平和への思い
「姫神様、この平和はいつまで続きましょうか」
人間界に降り立って、思い出の地を訪れ美しい景色を望む。幸せな空間の中で、ふと呟くように羅刹は問い掛けてきた。いつまで続くか、そんなものは分からないわ。私に聞かれたところで、具体的にその問いに答えることなど出来る筈がない。
それはつまり、応えを求めていないということ。それだったらと、私は微笑み返す。問いに対する答えも、疑問に対する応えも、羅刹はきっと求めていないんだろう。それならば、と私はやはり微笑んだ。
「いつまでも続くんじゃないかしら。少なくとも、私たちが生きている間中は、この平和がなくなったりしないでしょう」
「ええ、そうかもしれませんね。ならば、心配するだけ無駄だということでした」
それから二人で「くすくす」と笑い合った。その笑みが、なにを笑っているのかは分からない。私にそれは分からないのだけれど、きっと私と羅刹とで笑っているものは、笑っている理由は同じなのでしょう。
もしかしたら、何もかもを笑ってしまっているのかもしれないわね。世界を平和を私たちを、そして、平和を求めて戦った、過去の私たちをも……。頑張る梨乃のことも、頑張ってくれた凛子のことさえ、笑っているのかもしれないわね。
何もかもがどうでも良くなった? いいえ、そういう訳ではないわ。平和の素晴らしさは分かっているし、いつまでもこの平和が続けばいいと思っている。誰だって、悲しみや苦しみを望んだりはしないでしょうよ。
それでも私は、笑ってしまうのであった。以前よりもずっと、思い通りに出来ることが増えた。努力なんてしなくても、たった一言で全てを私が思うままに進められてしまう。其れだから私は、笑ってしまうのであった。
「僕らが生きている間だけ、幸せで平和ならば、構いはしないのでしょう」
嫌味かっ! 前の私ならばそう思ってしまいそうなところだったけれど、そうは思わなかった。だって本当に、そう思えてしまいそうなところなんだもの。それではいけないと羅刹は告げようとしているのだと、私は知っているのに。
自分たちの死後にも、ずっと平和を続かせるよう世界の土台を作るのが、神の役目だと伝えようとしてくれているのでしょう? それくらいのことは、よく分かっているのよ。私だってね、それくらいのことは苦しいくらいに重々承知だっての。
「貴方、何を言いたいの?」
いつまでも私の方を見ているので、自分でも反省するほど不機嫌丸出しで、そう問い掛けてしまった。こんなことを問ったところで、どうしようもないし私はこんな質問も応答も望んでいないというのに。平和への思いはまだ死んでなかった、ということかしら。




