2015年フェスピ&マジラビ舞台記念SS第7弾
Fate Spinnerより、リヒトの未来編。おおいにネタバレを含むため、本編第39話を読了後にお読み下さい。若干の性描写もあります。
森羅女――女しか生まれないという古い種族だが、ごく稀に男も生まれる。
その希少な森羅女の男して彼は産まれた。
「娘はたくさんいるが、息子ができたのは初めてだな」
「これが男の赤ちゃんなんですね。すごく小さいけど、あなたのと似たようなものがついてるわ」
「はは、これから大きくなっていくさ」
産まれたばかりの赤ん坊の体をとくと見つめる男女。珍しさに目を奪われている。
そこへ、青い髪の少女が駆け寄ってくる。
「お母さん、鈴樹さん!」
「おお、ナハト。見てみろ。お前の“弟”だぞ」
男性が少女の頭を撫でる。赤ん坊の頬をつん、とつつくと、赤ん坊はもぞもぞと動いた。
少女は満面の笑みになる。
「この子が産まれてくれてよかった。オレもあとどれだけ生きられるか分からないからな。これで森羅女の血が絶えずに済む」
「安心するのは早いですよ? この子が無事に育ってくれなくちゃ。鈴樹様にはまだまだ頑張ってもらわないと」
女性は手慣れた手つきで、息子に産着を着せる。
自分で産むのは二人目だが、これまでに何度か赤ん坊の世話をしている。
この子の父親である鈴樹は、森羅女の唯一の男だったので、他に何人もの女性と子を成している。
その産まれてくる子供の世話は、村人たちが交代でやってきた。
自分も、娘であるナハトもそうして育てられてきた。
鈴樹は頭を掻いて苦笑する。
「手厳しいな、ゾネは」
「純血の森羅女はもう、残り少ないんですから」
この村では、村人全員が家族だ。村人は全員、血が繋がっている。
中には鈴樹以外の男との間に産まれた娘もいるが、この村の住民は、自分を含めてほとんどが鈴樹の娘だ。
「ねえ、お母さん。この子の名前は?」
「もう決めてあるのよー。この子はね、リヒト。森羅女の希望の光、リヒトよ」
「光か。いい名だ」
「リヒト……。よろしくね、リヒト」
ナハトは弟の頭を撫でた。返事をするかのように、リヒトはふわぁ、と小さくアクビをした。
「ホントにごめんね? 今まで、蔑ろにしてて」
「もう、リヒトさまったら、それ何回目ですか?」
村にある唯一の浴場で、リヒトは背中を洗ってくれている少女に言った。
琴音は苦笑しながら、リヒトの背中にお湯をかける。
ゼルグとの戦いを終え、落ち着いた頃に、リヒトはこれまでみんなに対して思っていたことを明かした。
驚く人もいれば、笑って許してくれた人もいるし、中には泣いて謝る人もいた。
それでも、多少は反感を買うもので。
「まったく、私たちがあんたのこと道具だとしか思ってないとか、酷いじゃない?」
「そりゃあ何度か夜這いには行きましたけどぉ」
湯船に浸かっている二人の女性が口を尖らせた。
「だから、ごめんってば」
各家にも一応、風呂はあるが、ほとんどはこの公衆浴場に来る。広い浴場なので、大勢で楽しめる。
「藍那さんもフェリシアも、それくらいにしてあげて下さいよ。リヒトさまだって悪いと思ってるんだし」
「分かってるわよ。ていうか、琴音ったら勝ち組みたいに余裕見せてるけど、誤解が解けただけでまだ交わっちゃいないんでしょ?」
「えっ、そ、そうですけど……」
「それなのにもうリヒト様の一番気取りぃ? 告白したからって、いい気にならないでよねぇ」
「そ、そんなんじゃないわよ! それに、悪いのはあたしたちの方じゃない。リヒトさまに誤解させるようなことしてたんだもの」
自分たちだけではないが、色目を使ったり、時には実力行使に及ぶこともあった。
リヒトを絶望させ、遠ざけさせたのは自分たちのせいなのだ。
「それもそうよねぇ」
「あら、私は夜這いはしてないわよ~? 一服盛ったことはあ・る・け・ど」
「それも充分悪いです!」
談笑する女性たちに、リヒトは笑みを零し、湯船に入った。そこに、鈴樹がやってくる。
「おう、リヒト。久し振りだな」
「あ、鈴樹さん。こんばんは。体の調子はどうですか?」
「まあまあだな。けど、節々が痛くてしょうがねぇ」
苦笑しながら鈴樹は難儀そうに掛け湯をして、湯船に入る。
鈴樹は実の父親ではあるが、一緒に暮らしているわけでもないし、同じ男性としての先生みたいなものなので、あまりそういった意識はない。
鈴樹が来ると、わらわらと女性たちが集まってきた。
