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【FUTURE STRIDE】  作者: 花街ナズナ
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【THE BOSS】

当たり前すぎて言うのもバカみたいだが、扉を開けてホールに入ると、今までうっすらとしか聞こえていなかった音楽がズシンと体の芯を揺らすみたいに響いてきた。


古いわりにはえらく音響が良いホールだ。それに外観から想像していたよりもかなり大きい。


50メートルは離れているはずなのに視界全部を覆うほどのでかいスクリーン。そこに見たことも無い白黒の映画が映し出されてる。


ざっと見渡した限りでも軽く600席以上。加えて2階席まである。

一種独特のカビ臭さが気にはなったが、それ以外は悪くない。

それぞれの席へと向かう緩やかな階段状の通路が広めに仕上げられているのも良い感じだ。


もしも俺の時代、俺の世界、俺の家の近所……は贅沢としても、電車で1時間程度の範囲にあったなら間違い無く気に入りの映画館になってたろうな。

俺も嫌いじゃないからさ。こう、なんというかノスタルジックな雰囲気ってのは。


もちろん、上映される映画によってはその限りじゃないが。


少なくとも、ここまで古いうえに俺の趣味には合いそうもない映画だと映画館そのものの魅力だけじゃ補いきれない。映画を見るのが目的なのに、こんなんが流れてたら五分と待たず睡魔に負けちまう。


かといって最新作が見たいって雰囲気でもない。


サイレントは論外。せめてトーキー。物にもよるが、出来れば白黒よりはカラーがいい。あくまで俺の趣味ならば、だけどね。


と、またまた自分の置かれた状況を一時忘れて軽い妄想にふけっているってえと、改めて左手に柔らかな感触が蘇ってきた。


驚きやしなかったよ。俺だっていつまでも呆けちゃいないからさ。


「こちらです。暗いので足元にご注意を……」


そう言い、イェンが俺の手を取って階段状の通路を降りはじめただけのこと。予想はしてたから素直に引っ張っていかれた。言われた通り、足元には気をつけて。


こっちの事情にゃ関係無しに流れ続ける大スクリーンの映画からは目を逸らし、イェンに手を引かれつつも俺は自身でも向かってる先を探ってみたよ。

ホールの中は思ってたよりでかいと言っても普通に知ってる程度の大きさだったからな。探すのに手間を喰うってほどじゃ無かった。


あ?

何を探してたかって?


決まってんだろ。


よく見れば一席、椅子の上からヒョッコリと丸い影が出てんのが見える。

ホールの中央。少し後ろ寄りの席。映画を見るには最適のポジション。

それを探してたのさ。いや、(それ)って言い方はひどいかもな。


理由は知らんけど、結果的に呼んでくれたおかげで俺は助かったわけだし、そんな相手を物みたいに言ったら失礼か。


距離自体はさほど離れていなかったんで、すぐに通路を通って真横まで来たよ。

今度は横移動。畳まれた椅子の間を縫って進む。およそ七席ほど奥。


ひとりで貸切状態の映画鑑賞。どんな気分なのかは知らないが、少なくとも見た目は機嫌も良さそうだったぜ。


どっかりと椅子に腰を深く落として、空いてる両側の席に手を投げ出してリラックスしきって見える。


服は……着古したヨレヨレのスーツの上下。色はこの暗さじゃよく分からねえ。ただしネクタイはしてないってのだけは確認できた。中に着てるシャツの胸元が大きく開いてたからな。タイを締められる状態じゃないんだからタイはしてないってわけさ。


スクリーンから反射する光に映し出されるその姿を見るに三、四十代のおっさんってとこか。

座高と組んでる足の長さを目算するに、身長は180以上。手足の細さからしてヒョロリと長い感じだ。


顔立ちも体格に合った細面。短く整え、後ろを刈り上げた髪。頬はうっすらと落ちくぼみ、全体に無精ひげを生やしてる。


だが顔の良いやつの特権がここでも発動してるのさ。


普通だったら汚らしく見えるはずの無精ひげも、顔が男前だと逆にかっこよく見えやがるんだから腹立つよな。


男は……もしくは女は顔じゃないなんてよく言うけどさ、少なくとも第一印象で先手を取れるのは間違い無えんだ。得であることに変わりは無い。そう考えるとこのセリフも陳腐なことおびただしいね。


つって、また横道に逸れた自分の思考で気が散ってたところだった。


「ボス。件の少年、仰っていた通り現れました。確保も無事に成功です」


俺の手を引いている位置関係上、椅子に座ってスクリーンを眺めているボスとやらへ体一個分ほど俺より接近していたイェンが言う。


ついさっきも感じたが、どうもなんとなく俺に対する言いようが犯罪者か何かにでも対するような表現のように感じて、またしても軽く不愉快な気分にさせられたが、すぐにそれがすこぶるどうでもいいことだってことに気付かされたよ。


ひどく事務的に聞こえたイェンの言葉へのボスとかいう男の反応。

やおら投げ出していた右手を引き込むみたいに自分のほうへ寄せるや、人差し指を静かに口元に付けてシーッと歯の間から息を吐くような音を出す。


続いて、キョロリと視線だけをこちらに向けて口を開いた。


「……悪いがイェン、今いいところなんだ。過去からのお客人にも申し訳ないが、もうしばらく待っていてもらえないかな?」


口元にうっすらと笑みを浮かべてこう、のたまったよ。


対してイェンはといえば、それを聞くとすっと頭を下げ、そのまま無言さ。

言い返しもせず、ただ無言。


思ったよ。まさかマジで待たされるのかってね。

だって意味が分かんねえだろ。


わざわざ人をよこしてまで……つまりイェンのことだけど……そうまでして人を連れてこさせておいて、優先順位は俺より映画か?


