魔王は魔王
「羅刹は死んだ。蘇るとすれば川崎悠馬と言う少年くらい」
アドバイスのつもりなのかしら。どういうことか、凜子は私にそう口にした。彼女は言葉を存分に発することが出来る筈なのに、なぜだか含んだような言い方をする。ちゃんと説明をしてくれればいいのに、わざわざこんな言い方をするんだから嫌だわ。
川崎悠馬。それは小鳥遊陽香と一緒に旅をした、人間としての羅刹の姿。完全の力で復活させることは出来ない、そう言いたいのかしら。悠馬である頃からきっと羅刹は記憶を失った訳ではないのだから、蘇るのならば悠馬でも構わない。
私は呪いを受けて、全てを失った状態で人間として放り出された。しかし悠馬は私を追って来てくれたのであって、呪われたとかそう言う訳じゃない。人間界に降り立つ為に力を制限し、自ら封印を掛けてまで来てくれたわ。それでも彼は、記憶を失ったりなどしていない。私は悠馬じゃないから分からないけれど、その筈よ。
「悠馬を、助けて。悠馬も梨乃も、悪くないわ。魔王が全て悪いのよ」
それならば、羅刹ではなく悠馬と言い直して帰って来て貰おう。そう思って私は口を開いたんだけれど、先程の陽香の言葉が口から出て来てしまっていた。姫神の魔力不足のせいで、陽香が強くなってきてしまっているんだわ。
彼女は今でも凜子が悪いと思っている。だからこそ、魔王が全て悪いとそこまできっちり口にしてくれたわ。ただ凜子はそうなることが分かっていたかのように、微笑みながら消えて行った。それは消えゆくときの梨乃が浮かべた、あの不気味な笑顔とは全く違い、酷く優しいものだった。
羅刹と夜叉姫と言う旧友。三人で楽しく駆け回った日々。それを想い出しながらも、私は目の前に再び現れた二人に向き直る。それは、羅刹と夜叉姫のようでありそうでない、悠馬と梨乃の二人なのであった。
「魔王が全て悪い。魔王が全て悪いんだ」
洗脳されたかのように周りにいた人々が天使たちが妖精たちもが、集まってくれた皆が唱え出した。動き出した。言葉を聞いた瞬間に凜子が逃げ去ってくれて良かったけれど、そうでなかったら私の言葉を聞いた皆が凜子に攻撃して行ったかもしれない。
折角、折角凜子が努力して、皆と打ち解けることが出来た。魔王と言う名を背負いながらも、魔王を名乗りながらも正義へとなることが出来た。その優しさを証明することが出来た。彼女の努力を、私はたった一言で無駄にしてしまったんだ。
悲しげな表情で、羅刹は微笑んでいた。いいえ、悠馬は微笑んでいたわ。なんの感情を読み取ることも出来ない、可愛らしい少女の素直なものにしか見えない満面の笑みを、梨乃は浮かべていた。二人の笑顔が、私の心には痛くって。




