
「いえ、遠山殿の父親とは若いじぶんに付き合いは有りもうしたが、息子の金四郎殿とは昔出稽古のおり竹刀を二三度打ち交わした程度でござるが…」
「そんな間柄で何で宴席に誘うのか…おかしいではないか」
「左様、それがしも不審に思い誘いをことわりもうした、それでは殿これにて御無礼致しまする」そう言うとまだ何か言いたそうな越前守を尻目に上屋敷を辞去した。
屋敷から通りに出ると足の向く先を四谷方向に定め兵史郎は夜空を仰ぎ見た。
(今宵は満月か…しかし春も盛りと言うに夜ともなれば未だ肌寒いのぅ)
冷える手を袂に潜り込ませると、遠山の名を聞いて訝しがった殿の眼差しを思い出す。
(勘ぐられるのが面倒と耀蔵の名は出さなんだが…遠山殿の名は殿の前では禁句であったのか、しかし殿があのような顔をしたときは…ふむぅ遠山殿も遠からず危ういのぅ。
そう言えば太郎左衛門が江戸に出て来ておると言っておったな…もう彼とは二年近くも会っておらぬ…江戸にいるとあれば是非にも会ってみたい、はぁぁ耀蔵め折悪しくこんな時に訪ねてくるとは…)
弟子として英龍や弥九郎より耀蔵との付き合いは長い…しかし剣技においては耀蔵など英龍や弥九郎の足下にも及ばず、いわゆる剣術が好きなだけの耀蔵は兵史郎にとって多くの門人の一人に過ぎない。
ゆえに兵史郎が剣技に天分の才ある英龍や弥九郎を好きになるのは当然で、もし訪ねてくるのが英龍であればどれほど嬉しいやら、それが耀蔵と思えば屋敷に帰る歩速は鈍ろうというもの、それでも足早に屋敷へ向かい着いたは暮六つ半を少しばかり過ぎた頃だった。
門を入り玄関の戸を開けると倅(兵一郎)の嫁の琴絵が「御父様お客様がお越しになるなら事前に言っておいて下さいまし」と少し怒った顔で兵史郎を迎えた。
「これはすまぬ、なにせ今日の昼頃に決まった話での、でっ奴はもう来ておるのか」
「御父様!南町の御奉行様に奴だなんて…御無礼ですよ」
「おおそうか奴は奉行であったな」
「御父様!」
兵史郎は何故かこの嫁には頭が上がらない。
「琴絵さん…急で済まぬが酒と肴を少しばかり用意は出来ぬかえ」
「もう用意は致しました!」と案の定突っ慳貪な言いぐさである、兵史郎は首をすくめ逃げるように客間へと向かった。
客間の前で一旦息を整えた兵史郎は静かに襖を開けた、と耀蔵は読んでいた書付けらしきものを慌てて懐にしまい立ち上がった。
「すまぬ、遅れてしもうたな、耀蔵よそう畏まらずまぁ座れ」そう言うと兵史郎は耀蔵の正面に座った。
「先生、夜分の訪問 御無礼致しておりまする」
「なぁにまだ宵の口、しかしおぬしと我が屋敷で対座するは一年ぶりにもなろうかのぅ」
「もうそんなになりまするか…あのときは先生をご立腹させ誠に申し訳なく、本日はそのお詫びとあの一件の誤解を解きたく罷り越したので御座るが…」
「そのことはもうよい、あのとき儂も調べもせずおぬしを頭ごなしに怒鳴ってしまったが、今となれば悔いておるのよ、どうせ我が殿(水野越前守)が裏で指図をしていたのであろうよ」
「ご賢察傷み入りまする…」
「宮使いは辛いのぅ、じゃがそちのやり口にも問題は有る、殿に気に入られたい想いは分かるが…短絡に過ぎる、もう少し上手にはやれぬのか、あんなやり口では人に誹られても致し方なし、そんな事ではいずれ己の首を絞めることにもなろうぞ、ええかこれからはもそっと上手にやれい」
兵史郎は耀蔵の心内を覗き込むような眼差しで見つめた。
耀蔵はその圧倒的な眼力に耐えられず目を伏せると「御心使い傷み入りまする、今後もご教示のほどお願い申し上げまする」と崩れるように平伏した。
その時襖が開き、琴絵と下女のヨネが酒と肴を乗せた脚付膳を携え客間に入ってきた。
「おお酒が来た、もう詫びはよいから耀蔵よ今宵は久しぶりにおぬしの活躍ぶりを肴に一献交わすとしようぞ」
言うと兵史郎は膝前に置かれた膳より銚子を持ち上げ耀蔵に杯を持つよう促した。
