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【FUTURE STRIDE】  作者: 花街ナズナ
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【MOVIE THEATER】

違和感の中に重ねて違和感があると、人間ってのは現実感がやたら薄まるもんなんだな。


偉そうには言ってるが、俺も体験して始めて知った事実さ。


武装した男どもに今にも襲われかけてたところを助けられ、廃墟みたいな町を通り、連れてこられた場所。崩れかかった建物の立ち並ぶその一画。


「着きました」


ピタリと足を止め、イェンがそう言ったのを聞いてそこが目的地だってことが分かってからもしばらく、俺の脳みそはどうにもピントがずれたまんまだった。


辿り着き、目に入ってきたもんがその原因だ。

崩れかけたいくつもの巨大な建造物の群れの中にポツリと。まるで埋め込まれたようにしてそれはあったんだよ。


過去から飛ばされてきたと言われた俺の目で見ても、明らかに古びた建物が。

そう、ほんと過去の遺物とはまさにこういうものを言うんだって感じのね。


正確に言うならそれは映画館だった。小さな……こじんまりとした、さ。


俺でも直に見たのは始めてだったよ。こうした古式ゆかしき映画館ってえのは。


最近じゃあシネコンみたいな大規模なもんが主流になって、こんな複合型じゃない単独の映画館なんて昔ながらの銭湯なみに絶滅危惧種だと思ってたしな。というか実際バンバン潰れまくってて、俺も映像でしか見たこたあ無かった。ああ、生で拝めるなんて、しかも513年後の未来で見れるなんて思いもしなかったぜ。


武骨な鉄筋コンクリートの外観。低めの位置へ地味に据え付けられた(THEATER)と書かれた看板。他の建物とは違い、明らかに歳月と風雨によってそこここが損壊した様子。どれをとっても場違い極まりない存在。


入り口のガラスドアと、その横にある券売コーナーの窓ガラスがすっかり煤けて透明度を失ってはいるが、割れるどころかヒビすら入っていないのは奇跡としか言いようが無い。


イェンやカオ、その他の連中からしたら俺の何倍も異様に感じるだろうよ。何せ俺でさえ時代の遺物を見る思いだ。未来人とでも言うべき他の奴らからすればもはやこれは俺にとってのピラミッド、アンコールワット、モヘンジョ・ダロなんかと同じ、ほとんど古代遺跡みたいな扱いのはずだろな。


なんて、ちょいと呆けて色々と感じ、考えていた時さね。


「さあ、どうぞ」


また一声、イェンの声が聞こえた。少しばかり離れたところから。


なんとも間抜けだが俺がこの、場にふさわしくない存在感を醸し出してる映画館に見とれているうち、とっととイェンは入り口のガラスドアを開けて待ってたんだよ。


言わずもがな、映画館のガラスドアを。

入れって指示されてるくらいは分かったさ。そこまでは呆けちゃいなかったからな。


けど、躊躇が無かったと言ったらウソだ。ここへ入ることに。


だって何か怖いだろ?

映画館だってことを抜きにしても、何かしらの閉塞した空間に招き入れられるってのは。


そうでなくとも手荒い歓迎を受けたのがついさっきのことだ。中に何が待ち構えてるのか見当もつかない。


万が一……いや、そんな低い確率じゃねえ。もっと現実的な確率で、中にさっきの連中みたいのが待ち構えてる可能性だってある。


悪いが俺も始めて会ったばかりの相手を心から信じられるほどお人好しじゃあない。

イェンが必ずしも俺の味方か。そこだって疑ってかかるさ。


とはいえ、困ったことに今の俺は選択肢が少なすぎだ。

疑って警戒するのは簡単だが、だからってここに入らないって選択をしたとしてもその先、俺に何が出来る?


見たことも無い町。それも廃墟同然の朽ちた町。おまけに513年後だときてる。

人間は衣食住のうち、最悪でも食だけは確保しないと確実に死ぬ。言うまでも無いよな。


これがせめて森の中だとか、山の中だったりすれば対処の仕方も色々あるだろうさ。けどここじゃそうはいかない。

食料の確保どころか、飲料水だってどうやって入手したものやら……。


なんて、グダグダ考えもした。が、それもほんの少しの間だけさね。


だってとっくに覚悟はしてたんだから。流れに身を任せるってさ。この期に及んでまだ悪足掻きしようなんて思いやしなかったよ。


すぐに腹を決め直し、イェンが開け放ってくれている煤けたガラスドアへと向かった。


当然と言うべきなのか、見えてきた映画館の内部は灯りひとつ無い。この荒廃した町に電気や水道が通ってるとは最初から期待してなかったけど、それにしたって気持ちの良いもんじゃないのは確かだわな。


