【HUMAN FRAME】
「それにしても……」
急にだったね。それとも不意ってほうが合ってるかな?
まあ細かいことは抜きにして、再びジンが口を開いた。
それだけだったら別に驚きもしないさ。まだまだ話すこともあるだろうと思ったしな。
けど、こういう形で切りだしてくるとは考えてなかった……そういう意味だよ。
「知識では知っていたが、実際に見るとなるほど、ここではあまりに危険な恰好だね」
「は?」
「確かツメエリというんだったか君のその服……過去、日本の男子学生が着ていた制服。色にこそ違和感はあるが、いかんせん軍服に見た目が似すぎている。よくその姿で無事に済んだものだと感心するよ」
聞いた時には何を言ってんだかさっぱりだった。
詰襟の学生服が軍服に似てる?
だから何だ?
そう思った。素直にね。だって他に思うことなんてないからさ。
でも、ジンはすぐにその意味をきちんと話してくれたよ。自分の頭をポンと軽く叩いて、自嘲するみたいに笑いながら。
「おっと、これでは君に対して話すには順序が適正でないな。失敬、思わず私も過去のことを思い出してしまって……話すべき物事の順番を忘れていた。申し訳ない」
「いや……謝るほどのことじゃねえから気にしないでくれよ。順序が違ったんなら話治してくれればいい。直しのきくことにいちいち腹を立てるほど、俺は短気じゃあないからさ」
「そう言ってもらえるとうれしいね。では君の言う通り、直すとしよう。話を少し戻してね」
「ああ、聞かせてもらうよ」
「中国の台湾進攻に対し、日本は軍事的支援をしてくれた。しかし海が封じられている以上、軍備や兵士、兵器の大量輸送は難しい。皮肉なことに、兵器の近代化が進んでいた日本やアメリカに比べ、中国はプロペラ式の旧型輸送機を大量にストックしてた。制空権や制海権なんてものが無意味なこの世界じゃ、敵地にどれだけ多くの陸上兵器を送れるかが勝負を決定づける。その点で、日本やアメリカは中国に悲しいほど負けていた。まさしく歴史の皮肉ってやつだ」
なるほど。一度大きなしくじりはしたものの、中国にはまだ運命の女神がついていたっていうわけか。転んでもただでは起きないって感じだわな。
「中国から台湾に侵攻してきた輸送機の数は68機。対して日本とアメリカで用意できたプロペラ式輸送機はわずか五機。詰み込んでる陸上兵器の質は当然、日本国防軍が上だったが、戦いとは数だ。圧倒的物量の前にはどんなに高性能の兵器も押し潰される。しかも中国には後が無い。まさに背水の陣で向かってくる大軍は怖いよ」
「だろうねえ……背水の陣なんぞ敷かなくたって第二次大戦の時にゃアメリカが圧倒的物量の威力で押し切れるって事実を教えてくれてる。それに加えて背水の陣ときたら、相手にとっては鬼に金棒。かかってこられる側からすれば泣きっ面に蜂だぜ……」
「確かに……だがひとつ言わせてもらえば、圧倒的物量がものを言うのは長期戦に限られる。短期決戦では必ずしも単純な数の差だけでは勝敗は決しない。ドイツの電撃戦なんかが良い例さ。それまで主力として考えられていなかった航空機を、陸上兵器と連携させることで無敵の攻撃作戦を遂行する兵器にした。もし第二次大戦が短期戦であったなら歴史は変わっていたと私は思うよ」
「……そう言われれば、まあそうかもねえ……」
「さて、退屈な古い歴史の話はこれまで。ここからは君の知らない、新しい歴史についてだ。先ほど話した通り、物量で勝る中国軍も結局は日本国防軍の前に大敗を喫した。先手を取ったという利により、日本より先に台湾へ上陸し、体勢を整え、有利な形で日本国防軍を待ち構えていたのにだよ。そしてそれを可能にしたのが、日本国防軍が独自に開発していた局地戦用特殊兵器。この壊れた世界に適応した最強の兵器。300式歩兵型自立戦闘機動機構。俗称は、HF……」
