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召喚

 世界には摩訶不思議な事象が数多くあるものだ。


 科学では証明のできない謎、怪奇現象などがその最たるものだろう。


 空想、伝説や小説の中でしか存在しない物、それらも不可思議なことに相違ないだろう。


 そう、だからと言って……自らがそれを体験することになるとは誰も思わないだろう。


 だが、とある少年はこう言った。


「そんなことは今更の出来事に過ぎない」


 と。





「――なんだこれ」


 見目麗しい少女が一人、腕にひと振りの剣を抱えていた。だが、その表情は見るからに疲弊しており、今にも倒れてしまいそうだった。


 突如聞こえた爆音に背後を振り返れば爆炎に包まれた街が見えた。


 混乱に周囲を見渡すと、どうやらここは石造りの建物の屋上のようだった。


「どうかお願いします! 私達を助けてください」


――どこかで見た展開だ……。


 少年その言葉に場違いながらもそんな感想を抱いたのだった。








 少年、神楽坂蓮斗(かぐらざかれんと)は魔術師だ。いきなり何を、と思うかもしれないだろう。だがこれは純然たる事実である。


 この現代において魔術師はいないものとされているが、その実世間に悟られることはなくその血筋を脈々と受け継いでいる。


 魔術師における使命とは科学では証明できない事象の解明と、『魔』と呼ばれる者の討伐だった。いわゆる退魔師としての仕事もこなしているのだった。


 そして蓮斗は魔術を代々受け継ぐ家系の直系の魔術師だった。


 何故いきなりこのような説明を挟んだかといえば、蓮斗の身に起こった出来事を話す上で必要なためである。



 この夜、蓮斗は街に発生したという『魔』の討伐を行っていた。


 幸い今回発生した『魔』は大したことはなかった、冬の寒空の下だ。このような簡単な任務などすぐに終わらせて早く帰りたい。そう思った蓮斗の心には多少の油断があったのだろう。


 討伐し、既に瀕死のはずの『魔』が蓮斗へと牙を向いたのだ。


 彼はすぐさま迎撃の姿勢をとるが、それは間に合うことはなかった。


 蓮斗は『魔』の吐く黒い霧に体を覆われる。急いで口を塞ぎ退却しようとするが、それは叶わなかった。不意を突かれた蓮斗は既にその霧を肺へと吸い込んでしまったのだ。


 その強烈な催眠能力に渾身で抗うものの次第に蓮斗の瞼は降りて行き……。





 意識が暗転した。





 次に目を覚ました時、そこは現代の日本ではなかった。


 見渡せば映画でみる中世の西洋の町並みに石造りの床。目の前には剣を抱えた見目麗しい少女。


「――なんだこれ」



「お願いします! 私達を助けてください」


 助けて欲しい、とこの少女は言った。


 何から? 否、考えるまでもない、ここから見える街の様子はさながら戦場のようだ。ならば、襲ってくる何者かから助けて欲しいと言うことだろう。


 だが、蓮斗にこの街の記憶はない。目の前の少女にも見覚えはない上、現状を全く理解していないのだ。それで助けてとは、何をどうすればいいのかわかるはずもない。


「どうか、お願いいたします、勇者様!」


 勇者様……?


