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【FUTURE STRIDE】  作者: 花街ナズナ
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【HISTORY NOT TO KNOW】

10年はひと昔という。そう考えるとやはり513年は長い時間だ。


実際、長い時間がもたらしたものは俺の想像をはるかに超えていた。


西暦2207年の冬。人類は地球から本気で見放されることになったらしい。


世界中の海が黒く染まった。もちろん理由はある。

海底にはまだ潤沢に残されていると思われていた化石燃料は、皮肉なことに最悪な形でその残量の豊富さを示したようだ。


ある日を境に、海という海の底から、残されていたすべての化石燃料が噴出したんだと。

原油を積んだタンカーが座礁して、海を汚染するニュースはよく見たが、あれの天然版だよ。

それも、とてつもなく規模のデカいね。


タンカーの座礁で流出した原油の量で過去最大なのは約1000万ガロンだそうな。これでも凄まじい環境破壊を周辺に起こしたっていうから、なんとなく大変さは察せるよ。


で、問題は世界中の海に流出した原油の総量だ。これがとんでもない。


どれぐらいとんでもないかっていうと、もうガロンなんて単位じゃ説明するのがめんどくさくなるくらいさ。


そこでまずは単位を変えることにしよう。


ガロンってのは液体の単位で約4リットル。そして1000リットルは1キロリットルと言い換えられる。

こうして考えると、さっき言ったタンカーからの原油流出量は4万キロリットル。これで随分と片付いた感じだろ?


だけど、それでもまだキツイんだよ。まあ聞いてくれ。


あるお偉い学者さんの計算によれば、世界中の原油埋蔵量は約2000億キロリットルだろうと言われてたんだとさ。もうこの時点でけっこうイヤな予感するよな……。


さて、じゃあ実際にはどうだったか。現実に世界中の海へ流れ出した原油の量は?


答えは、世界各地の海の汚染度から割り出した試算でざっと約7000億キロリットル。


学者先生の答えはどこまで行っても机上の空論だっていう良い証明だ。

数年前まで信じられてきた学説がその数年で覆るなんてのはよくあることだし、まあ学者を責める気は無いよ。当人は一生懸命に考えたんだろうしね。

というより、この現実に対しては学者たちの考えなんぞ何の役にも立たなかったから、どっちみちどうでもいいんだが。


でもって、それだけの原油が流出した世界の海はどうなったか。ここだよな、大切なのは。


そりゃあもう、言わなくても想像つくんじゃねえの?


当然ながら生態系、完全崩壊さ。

海に住む生き物。海岸線に住む生き物。それを餌にしている生き物。


この辺りがまず全滅だよ。まず、ね。


次に起きたのが土壌汚染と世界規模の大火災。ここの理屈は簡単だ。

雨を降らす元となる雨雲は主に海水が蒸発して発生する。てことは、漏れ出した原油成分のうち揮発性の高い炭化水素が雲だけでなく、大気全体へ高濃度で充満。可燃性のガスでいっぱいになった部屋のような状態に地球全体がなったわけだな。


そうなると、ちょっとした火種でも火災が起きる。特に植物の多い場所……例えば山や森林、人工のものなら畑なんかがヤバい。


光合成で酸素を作っている性質上、ただでさえ燃えやすい条件にプラスアルファが加わる。

しかも火災が発生したところに雨が降ってきたら目も当てられない。


普通だったら恵みの雨とばかりに、少しは消化の助けになるだろうが、降ってくる雨は可燃性の液体。火に油を注ぐって例えを現実にやられちまうわけだよ。


地上に生き残った生き物は人間を含め、すべてがこの仕打ちを受けた。

汚染された大気によって呼吸器をやられたり、頻発する大規模火災に巻き込まれたり、原油の雨によって土地が耕作不可能になってゆき、やがて、


地球はなんとか知恵を絞って生き延びたわずかな人間以外、すべての動植物が滅びた死の星になったってわけだ。


はっきり言って、これだけでもう十分な気もするよな。人間が色々とやってきた悪行は確かに多い。けど、それへの罰だとしても、これだけですでに十分だと、そう思うよな。


ところがどっこい。地球のほうはそれで済ませてくれたんだが、本当に問題だったのはその後に生き残った人間たちの行動のほうだったんだよ。


海に留まらず、汚染された雨によって耕作可能な土地がほぼ失われたせいで、わずかに生き残った人間たちすら食糧難にあえいだそうな。


そうなると何が起こると思う?