途端だ。周りの空気が変わった。
いや、空気が変わったというより、その場にいる人間すべての雰囲気が変わったんだな。
HFって言葉が出てすぐ、言った当人であるジンを含めてイェン、カオもあからさまに緊張した感情を滲ませてる。
「HFはまったく、この時代のために作られた兵器と言えた。カケル、君の時代にはまだ人の形をしたロボットなど、単なる観賞・娯楽用の代物だったろう?」
「え? あ……ああ、そうだな。人の形してるものはね」
「ところが、HFは人の形をしている。長らく兵器を人の形にする利点などは無いと考えられていたが、それも時代とともに変わるものさ。完璧に人の形を真似、人と同じように動ける兵器が存在するとしたら、実は大変な利点がある。まずは人的損失の回避。兵器は機械だから壊れても替えが利く。しかし人間の替えは利かない。人道的見地からしてこれは大きい」
「つったって、そんなのただ遺族に支払う金を減らすのと、戦争反対派への言い訳作りくらいにしか役立たないだろ」
「まあ落ち着いてくれカケル。まだ話は途中だ。水を差すのは無粋だよ」
そう言い、ジンはまたさっきやったみたいに口元へ人差し指を当てた。
ニュアンスは分かりやすくていいんだが、何か微妙にバカにされてるみたいでちょっと腹立つのが難点だなこの仕草。ジンにとっちゃクセなんだろうが、やられるほうの気持ちにも配慮してもらいたいもんだね。
だが言ってることは正しい。から、素直に口はつぐんだよ。実際、話の続きを聞きたいのもあったしな。
「次の利点からは完璧に兵器としての利点だ。人間と同じ形をしているなら、人間が扱える兵器はすべて同じように扱える。この汎用性の高さは軍備が限られる状況下では特に有用だ。無論、それだけの性能にするには長い年月がかかった。何ら本物の人間と遜色無く、下手をすれば人間以上の技術で兵器を扱う。自ら考え、自ら決断し、自ら行動する……そこまでのものを作るのに君らの時代から500年余り。かかった時間は長かったが、その時間に見合うだけの成果を作り上げるに至ったわけさ」
「……」
「さらに奴らは体内に水素エンジンを積んでてね。水を補給すれば水分解水素製造機の働きで水素を作り出し、いつまでも活動が可能。人間のように睡眠はいらない。死への恐怖も無い。戦時下で休み無く、精神的疲労や消耗も無く、確実に作戦を実行できる人工の兵士……それがHFの正体だよ」
ここまで聞いて、ようやく納得がいった。
なるほど、そうなると確かに脅威だ。新しい兵器を一から作るのは大変だが、人間が使うことを前提に作られた兵器はいくらも揃ってる。それらを目的別に自由に操れるとなったら、これはもう革命的と言っていい。歩兵として戦わせるもよし、戦闘車両に乗せて戦わせるもよし。しかも燃料は水だけ。
それに機械なら生物・化学兵器の類は通用しない。汚染された土地でも問題無く戦える。言う通り、こいつはこの壊れた世界にうってつけの兵器だよ。
人間ってえのは、ほんとに恐ろしいほど適応力が高いんだって思い知らされるね。
「HFは10系、20系、30系までは武骨な鉄製の人形みたいなものだったが、40系からはより人間に近い姿に改良された。自立思考をする兵器だから、人間の兵員たちとのコミュニケーションを円滑にする意味もあったらしい」
「兵器と人間がコミュニケーションね……何かの映画にでも出てきそうな話だな……」
「そうかもしれないな。だが、あくまでもそうしたコミュニケーションは作戦遂行に有効と考えてのことだった。そう、戦いの現場から生身の兵士がひとりもいなくなるまでは……ね」