 なんだそれは。


「貴方様はこの私が召喚させていただいた勇者様にございます、ですからどうか我々に救済を!」


 混乱する蓮斗へと追い打ちを掛けるように少女は畳み掛けた。


「……つまり、俺がここにいるのは君のせいだと?」


 ようやく口を開いた蓮斗に少女は、はい! と喜色の声を上げた。


「それで、俺が勇者だと?」


 縋るように少女は頷いた。


 冗談ではない、勇者だかなんだか知らないが蓮斗にはまだやり残したことがあるのだ。こんな訳のわからない場所で戦いに駆り出されている場合ではないのだ。


「……帰してくれ」


「――え?」


「だから……元いた場所へと俺を返してくれと言っているんだ!」


 蓮斗の怒声に少女はびくりと肩を揺らす。


「ゆ、勇者様?」


「俺は勇者でも何でもない、だから元いた場所へと俺を返してくれ」


「それは……できません」


 少女は蓮斗の言葉を拒否する。


「何故……?」


「そ、それは……今勇者様に帰られたら私達は皆殺しにされてしまいます! それに、送還の義は時間を必要とします、今はそのような時間はありません!」


 ですから、どうかお助けください、と少女は続けた。


「それで……俺が勇者だって証拠はどこにあるんだ」


 蓮斗は大きくため息を吐いた。


「こ、こちらに」


 そう言って少女は腕に抱えていた剣を差し出した。黄金色をしたその鞘は、装飾こそ少ないものの異様な存在感を放っていた。


「こちらは百年前、先代の勇者様が使用されていた聖剣です……勇者様にしか抜けないようで、私どもが抜こうとしてもびくともしませんでした」 


 蓮斗は無言で聖剣を受け取ると、スラリと抜き放った。


 なるほどこれは確かに聖剣と呼んでも差し支えない名剣だろう。長い刀身を持つその直剣に歪みはなく、柄にあしらえられた大きな赤い水晶にはどうやら魔術的な意味合いがあるようだ。


「――あぁっ!」


 そう、錆び付いていなければ……だ。


「なんだこの……なまくらは」


「なんということ……聖剣が、あぁ、聖剣が」


 誰も抜けなかった、つまり百年の間この剣は手入れもされずに放置されていたということだ。それは錆び付いていても仕方のないことだろう。


 聖剣のあまりの惨状に顔を覆ってしまった少女に声を掛けようと口を開いた時だった。慌ただしい足音とともに階下へと続いているのであろう屋上の入口から何者かが駆け込んで来た。


 瞬時にそちらを振り返った蓮斗は眉をひそめた。


 そこにいたのは脂肪にたるんだ体と豚面をした人間とは全く異なるモノだった。


「なんてこと……オークがこんなところまで!」


 顔を青く染めた少女は口を押さえる。


「オーク……?」


 そう、ファンタジーの定番であるオークである。だが当然のことだが現代日本にはそのような生物は存在しなかった。


 初めて見る相手に連夜はそっと身構えた。


 オークは蓮斗と少女、二人の姿を見ると奇声を上げ棍棒を振り上げこちらへと走ってきた。


 蓮斗は素早くその場を離れようとするが、少女はオークを前に硬直してしまったのが動かない。


「――この、バカっ!」


 棍棒は少女へと振り下ろされるがすんでのところで蓮斗が少女を引っ張ることで難をのがれた。


「何してる、死にたいのか!」


 蓮斗は少女を後ろにかばい錆び付いた聖剣を構えた。


「下がってろ!」


 そう言ってオークの振り下ろす棍棒を錆びた聖剣で受け止めた。


 そのまま二合、三合と打ち合う。だが四合目をで聖剣からビキリ、と嫌な音が聞こえた。


 蓮斗はガラ空きのオークの腹へと蹴りを入れ距離を取る。


 聖剣を見ればその錆びた刀身を横切るように大きなヒビが入っていた。


「――このなまくらが……」


 これでは使い物にならない、後一合を合わせたら折れてしまうことだろう。


 彼はヒビの入った聖剣を投げ捨てると、大きく深呼吸をした。


――この世界でもできるかどうかは分からないが


 オークは馬鹿の一つ覚えとばかりに棍棒を振り上げこちらへと走ってくる。


「――術式、起動」


 蓮斗は振り下ろされる棍棒を右へと躱すとその胴体へと右手を添えた。


「――爆ぜろ、爆炎っ!」


 一瞬の後小規模な爆発が連夜とオークの間で起こった。


 正面からまともに受けたオークは後方へと大きく吹き飛ばされた。


 蓮斗もその反動で後ろへと2歩3歩とよろける。


「念のため出力を絞っておいたけど……こんなもんか」


 無様に床に転がったオークはノロノロと立ち上がる。


 心なしかその表情は恐怖に歪んでいたように思えた。


「よぅ、オーク、魔術師って知ってるか?」



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