人間ってのはさ、必要なものがある時、二種類の行動のうちどちらかを必ず選ぶ。


作るか、奪うか。


ま、動物なんかは奪うことしかしないから、それに比べりゃ人間のほうがまだマシともいえるかもだが、そうも言えなくするのが人間の困ったとこさね。


動物なんかの奪い方とは比較にならない、最悪な奪い方をするのが人間なんだ。


「そして2212年に起きたのが第三次世界大戦さ。といっても、世界大戦なんて大層なものではなかったがね。海は原油成分のうち、長い時間をかけて可燃性分だけが揮発し、残ったアスファルトなどが黒く粘りのある海に姿を変えた。艦船の運航は不可能。空も可燃性ガスが充満しているからジェット式の航空機は飛んだら高度を上げた途端に爆発してしまうので運用は無理。混乱していた時期だからどこの国も我先にと軍事行動をとったが、まともな戦闘はそういったわけでほとんど無し。それでも一番最悪だったのは中国かな。先制核攻撃で世界の主導権を奪おうと大陸間弾道ミサイルをいち早く発射したんだが、ご想像の通りに自国の頭上で爆散したよ。おかげで極東地域は原油による汚染だけに止まらず、放射能汚染まで受ける破目になったのさ」


話してる内容はとんでもなくシャレにならない話だってのに、話してる当人であるボスとやらはリラックスした態度を崩さない。


「まあ長い話になるだろうから、腰でも下ろしたらどうかな?」


そう言われたのが、ついさっきのこと。で、断る理由も無いから座ったよ。そして実際に長話は本当に長かった。


俺の右隣にボス。左隣にイェン。ただしイェンは座っていないが。


姿勢を正し、立ったままで俺とボスが話してるのを静かに聞いてる。どうにも気になって仕方がないから、出来れば座って欲しいとこなんだけどな。


あ、そうそう。長話の始まりを端折っちまった。別に何ってほどの話じゃないんだけどさ。

ボスって呼ばれてる男は話の始めにまず自ら名乗ったよ。


「私はワン・ジン。この一帯を形ばかりだが管理させてもらってる。おかげでボスなんて大仰な呼ばれ方をしているが、君は気軽にジンと呼んでくれて構わないよ。私も君のことをカケルと呼ぼう。こう見えても堅苦しいのは嫌いなんでね」


なんて話しやがった。

口にこそ出さなかったが、こう見えてもって、堅苦しいのが苦手なのは見た目のまんまだろってツッコミを入れたくなったよ。


と言って、妙な威厳があるのも事実だからその辺は目を瞑っておくとしましょうかね。


「そんで、ジンさんよ。その話はまだ先が長いのか?」

「……うん?」

「悪いが話の進みが遅すぎてイライラしてきてんだ。こっちに来てからってもの、分からねえことばかりだったのが、やっと説明してくれるってんで少しは喜んでたのに、知りもしないし興味も無い歴史の話をダラダラとされても、こっちは疲れるだけなんだけどな……」


我ながら、堪え性の無い口をきいちまったなと反省はしたよ。言っちまった後にだけどさ。


でも分かるだろ?

ここはイェンの話じゃ513年後の世界だ。なのに、ジンの話はまだ2212年の話。西暦で言えば2526年になるこの世界の話がまだ198年しか進んでねえ。


残り315年の話が聞けるのはいつになるんだと、苛ついちまうのも仕方ねえだろ?


だが、やっぱ出来たもんだよ。ジンて人は。

さすがボスなんて言われてるだけのことはあるって、俺の苛立ち紛れの言葉へ対する返答で思い知ったね。


「なるほどね……それは確かにそうだ。こんな状況に置かれて急くなと言うほうが無理な話。分かった。出来るだけ手短に起きたことだけを話そう」


言うや、急にジンはひどく事務的な口上で話を続きを語り出した。


「2212年、中国は自滅的核攻撃によって自国本土に大打撃を受けた。そしてそれがより中国の逼迫感を誘発し、不毛の地と化した自国領の代わりとなる他国領の簒奪に血道を上げることになる。プロペラ機なら飛行時の爆発が低確率だと知り、中国はまず大型輸送機で地上部隊を台湾に送り込んだ。もちろん物資の簒奪が目的だったが、台湾とて他の国と条件は同じ。奪えるようなものなど、ほとんど無いのは攻める前から予測できたはずだろうに、それすらまともに判断できないほど中国は切羽詰まっていたんだろう。が、当然この行為は国際的な批判を呼び、アメリカの主導で新たに自衛隊から独立した組織として設立された日本国防軍が台湾の防衛に当たった。台湾にも軍備はあったが、こうした特殊な状況下で運用できる戦力には乏しかったこともあり、それを知っていたからこその日本国防軍の参戦だったわけだ」

「あ……それがさっき外で聞いた中国の台湾侵略……」

「そう。そしてこの未曾有の天変地異からわずか五年の間で開発していた局地戦用特殊兵器により、日本国防軍は物量で勝る中国軍を完膚なきまでに叩きのめした。以後、中国が再度暴走することを恐れた台湾政府からの要請により、日本国防軍は台湾へそのまま駐留。以降も駐留部隊を増やしてゆき、それから約70年後に日本国防軍は台湾を事実上、その支配下に置くことになった。状況と時間が偶然に招いた結果としてね」