「この前、鈴樹さんからもらった薬草、やっと効き目が出てきたんです。ほら、しみが少なくなってきたんですよ!」
「ちょっと鈴樹、あんまり無理しないでよ?」
「鈴樹ちゃま~、また遊んでくださーい」
「ははは、元気だなぁ、娘っ子たちは。その若さを分けてもらいたいねぇ」
見た目は三十代くらいだが、鈴樹は随分と年老いた。最近は寝ていることも多く、ほとんど出歩かない。
鈴樹の体の調子が悪くなったこの数十年、森羅女の新しい子供は生まれていない。
ゼルグの襲撃で、さらに森羅女の数は減った。本当に、このままでは森羅女の血が絶えてしまうのだ。
湯船に入ったリヒトは、湯に顔を沈めた。
ずっと逃げてきた。目を背けていた。自分という存在から。
でも、もう悔みたくないんだ。ボクが男として生まれてきたこと。
覚悟を決めよう。自分の宿命を受け入れ、前に進んでいく彼のように。
先に風呂から上がったリヒトは、ある人を待っていた。
浴場から出てくる人影を、外でひたすら待つ。しばらくして、目的の相手が出てきた。
好都合なことに一人だ。リヒトはすかさず駆け寄る。
「琴音ちゃん!」
「わ、リヒトさま? まだいたんですか?」
「あのさ、二人だけで少し話をしない?」
「え? はい、いいですけど」
リヒトはゆっくりと歩き出した。琴音の家とは少し違う方向に。琴音は何も言わずついていく。
「寒くない?」
「ふふ、暑いくらいですよ。リヒトさまこそ、体冷えていませんか? だいぶ前に出ましたよね?」
「うん、大丈夫。それに、琴音ちゃんのこと考えてたら、全然寒くなかった」
琴音はどきりとする。リヒトの方を見ると、リヒトはにっこりと笑った。
「琴音ちゃん、君のことを聞かせてよ。君のことを知りたいんだ」
長く一緒にいたのに、何も知らない。知ろうとしなかった。
それなのに君は、そんなボクを見捨てないでそばにいてくれた。
気持ちを伝えてくれた。真っ直ぐに、あたたかい気持ちを。
琴音は頷いて、言葉を選びながら話し始める。
いつの間にか人通りの少ないところを歩いていた。琴音の声だけが響いて、心地いい。
初めてだ。こんなにも誰かのことを知りたいと、気持ちに応えたいと思うなんて。
恩と一緒にいた時とは違う心地よさと、昂揚感。
リヒトは不意に足を止め、琴音を抱き寄せると、火照った体を、優しく抱きしめた。
「リ、リヒトさま!?」
琴音の鼓動が跳ね上がる。その鼓動が伝わってきて、リヒトは口元が緩むのを抑えられなかった。
強い衝動と熱。戸惑う琴音の声を遮るように、そっと唇を落とす。
予想だにしていなかった行動に、顔を真っ赤にする琴音。リヒトはくすっと微笑んだ。
「これから、琴音ちゃんの家に行ってもいい?」
「えっ!?」
「急だし、嫌なら今度でもいいんだけど」
リヒトの口から「家に行きたい」なんて言葉が出てくるとは思ってもいなかった。それはお誘いの証。
何度、家に通っても、誘っても、体を許そうとしなかったリヒト。
その彼からの誘いを、断る理由なんてない。
「いっ、嫌だなんてそんな! 全然、大丈夫です!
で、でも最初があたしでいいんですか? 自棄になってるとかじゃ……」
「そんなのじゃないよー。ちゃんと決めたんだ。もう逃げないって。これからは、自分の役目を受け入れる。みんなの気持ちに応えていくよ」
「……じゃあ、使命感、ですか? それなら、あたしじゃなくても……きゃっ」
しゅんとして俯く琴音を、リヒトが抱き上げた。
「違うよ。さっき、君のことを知りたいって言ったでしょ? それはね」
声を聞いて、そばにいることがうれしくて、触れてみたいと思うのは――
「琴音ちゃんのことが好きだからだよ」
ゆっくりと瞠目する琴音。
好きになっていくんだ。君のことを意識するたびに、あの時、君がくれた愛情を思い出すたびに。
「君と始めたいんだ。愛されていることに気づかせてくれた君と」
ずっと想い続けてくれていた君には、釣り合わないかもしれないけど、これから育てていくから。
リヒトは泣きそうな顔で笑った。
「愛されているなら愛したいなんて……こんなの、おかしいかな?」
琴音は目に涙を浮かべ、首を横に振った。
「おかしくなんてありません」
涙を拭くことなく、琴音はリヒトの首に腕を絡めた。
「愛されていることを知って、誰かを愛することができるんです。一緒に、始めていきましょう。リヒトさま」
月明かりの下、二人は歩き出した。
ここから始めていく。新しい人生を。愛し、愛される、あたたかい日々を。