しかも話からして何度も見てる映画よりも俺は扱いが下だってのか?

いや、別に大仰な扱いをして欲しいっていうんじゃない。


そうじゃなく、ここまでで集めた情報から察するに、俺が呼ばれた流れは決して軽いことじゃないはずなんだ。


まずこいつ……ボスと呼ばれてる男はイェンから聞いた内容が正しければ俺がこの未来世界へと飛ばされてくるのを知っていた。というか、そこはもう確証に変わったが。


今まさに言ったこいつの言葉、「過去からのお客人にも……」って下りからして、俺のことを過去から来た人間だと確信して話してるのは明らかだからな。


さらに、俺の名前まで知っていやがる。

イェンが俺の名を知ってるなら、こいつも知っていると考えるのが自然だろう。


とはいえ、そうだとしてもこの男が俺の名前を知ってる理由までは分からない。

何故、俺がここに来ることになったかを知っているかが分からないのと同じく。


そうして、びっしりと知りたいことで頭の中がいっぱいになったのを見計らったようなタイミングざね。

再び男が口を開いたのは。


「……人間とは、なんと素晴らしくも驚くべき造物の傑作だろうか。なのに、私にはその人間というものが、ひどくつまらぬ塵芥の極みとしか思えぬのだ……」


スクリーンに映し出された人物のしゃべる英語……だと思う言葉を同時翻訳するように、男は滑らかな口調でそう言って、続けて一言、


「訳する者によって違いはあると思うが、私はこう訳してみた。まだ若く、日本人である君にこの英語の台詞は難解だと思ってね。勝手に訳させてもらったよ」


そう言うや、男はすいと立ち上がり、間に挟まったイェンを差し出してきた。


面喰ったって表現で合ってるのかな、この時の俺の心理は。

何を考えてるやら、まるで分からない男がひとり。俺に手を差し出してる。握手を求めてるんだってことまでは分かるさ。さすがにそのぐらいの頭は動く。


けど、引っかかったのはそこじゃないんだ。もっと素直な見た目の印象。


男はどこか厭世的な、この世の何から何まですべてを諦めたみたいな目をしてた。何故かまでは知らないがね。

気持ち悪かったよ。言い方は悪いけど、まんま死人の目さ。生気の欠片もありゃしない。


それが微笑みながら握手を求めてきてる。素直に応じられるほど俺も神経は太くないから、どうしたもんかと思って少しの間、まごついちまった。


こっちも右手を出すべきなのは分かっていつつも、躊躇して手が前に出ないんだよ。


すると、トロトロしてる俺の頭ん中でも覗き込んだみたいに男はまた言葉を発する。声は優しげだが、感情らしきものが一切感じられない声で。


「おっと、シェイクハンドはまだ君の時代ではポピュラーな習慣では無かったね。すまない、予習はしていたはずなんだが、やはり出るのは身に染み付いた習慣のようだ……」


言ったかと思うと、


「なら、こちらの習慣は馴染みかな?」


そう続け、男は首を垂れた。

これには俺も釣られて、ふいと会釈程度に頭を下げたが、その瞬間だよ。


「……では」


なお継がれた男の言葉に、俺の脳みそが再び混乱で混ぜっ返されたのは。


「遅ればせながらようこそ、過去からのお客人。それとも気軽にカケルと名前で呼ぶほうが無用な気遣いを感じずに済むかな。まあ、どちらにせよ君の立場に変わりは無い。救済者……と断言すると重たすぎるか……救済者と成り得る可能性を持つ存在。文字通り、この滅びかけの世界を救う可能性を持つその特異な君の運命へ、心からの敬意を込めて……」


言いながら、男はさらに深く頭を下げる。うやうやしく、どっかの国の王様にでもするような所作でもって。


救済者?

の可能性?

そうなる存在?


自然現象としての現実逃避か、それとも自己防衛の機能としてもともと備わったものなのか、そこもまた重ね重ねの謎だが、とにかく、


人の頭には果たして同時にいくつの疑問が発生し、共存が可能なのか。そんな意味不明な思考が俺の頭を駆け巡っているのを知ってか知らずか、男は下げた頭を気持ち上げると、上目遣いに俺の当惑した表情を見て、またもや口元へだけニヤリと笑みを浮かべ、俺を見つめてたよ。


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