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2013年・2014年

審問官たち

ありとあらゆる地獄は自らの精神に依拠している

ありとあらゆる拷問は自らに仕向けるものだ

宏大無辺の無縁なひとびと

因果応報の鏡に映される自らの寸大

このふたつは実は同じもの

異常増殖する領域のなかで

生き延びるために防禦壁をつくり

孤立の平安に閉じこもる

しかしよく考えてみれば

内外ともに疎外されてしまえば

自分はいったいどこにいるのかわからず

自らの陰陽が喪失してしまいかねない

そしてコンクリートの如き冷たき安泰は

いつ襲われ侵入されるかわからない

さらに入り口も出口もなければ

自らのおぼろげな思想が流れ

その排泄が自らに返ってきて

自家中毒に陥るしかない

自らのメドゥサに石化され

鋭い無時間性に支配される

孤独こそ地獄

孤独こそ虚無

いずれ壁が迫り

つぶれてしまう

自分に殺された自分の

血液だけが赤く光る

誰も知らないまま

気が付いたら

名もなき自分に

裁かれている


大層な墓なんてなくとも

いつか死を迎えられる

先史時代の木が生えていた土地

埋められたいけにえを掘削する

そのまじないを解き放つつもりか

道案内者もなく方位磁石もなく

水準器も基準器も壊れて

自分の足首を用いて

歩いて行かねばならない

怱々と絶縁した他人の感情

悪魔の肉体を借りぬとも

この身体をはたらかせ

唯一の目的地へ向かう

縋りつける壁はない

他者の範疇に縛られず

生きねばならない

俗にまみれて死穢を食って

そうして過ごしたその人生が

無残か美しいかはわからないけれども

意味があるかないかわからないけれども

何も読み取れないまま静かに死に落ちる

それができれば人としてじゅうぶんだ

静かに死ねる能力こそが

現代人には足りない


青年は刃の力をほしがって

双頭の悪魔と契約して

刻印を一つ肉体に刻み

権力と栄光を頂いた

台頭した異国の異王も

属なる奴隷に捕まえ

何百万もの敵人を殺め

聖なる諍いに勝利した

のちに彼は愛する王女と

結婚の誓いを立てた

のちに彼は愛する子どもを

生み出してひたすら愛でた

数年後青年が権勢を振るっていた頃

新たな敵国が海沿いに勃興し

何の前兆もなく攻めたてた

花嫁は死の樹木に吊るされ

赤ん坊は泥水に溺れ死んでいた

彼は呪わしい運命を嘆いた

守れなかった自分を悔いた

ひたすら神になげき訴えた

神は何も答えはしなかった

悪魔だけがいつまでも微笑み

いつでも力を与えると伝えた

青年はさらに得た魔力で敵を討ち

相手を捕虜にして処刑した

再び彼は嫁を娶り子を育てた

いつの日か彼は自分が

まったく歳を取らないことに悟った

繰り返せば繰り返すほど

愛したものの墓標だけを重ねた

青年はもはや何も感じることはなかった

ある日

突然、移り気な悪魔は彼に別れを告げた

そして悪魔が敵国の青年に憑いた

強大な力によって自国は滅ぼされ

青年は属なる捕虜となり

死ぬまで働かされる運命となった

彼が若くして死の床に伏しているとき

彼が気づいたことは

いまやかつて捕えた敵国の異王の姿をしていると

いつのまにか自分の影の呑まれ

それを怖がっているのであると

焼けついて離れない魔の刻印

空っぽになった空間にまたしても

たかが気まぐれで悪魔が侵入するのではないか

そして自分の魔力でまた誰かを

殺すのではないか

結果自分が滅せられるのではないか

空なる刻印が自分を絞め殺す

実際そこには何も宿ってはいないのだが

そういった憶測が彼を占めた

そして自分の人生なんかは

悪魔の視るちっぽけな夢であったと

そう感じ彼は自分に恐怖した

残された道は自らを罰するしかないと

自らを滅するしかないと彼は考えた

そのように考えたとき

悪魔が彼の前にやってきて

嬉しそうに

彼のたましいを食い荒らしたのであった


若い女性が

ピルを飲んで

何を捨てた?

何を得た?