この光景を傍らで見つめる琴絵は、妖怪とあだ名され江戸市民の誰からも怖れられる南町奉行の鳥居甲斐守を平伏させ、まるで小僧でも相手するように大様に構える義父はどれほど偉い人なのかと目を見張った。
「琴絵さんや、悪いが銚子をもう二三本も持ってきてはくれぬかえ」
それを聞くや琴絵は「ひぇい」と奇妙な声を上げ、慌てて立ち上がると下女を追い立てるように客間から出て行った。
「ところでおぬし昼間の怪しげな振る舞い、一体だれを付けておったのじゃ、殿は奉行自らが探索に及ぶは余程の大物であろうと申されておったが…なぁに殿は大狸、どうせ分かっていながら儂には惚けたのであろうがの…」
耀蔵は注がれた酒を一気に呷ると、箸をおもむろに取り小鉢に盛られた小女子の佃煮をつつき始めた。
「越前守様は大物と言っておられましたか…」
呟くように言うと佃煮を僅かに摘まみ口に入れた。
「おぬし、奥歯にものが挟まったような言い様じゃが…殿からまたぞろ難儀でも押しつけられたのかえ」
「いえ…難儀などとは…」
兵史郎は己の杯に酒を注ぐと空になった耀蔵の杯にも酒を注いだ。
「その顔で何も無いはなかろうが、んん殿から何を言われたのじゃ言うてみぃ、事と次第によっては相談に乗るぞ」
「相談などとはとんでも御座いませぬ、老中首座とたかが町奉行風情のそれがし、どんな言いつけであろうともそれに従うは当然の事、ただ…」
「ただ 何じゃ、さぁ吐きだしてみよ さすればすっきりするぞ」
「・・・・・・・・・」
耀蔵の顔にはありありと逡巡の陰が宿った。
「さぁ呑め」
兵史郎は言うと耀蔵の杯になみなみと酒を注ぎ、俯く耀蔵の貌を下から睨め上げた。
「で…では申し上げます、ただしこのことは殿にはくれぐれも内密に…」
「言わいでも分かっておるわ」
「…先生は福田半香という御仁を御存知でしょうか」
「福田半香…んん、たしか絵師であったな、それと渡辺崋山の高弟で崋山十哲の一人とも記憶しておるが」
「左様、昼間はその福田半香を尾行していたのでござる…」
「何でまた絵師なんぞを…彼はそんな大物かよ」
「いえ大物と言うわけではなく…何というか……」
「耀蔵よ、おぬし今宵はどうも歯切れが悪いようじゃのぅ」
「はぁ…、では申しましょう、先生は渡辺崋山の一件を知っておられるようですから大方は省略いたしまする。
崋山が三河の田原で自害したのは昨年十月十一日のこと、陪臣の身で国政に容喙したという廉で彼には在所の田原に永蟄居を申し渡しました」
「モリソン号事件を発端とする蛮社の獄の件よのう、しかし鎖国の排外的閉鎖性崩壊の芽を摘むべく見せしめとはいえ…見え透いたねつ造で高野と渡辺ほどの開明の士を血祭りに上げたわ…いやはやおぬしのやり口はどうも気に食わぬわ」
「…先生、その件は別途誤解を解きまするよって今宵は勘弁してくだされ。
話を戻しまするが、崋山は在所田原の池ノ原屋敷で謹慎生活を送るなか、一家は咎人として当然 田原藩からは一切の援助はありませぬ、ために門人らは赤貧に喘ぐ師の境遇を見過ごしには出来ぬとて藩には内密で援助に出たのでござる…。
特に福田半香は絵師として高名であった崋山の書画が江戸市中の蒐集家に高値で売れることに目を付け、田原より多くの書画を江戸へと運び高値で売りさばき崋山への援助金に当てたのでござるが…。
この噂はすぐに江戸市中に広まり幕府で問題視されているとの風聞が立ちもうした、但しこの件についてはそれがしは一切関与しておらぬことだけは付け加えておきまする、崋山はその噂を聞くや藩に迷惑が及ぶことを憂い、哀れにも池ノ原屋敷にて切腹し果てもうした…」
「その件は儂も西ノ丸の溜場で噂話程度には聞いた、しかしそれが福田半香の尾行とどういう結びつきがあるのじゃ」
兵史郎は話が思わぬ方向へ進み出した事に興味を抱き膝を一歩進めた。
「はっ、崋山の死後…福田半香は葬儀を済ませると三河国田原を昨年十一月二日に発ち江戸に向かいもうした、しかし途中箱根を過ぎた辺りで何故かぷっつりとその消息を絶ったのでござる」
「ほぅ…なぜ福田半香は消息を絶たねばならぬじゃ、逃げねばならぬ理由でもあったのか?」