そこからだったな。
ジンの口調というか、声音に恐怖感みたいなのが感じられるようになったのは。
始めこそ何故だか分からなかったけど、その理由を知るには大して時間はかからなかった。
「で、こんな優秀な兵器だ。これまたアメリカ主導でアメリカ側につく国々へ次々と生産されて輸出された。一時的な食糧難で大きく数を減らしてしまったため、軍を維持する人員に事欠いていた各国の防衛目的というのが建前。本音はアメリカの露骨な諸外国の取り込み作戦さ。こうして恩を売ることで、こんなになってしまった世界でもまだその権勢を保とうとしてたんだよ。本当に、人間ってものの欲望には際限が無い。困ったものだ。というより、現実に困ったことになったが……」
「え……?」
「話が狂い始めたのさ。最初こそHFは多大な戦果を上げ、各国はこぞって自国の軍にこれを採用していった。しかしね、物事は過ぎると大抵ろくなことにならない。共有歴も世界に浸透し、その100周年を迎えた頃だ。大量生産されたHFは世界中に浸透し、軍の主力として、中枢としてその存在を確固たるものにしていた。この頃にはどこも配備していたのは最新式のHF70系。外観だけでは人間と区別することも出来ず、自立思考プログラムも飛躍的に向上した紛れも無く最強のHF。奴らは特徴として正装の軍服を着て戦うという奇妙な類似点があったのさ。戦闘用の軍服でなく、何故か正装のね。カケル、私が君の姿に危惧を示したのはそのせいだ」
「あ、詰襟がどうのとか言ってたアレか?」
「そう。今やそのせいで人がHFを思い描く時、まず頭に浮かぶのは正装の軍服。その意味で君は非常に危険な恰好をしていたと、私は思ったわけさ」
「思ったわけさ……って、こっちは意味が分かんねえよ。何だ? 何で俺の恰好がそのヒューマン……ナントカっていうのと似てると危ないってことになるんだよ」
「ここまで話してもまだ分からないかい?」
気のせいかね。そう言って俺の顔を見てきたジンの表情は、どっか人をバカにしてるみたいに見えたよ。まるで(この程度の問題も解けねえのか)って感じのさ。
しかし不思議と腹は立たなかった。それより何でなのかってえことを考えるのに集中したせいだろうな。
始めにこの世界へ来た時、周りの連中は俺のことを(奴らかも)と警戒してた。
うん?
待てよ。ヒューマン・ナントカの話をしてる時、ジンはその兵器のことを確か、
(奴ら)と呼んでた。
それって、つまり……、
「気がついたみたいだね」
表情を読まれるのはどういう事情にせよ、あまり楽しくない。が、読まれて当然か。自分でも分かるくらい、はっとしちまったからな。
思えば単純な話だ。単純すぎて気がつかなかった。灯台下暗し。昔の人はうまいことを言いやがる。まさしく俺がそれだったんだから。
「もう分かったと思うが、私たちが(奴ら)と呼び、恐れているのはHFだよ。正確に言えばHF70系。すでに100年以上に亘って我々人間を狩り殺している狂気の殺人機械。君は私が先に話した歴史の始めを聞いただけでこの世界の絶望を感じたようだったが、絶望に底なんてものは無い。落ちて、落ちて、落ちて……もし底に辿り着いても、またその底を掘って落ちてゆける。本当の絶望には際限なんてものはないのさ」
総毛立つっていうんだっけか。こういう感覚。
言った時のジンの顔を見てさ、体中の毛穴がギュッと締まるのが分かったよ。
死人みたいに蒼ざめた顔して、光の無い目をこっちに向けて、口元だけ影が伸びたように薄ら笑いを浮かべてやがるんだ。
ああ……多分さ、
本物の地獄ってのを見たやつにしか、こんな表情は出来ないだろうと心の底から思ったね。