貴方の中に私の中に
「凛子は良い人よ!」
正義として、魔王を成敗しなければならない身である私。それなのになぜだか、私の口からそんな叫び声が出てきた。その言葉は確かに私のものだったけれど、私でないような私のもの。そう、誰かが私の体を乗っ取ったかのような。
もしかしたら、凛子が私の体を乗っ取ったのかもしれない。それだとしたら、なんと卑劣な奴なのかしら。私の言葉だと思い込み、皆はその言葉を信じてしまっている。すぐに訂正しなければいけないと思うのに、私の口は動かなかった。
縫い合わされてしまったの? なんて馬鹿なことを考えて、口の辺りを押さえてしまうほどのものよ。まさか、これも凛子の仕業なのかしら。それでも他の言葉ならば発することが出来るようなので、このことを伝えようと悠馬の元へと行った。
「凛子さんが良い人って、もしや、姫神様?」
驚きの表情で悠馬は私を見ている。賢い悠馬まで、どうやら騙されてしまっている様子だわ。本当に凛子は強敵ね、そして性質が悪いわ。
「違うの! きっと凛子が私の口を使って」
せめて悠馬にだけは分かって欲しい。そんな誤解はしないで欲しい。凛子が良い人だと思い込んで、戦うときに油断でもしてしまっては大変だもの。そう思って私は必死に訴えかけようとしたのだけれど、私の口は塞がれてしまった。
喜んでいるような、悲しんでいるような、懐かしんでいるような、何かを求めているかのような。上手く感情を読み取れない、なんだか複雑な表情をして、悠馬は私の口を手で覆っている。物理的に喋れないことはないのだけれど、喋ってはいけないような気がして私は何も言えなかった。
儚げな悠馬の表情に、初めて見る悠馬のその顔に、私は何を言うことも出来なかった。とても優しいその表情に、愛おしささえ感じるその表情に、私は悲しみを感じた。悠馬は私を見ているけれど、私ではない誰かを見ているように思えたから。
「姫神様、無理はなさらないでいて下さい。僕が必ず、その呪いを解き放ち、自由を取り戻してみせます。そうしたら、そうしたら……」
私の瞳をまっすぐに見つめて、悠馬はそう言った。そして涙を一粒零すと、いつもの少し機械的な微笑みを浮かべた。金縛りに遭っていたような状態で動くことも出来なかったけれど、途端に私は力が抜けて、その場に座り込んでしまった。
先程、悠馬の中にいたのは誰だったんだろう。先程、悠馬が見ていた私でない誰かとは、一体誰なんだろう。知ってはいけない秘密に近付いてしまったようで、私は凛子のことなどどうでもよく思えてしまった。このときは、悠馬の表情が気になって、それを考えるのでいっぱいになってしまった。




