2015年フェスピ&マジラビ舞台記念SS第1弾
Fate Spinnerの主人公、恩の過去話です。ネタバレを含むので、本編第40話以降を読了後にお読み下さい。
それは十年ほど前のこと。まだ鋒家にいた頃の話だ。
ガシャン
何かが割れる音がして、恩が振り向くと、高級そうな壺が無残な姿になっていた。
恩はさあっと青ざめた。それはひいじい様が大事にしている壺。
生前、ひいばあ様が贈ってくれたものだそうで、この壺ともう一つで対になっている。
元来の性格なのか年のせいなのか、曽祖父はあまり体を動かそうとせず、自室でまったり過ごすことが多い。
けれど、時々この壺を眺めに部屋を出てくる。
遠い目で懐かしむように、壺を見つめているひいじい様。
もし、このことを知ったら、きっとかんかんになって怒られる。
おっとりとした性格で、いつもぼうっとしている人だけれど、さすがにこれはまずいだろう。
「天雨、大事無いか」
ふぅっと何もない空間から、人影が舞い出てくる。恩の雷龍だ。
彼は常に恩につき従っている。無表情だが優しい龍神で、恩が怪我をしていないか確認すると、恩を抱き上げた。
恩は雷龍にしがみつき、体を震わせた。
「どうしよう、ひいじい様に怒られるよぉ……」
泣き出す恩の背中を、雷龍は優しく撫でる。その時。
「私が何を怒るのだ? 天」
件の人物が現れた。恩はびくっとした。怖くて振り返れない。
不老長寿ゆえに、曽祖父と言っても外見は二十歳前後だ。
曽祖父は首を傾げたが、雷龍の後ろを見て合点がいった。
「ああ……壊してしまったか」
「!」
廊下に散らばった破片に近づき、曽祖父は破片を一つ拾い上げる。
恩は雷龍の胸に顔をうずめたまま、震える声を絞り出した。
「……ひいじい様……ごめんなさい……」
曽祖父は破片を戻し、恩に近づいた。
見なくても気配で分かり、恩はびくっと硬直した。
ふわりと頭にぬくもりを感じた。
恩の頭を撫でながら、曽祖父はのんびりとした口調で言う。
「形あるもの、いずれは壊れる。その瞬間にお主が立ち会っただけのこと。それよりも、怪我はないか」
「大事無い。天雨はそなたに叱咤されると恐れていたぞ」
「む?」
雷龍が答えると、曽祖父は恩の体を雷龍の腕から抱き上げた。
「気にすることはないぞ、天。あれはすでに、ところどころがひび割れておったのだ。捨てようか迷っていたので潮時だ」
「え?」
顔を上げると、曽祖父は微笑んだ。
「ひどい顔をしておる」
「だ、だってあの壺、ひいばあ様からの贈り物だって」
「まあ、その通りだが、あの壺はな……昔、あれに無理やり押しつけられたものでのう、置き場に困ってあそこに置いておいただけなのだ」
あんなに大事そうに見ていたのに? 恩の表情から察したのか、曽祖父は渋い顔をした。
「いや、そもそも、この壺を受け取らぬと結婚しないと言うので受け取ったものでなぁ。
ばあ様が生きている間は面目上、大事にはしておったが……そうしないとばあ様が怒るでのう。
もうあやつはおらぬし、どうしたものかと」
そういう理由で見ていたのか! よく眺めていたのは、どうしようかと悩んでいただけなのか。
「なんだぁ……」
ほっとしたような、さびしいような。なんとも言えない表情の恩を、曽祖父は苦笑しながら下ろした。
「気に病ませてすまぬ。だが、お主の想いは嬉しいぞ。さすがは我が曾孫。
よし、侘びに菓子をやろう。私の部屋へおいで」
「うんっ」
恩はうれしそうに、差し出された曾祖父の手を握る。雷龍は無言で隠形した。
その後、壺があった場所には、曾祖母の写真が飾られることになった。
曽祖父が時々、その写真を眺めに来ているのを恩は知っている。
その様子は、壺の時と違って本当に愛おしそうだった。