引き潮の障害

満ち潮の障害

答えは羊水の死児がもつ

古めいたる岬に佇めばたやすく

きらきらした月の声だけが聞こえる

流れたヒルコは天を仰ぐ

星の空に映る自らのちっぽけさ

母に捨てられたと嘆く

自分は毒物だったのではないかと悲観する

母親を怨み続けることで児の中の毒物の濃度は高むる

その毒物は来世に引き継ぎ

母親を憑き殺すだろう

しかえしをし、むさぼり、毒にみちた児

殺し殺される関係

それはお互いにたましいを削り

欠片にしていく作業

行き場のない繰り返される分裂は

結局は個人の衝動ではあるが

壮大な惑星の流動となる

処女なる乙女を供犠に捧げなければ

不開の箱に入れて冷たい氷湖に沈めなければ

この怨みは留まることを知らぬ

浮遊した霊は闇に昏く耀いている

いまでも怨讐の念は宇宙を巡っている


水面に映る建造物、聳えるだけが世界の在り様

生きるは目前の影だけを追っかけるだけのこと

死すべき獣の大きく重なる臓物

闇を剥がすと無しかない

死ぬより怖いものはない

産み落とされた一匹の書物

いちページずつに挨拶しよう

自らを記して複製しよう

自らを記して絡めていこう

一頁毎綴られる文字群

陽光のさんざめいた瞬間

道端の灌木を拾って

庭に植えて庭に映えて

乱れた枝の天へ向かう余力

こんなきれいな朝方に

死ねるなんてなんて幸せ

夢幻の幕切れ

一片のわずらいすら失くし

時間に仄かな愛を

時間に自らを捧げた


一時的な流行

そんなちっぽけな時勢に乗って

あなたはどこへ往く

矜持をふりまいて

死ぬときには何も残らないというのに

流れ星が

焼け焦げて姿を失うように

ほらあなたの影はもう

影の影すら失っているよ

もうすぐ身体が消えていくだろう

等しく何もなくなる

残されるのは醜く落ちた自分の歴史と

そして一時的な流行の記録だけ

痛みの感覚すら残らない

身は人屑ぞ

肉の軛から避けられぬ

火葬炉から聞こえる

無力のやりとり

意味のない死霊のあなたたち

死んでも救われない


鎖で足を繋がれた自らを解放した自ら

そもそも深い地下に縛った者も自ら

指が勝手に暴れるのならその指を切り落としてしまおう

切り落とす指も自らで切り落とされる指も自らで

髑髏の乞食は百鬼に呑まれ

百鬼を呑み込む大きな蟲獣

吉凶占っても死は逃れられない

我らは赤ん坊として生まれ

生涯自らの愚かを振り翳し

道徳家ぶって這って生きる

目を傷め耳を怪我し身を裂いて

人は揺らされて食われる

人が暗闇を怖がるのは

自分の影に呑み込まれたくないから

しかし影はいつでも人を笑う

影はいつでもあなたを見ている

自分の影と大戦争を起こさなければ

いつまでも平和な時が訪れるなんて

誰が言ったの?

影は敵であり常に戦いを求めている

審判は自己の内部から下る


茂る藪の森では

生ける人間が見えない

ガス室では

生ける人間性が見えない

たましいから出血している

たましいから死亡している

光を肯定する影と 

影を否定する光

自由裁量のもと

自らの汚物を

処置しなければならないのだろう

もう死へ近い

異郷の地に流す血液

踏みにじられた祈りはどこへ

苦い薬を服用して何が治る

手術してみても傷跡が増えるだけ

突然潰されるみずからの輪郭

空はやがて堕ちる

終わりをただ受け入れるには

仲間がいるのだ

徹底した人間らしい人間が


他人に触れることは

泥に触れること

沈んで底まで呑み込まれる

悲壮の果ての人間関係

先の生涯を想像することも

一秒前の過去を想い巡ることも

できぬか弱き存在よ

満たざるべきその狂いと

枯れ果てぬ熱量は

取り返しのつかぬ過ちに似て

意地悪に笑ったその笑顔は

愛にあふれた地球の縮図ぞ

乳歯のきらめき

成長しない呪い

顎が閉じない

乳首を吸綴する幼児

なんとなく乱れた心

つい先刻まで平静だったのに

王者の選り好み

全能の支配力を持ち

偶然大事な人に傷をつける

棒片と糸巻を握った赤子は

屈服することなく

それらを投げ捨てた

重大事態だ

緊急事態だ

おれの脳が被毒しないように

おれのからだを守るために

凛として殺せ

殺し尽くせ

しかし一体だれを?

一体だれを殺せばいい!


地下にある棺

自分の屍体が安置されている

大鏡に映る真実を見た瞬間

焼き殺される我らの我ら

自らを生贄を捧げて

自らを食い殺す自ら

その時

自分の中の審問官たちは

なんと宣うのだろうか

なんと決定づけるのだろうか

その眼窩には自らの醜いかたまりを垣間見て

それに耐えうるこころを持っているか

自らの人生に幻滅しないか

錆びた短剣が胸を刺すか

堂々とした心臓を持っているか

大審問で裁くのは自分で

裁かれるのも自分

死は自らあぶれ出す

身体が軋み限界を迎えたあと

最後の死が待っている

そして逝きつく先で

下される失意に

ただ従え

地獄の辺土で

ただ従え

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