こうして聞くに及び、やっと今までのことがぼんやりと理解出来てきたよ。

見知らぬ土地だとは思っていたが、ここはつまり台湾ってわけだ。


そして出会った連中、誰もが日本語を話していたのも、日本国防軍とかの支配下になったのが原因だろう。


この俺の予想を補填するように、ジンの話は次々と俺の考えを先回りした。


「元々、中国に対しては敵愾心のあった台湾の人々は公用語として使用していた北京語をこの事柄を境に捨て、台湾語を公用語とした。しかしそれも20年ほどのことで、駐留する日本国防軍の影響を強く受けた人々は自然と日本語に親しむようになっていった。結果的にもっとも使われる言葉が日本語になったのは面白い変化と言えるね。正式な公用語は今も台湾語だが、実際に使われている言葉はほぼ日本語一色さ」

「ふうん……ま、好感を抱いてくれるのは素直にうれしいけど、そこまで大きく影響してるとなると、なんか不思議な気分だな……」

「それだけ日本国防軍が台湾へおこなった支援は大きかったんだよ。支援は決して軍事面だけじゃなかった。不足する食糧問題を、日本は部分的ながら解決してくれたんだ。それが台湾の人々の中に、強い親日の心を育んだんだろう。が……」


言い止して、ジンはふっと溜め息をつく。何とも寂しげに。


すぐに言葉が継がれ、その態度の意味は即座に知れたが、知ったところであまり気持ちのいい話じゃあ無かったのがなんとも……だったけどね。


「それらは単に一面的なことさ。中国がどうの、台湾がどうの、日本がどうの。ただそれだけでしかない。地球は相変わらず死んだまま。死んだ星の上で、果たして命というものは維持できると思うかい?」


いきなり哲学的な話をされたんで、ちょいと面喰ったが、ジンが言わんとしていることはよく分かっていたよ。


だから続く話の内容も予想はついてた。

とはいえ、予想できてれば冷静でいられるかっていうと、それとこれとは別だけどな。


「日本の科学者が開発した食料問題解決の方法は画期的だった。それはもう、画期的すぎるというほどにね。特殊な微生物を体内に常在させることで、水さえ経口摂取していれば生存するのに必要な栄養をその微生物が体内で生成してくれるんだ。この手段は今も変わっていない。というより、変えようが無いんだ。もうこの世界には自然な状態で生物を生かすことが出来る環境は存在しないのだから……」

「いっ……そ、それって、つまりこの世界には食い物とか……」

「無いよ。そもそも生きているのは人間だけだ。菌類や微生物などは存在してるが、過去には普通に指していた動植物という存在はもう一切いない。いや……考え方によっては生き残った人間が動物であり、植物であるとも言えるかもしれないかな」

「そりゃまた……えらく娯楽の無い時代になっちまったみたいで……」

「娯楽もそうだが、人の生きる意義というものも大きく揺らいだよ。それが今から約200年ほど前。生き延びた人間たちは自分たちが生きている意味を長い時間をかけて徐々に失ってゆき、自ら命を絶つ者が急激に増加したんだ。せっかく生き延びても、その生きていることに意味を見いだせなければ、人間は生きられない。ある意味、本能に従って生きる動物のほうが下手にものを考える人間などより素直に生きられるのかもしれない……と、思い至った時、人類はひとつ大いなる決断をしたのさ」

「……?」

「イェンから聞いているとは思うが、今は共有歴という紀年法が用いられている。これは世界中に残ったひと掴みの人間たちが、自ら宗教的価値観を放棄した証。日々、何を成すでもなく水を飲み、息をし、眠り、起きることを繰り返す。そして数十年したら死ぬだけ。過去の著名な哲学者であるニーチェは『神は死んだ』という有名な言葉を残しているが、今のこの世界がまさに文字通りの状態だ。もはや人は自分が存在する理由を宗教の中からすら見いだせなくなったんだ。当然のことさ。何も出来ないのに、何も成し得ないのに、何故自分が生きている意味なんてものを感じられる?」


そう語ったジンの目。今でも忘れられねえ。


最初に見た時の目なんて比べ物にもなりゃしない。完全な絶望がその瞳には映ってた。


言われりゃその通り。

ただ存在して、時間を過ごして、時が来たら死ぬ。


本当に、混じりっけなしにそんな一生を過ごしてたら、宗教の持つ意味なんて恐ろしく薄っぺらたよな。


「以来、残された人間たちは今日までの200年余り、無為にただ存在し続ける自己を肯定するため、あえて宗教を捨てた。動物のように、純粋な本能に従って生きようと。救いなどという空虚なものを思わぬため、生と死だけの単純なこの世界で存在し続けるために……」


最後のほうは正直、ジンの言葉はどこか遠くから響いてきてるみたいに聞こえてた。


錯覚なのは分かってる。あんまり聞かされた話が気分の悪いものだったから、感覚が鈍磨して脳みそが呆けちまってたんだろ。


だって気分のいいもんじゃねえよ。何せ俺は考えてもいなかったからさ。


まさか世界がここまで徹底した絶望に包まれるだなんてこと、思いもしなかったんだから。


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