争いは終わらない
「しかし大神を殺したとなれば、その座は空いたことになりますね。そこに姫神様が就けば、遂に新しい世の始まりではありませんか」
嬉しそうに羅刹はそう言って来る。いつも感情を押し隠し冷静に微笑んでいる羅刹だけど、今だけは興奮を隠し切れていない様子。
でも、ちょっと意外だったわ。まさか、羅刹が新しい大神の座に私を推すとは思わなかった。ただそれが羅刹の言葉だとしても私は、躊躇うこともなく首を横に振った。大神の座になんて、絶対に就きたくないから。
先代大神様が私を贔屓目に見ていたことは、神界ではとても有名な話でしょう。大神様が殺されて私がそこに就いてしまえば、他の神たちがどう思うかなんて目に見えているわ。私が今の世を統治することなど不可能でしょうね。
『凜子が就くべき』
そう書き殴ると私は羅刹に見せた。こんなにも羅刹は感情を隠すのが下手だったか、そう疑問になるくらいに、彼の表情は不機嫌になっていった。彼としては、私に大神になって欲しいのでしょう。その気持ちは分かるのだけど、私は嫌だった。
凜子にその座を譲るなんてものではなく、どちらかと言えば押し付けるようなものだ。羅刹くらいの神ならば気付いてもいい筈じゃない。私は大神になんかなりたくないの。優しさや謙遜じゃない、嫌なのよ。
それに、新しい世を作る自信がないわ。きっと私が就いたとしても、また同じ運命をたどってしまうだけだと思う。だって私は所詮、古い神なのだから。
凜子くらいの新しい発想を描くことは出来ない。あそこまで優しくもなれないし、強くもなれないわ。偽善野郎は、自己犠牲でしか優しさを表せない。嫌われたくないから優しくする私は、嫌われてでも相手を想う優しさを得ることも出来ない。
「私も大神にはなれない。皆に、申し訳ない」
そう言いながらも笑顔を崩さないのだから、凜子はさすがだと思う。大神だなんて責任ある役職を任せられる存在を、私は凛子くらいしか知らなかった。彼女ならこの辛い仕事だって、進んで引き受けてくれるだろうと思った。彼女の優しさに甘えていた。
周りは賑やかなのに、三人の間にだけ深い沈黙が広がる。その沈黙を破ったのは、三人のうちの誰でもなかった。そしてそれは、誰も予想だにしていない少女の声。
「そうですか。誰も大神の座を欲しないと言うならば、私が就いて差し上げましょう」
驚いて、一斉に声のした方を見る。そこに立っていたのは、ここにいる筈のない存在。ここにいてはいけない存在。