「いえ半香ごとき小物など当方は端っから眼中にはありませぬ、ただ崋山の最期を看取ったと言うことで半香には崋山が切腹に至ったまでの経緯など口上書きを取るべく江戸に帰るのを待っていたのでござるが…」
「でっ、昼間おぬしが半香を尾行していたと言うことは…彼はすでに江戸に入っていたというわけじゃな」
「左様、今月の初めに市中取締の網に偶然引き掛かりもうして…」
「ならば早ように口書きを取ればよいものを、何で市中を泳がせ後を付けるのじゃ」
「はっ、消息を絶って密かに江戸に侵入したということは…それなりに怪しげな訳があってのことと推量いたし、部下を三河の田原まで走らせ調査させたのでござるが…どうやら崋山が死の間際 何やら半香に密命を与えたらしいとの情報を掴んだのでござる。
現にこの数日間に半香は蛮社の獄で崋山の援助に動いた者ら数名と密会に及んでおりまする」
「密会とは大袈裟な、ただ単に崋山の助命嘆願に動いた者らに師の最期を伝えて廻っているだけであろうが」
「それがしも最初はそう思おておりました、しかし会う人物のことごとくが反水野派の大物ばかりで…」
「反水野派!、そう言えば老中であられた太田資始・脇坂安董様、あの御二方も崋山には同情的で助命嘆願に奔走しておられたが…して半香はこの御二人にも会ったのか」
「はっ、脇坂安董様は昨年二月に死没され会うことはかないませぬが、太田資始様には会ったよし、この太田資始様は昨年天保の改革を潰そうと画策していたところを水野越前守様に知れ、老中職を罷免され隠居を申し渡されました…。
そのため太田資始様は越前守様に相当なる遺恨を持ち、今年初めより水戸家と計らい再び天保の改革を潰そうと画策しておる様子…半香はこの太田資始様にも密かに会っておりまする」
「ふぅ…殿は相も変わらず敵が多いのぅ、それで半香を捕らえ彼の陰謀…いや崋山の密命が何たるかを暴こうというのじゃな」
「先生!それがしの今宵の憂いはそんなことではござりませぬ、昼間より半香を尾行していたは半香が伊豆の韮山から江川英龍を江戸に誘い出し、今宵遠山金四郎と密会の段取りをつけたことにござる。
先日、老中水野越前守様はこれ以上半香の怪しげなる動きは黙認できぬとて、目付や我ら南町に、今後半香が密会する人物はことごとく捕縛せよと命じられているのです。
そんなさなかの本日、半香が再び動きだし昼九ツに北町奉行・遠山金四郎の用人と面会し昼八ツ過ぎには江川英龍腹心の与力・橋本伊織と昌平橋近くで密会、その後 半香は湯島の料亭【香月】に入りもうした。
その行動怪しく今宵反水野派の者らと密会に及ぶものと目星をつけ、現在目付衆と南町の与力・同心ら数十名が料亭【香月】に張り付いており、宵五ツ半(21:30)をもって急襲する計画にござる…しかしなんで江川ほどの者が半香などの誘いに乗ったのか…」
「おぬしまさか太郎左衛門を捕縛するつもりか!」
一瞬兵史郎の貌が険しい形相に変わった。
「待って下さい、だからこの話ばかりは黙っておるつもりで…。
先生は江川のことになるとムキになられるよって…なれど江川が今宵 密会に誘われたは遠山の陰謀ではないかと思われ…こうしてお話申し上げたのでござる」
「たわけ!それを早く言わぬか、今宵密会に及ぶ江川と遠山の事 殿は御承知か!」
「いえ遠山金四郎が半香と密会することは報告致しましたが江川のことは本日昼過ぎに分かったこと…未だ報告はしておりませぬ、それと江川の件を知る者は尾行したそれがしと部下二人のみ、既に口止めしておりまする」
「それはよかった、宵五ツ半まではあと半時と少しじゃな、耀蔵走るぞ!」
言うと兵史郎は杯を置き立ち上がった。
その時襖が開き、銚子を盆に数本載せた琴絵が静かに入ってきた。
「琴絵さん悪いがこれより耀蔵と出掛ける、その酒は倅にでも呑ませてくれぬか」
「お義父様…こんな夜更けに何処へお出かけに…」
兵史郎はそれには応えず愛用の備前長船兼光の大太刀を掴むや、今まで見せたこともない怖ろしげな表情で琴絵の横を通り過ぎた。




