悪にも正義にも
「陽香さん、あれが見えますか」
望海と歩のことなど完全に無視して私を攫うと、悠馬は戸惑うような口調で私に言ってくる。何事じゃと指さす方を見ると、あの巨大な扉が開きかけているのだった。
「えっ? どうゆうこと」
もうはっきりとその姿は見えるし、さっき見たときより近付いてきているような気がする。それもさっきとは違い、扉は開いているのである。
「可笑しいですね。ここまで進行していれば、人間である彼女たちに見えるようになっていてもいい筈です。それに、こんなに早く……そんなの信じられません」
悠馬がそう言うってことは、…………相当ヤバいんでしょうね。
「どうするの? あんなのがあったら、魔王にバレバレじゃあないかしら」
そもそもあれが魔王の仕業なんだとしたら、逃げたって隠れたって無駄って言うことじゃないの。
「はい、それは分かっています。魔王にばれていますよ? どんなに逃げても意味はありません」
ん? 悠馬が言っている意味が分からない。だってそうなんだったら、何の為に……。
「陽香さん、貴方は少し素直過ぎるんですよ。この時代、人の言葉が真実を伝えるだなんて思っちゃいけません。全てを嘘だと疑うべきですよ」
二人には絶対に聞こえないよう小声で、悠馬は私の耳元でそっと囁いた。
「嘘? 何が? 嘘だったのね? でも何が」
そう。私は言葉が嘘だと言われても、どの言葉が嘘だったのすら分からないのである。
「ストーンを魔王に奪われたくないでしょう?」
え? そこが嘘なの? いやいや、そんなことないわよね。
「まあ、僕に着いて来て下さい。そうすれば分かりますよ。陽香さんはご安心を、僕は陽香さんの味方です。何があっても、ずっと陽香さんだけの味方です」
私だけの味方? 何それ気持ち悪い。
「それじゃ、少し急ぎましょうか。人質も取り返したことですし、迷うことはありません」
人質? それって、妖精たちのことかしら。
「分かりませんか? 歩さんは僕を疑っていました。そこで、僕の動きを制限するように陽香さんを人質として取っておいたのです」
は? 歩が悠馬のことを疑っていた、それくらいは私にも分かったわ。でも悠馬が悪事を働かないように、私を一緒に行かせなかったってことだったの? へえ、全く気付かなかったわ。
「でも、悠馬は何をするつもりなの? 悪いことをする訳?」
だって良い事をするんだったら、私を連れて行く必要なんてないものね。
「はい、ご不満ですか? それに、僕が悪と言う訳ではありませんよ。だって、魔王からストーンを守るのですから。まあ鬼神である時点で、正義と言うのは少し苦しいですがね」