まだ日が高いといっても、それは外にいるからって条件付きだ。館内に入れば真っ暗闇とまでいかなくとも相当の暗さだろう。足元がちゃんと見えるかも心配なほどの。


と、腹はくくったつもりでもあれこれ考えちまう自分の頭を忌々しく左右に振ると、俺は一気に館内へと踏み込んだよ。これ以上時間をかけたら、せっかく決めた覚悟が揺らいじまうのが分かりきってたからさ。


で、その途端だった。どう言ったもんか……こう、俺の胸を駆け巡ってた緊張感が一転して、不思議な好奇心で満たされたのは。


入ってみると、外から見ていた通りか、下手するとそれ以上に館内は暗かった。明るい外から暗い館内。目が慣れてなかったせいも大きかったろうな。


だけどそうじゃない。

俺の心が方向を変えたのは、そんなことのせいじゃない。


館内に入って最初の気掛かりが暗さだったのは事実さね。でも次の瞬間だった。


聞こえてきたんだよ。俺の耳へ何やら音楽が。


そいつはひどく小さくて、古臭くて……どうもうまく表現できねえが、なんだか過去にでもタイムスリップしたみたいなイメージを俺に抱かせた。


へんてこな話さ。未来に来たって言われてたのに、ここで感じるのは真逆の感覚。大昔にでも迷い込んだ気分。


内装や備品、その他の古めかしさが、よりそうしたイメージを促進させる。色の褪せた映画のポスター。薄っぺらい安物のベンチ。ゴミの溢れたゴミ箱。それらどれもが。


またしても別種の混乱に頭が満たされた。


だがそうした思考の乱れも、ほどなく終わったけどさ。


「どうやらボスは今日も相変わらずのようで……」


ふっと、暗かった館内がより暗くなったのを感じながら俺は振り返ったよ。背後から聞こえたイェンの声に釣られるようにして。


そして俺も追うようにして声を出した。疑問の声を。それはそれは純粋な、つぶやくみたいに小さな疑問の声をね。


「……ボスが……って、相変わらずって何がだ?」

「微かに漏れ聞こえてくるこの音楽でお察しになれませんか?」


答えが返ってきたことはうれしいが、よもやの質問返し。ここまで来てまだ脳みそを捻れってのかと一瞬、不機嫌になりかけたが、まさしくそれはほんの一瞬だった。


そこまで言って終わりかと思ったら、イェンの口はすぐに次の言葉を継いでいたからさ。


ホールへ入るための遮音扉を指差し、こう続けたよ。


「ボスの趣味なんです。映画鑑賞。特に……この聞こえてくる音楽からして一番のお気に入りを見ているらしいですね」


こんな時に映画鑑賞?

人をこんなとこに呼んどいて?

人が命の危険にさらされてたってのに?


まあ他人事とは言っても少しカチンときちまうよな。別にそのボスとかいうのが悪いわけじゃないが、こっちは必死で死線をかいくぐってきたんだ。それをのんきに映画鑑賞なんてさ。


しかしそこは表面的な感情。実際もっと大きく感じていたのは疑問のほう。

それもとびきりどうでもいい疑問だった。


はて、そのボスってヤロウはこの非常時……あー……そう感じてるのは俺だけの可能性も多分にあるが……ともかく、そんな時にどんな映画を見てやがるのかって。


つくづく自分で自分の好奇心に呆れたけど、気になるもんは気になる。


てわけで、


「一番のお気に入り?」


素直にお聞きしました。はい。

そしたら、今度は答えが返ってきたよ。質問返しでもなく、それはボスに聞いてくれとかなんとか、野暮なことは言わずにね。


ただ、ちょいと気になっちまったのは、


「ハムレット」


一言、即答してから継がれた説明の内容だ。


「ウィリアム・シェイクスピア原作の西暦1948年製映画です。一般にシェイクスピアの四大悲劇として有名な作品のひとつで、ボスはこれを好んで繰り返し見続けています」


眉ひとつ動かさず、当たり前のようにイェンはそう答えたよ。俺の感じた気色の悪さと反比例するみたいに。


悪いが俺は文学なんてもんには興味が無い。シェイクスピアだって名前しか知らない。でも、


四大悲劇って語感だけは引っかかるもんがあったよ。


何より、ボスってのが悲劇を好んで見るタイプの人間だってのが分かったことさ。


気色悪くもなるだろ?

これから会おうって相手が、悲劇を見るのが好きって聞いたら。


まだどんな奴かも分からない相手を想像するのに、最悪とまでは言わないまでもマイナス印象なのは確かだぜ。

つうかよ、自分でも今さらだなと思うけど考えちまった。


ボスってのが何者なのかばかりを気にしてたが、考えたらそのボスは何が目的で俺を呼んだんだろうかってさ。


俺に何の用事だ?

何かさせる気か?

そうでなかったとしても、何でそのボスって奴は俺がこの時代に飛ばされてくるのを知ってやがったんだ?


妙に怖くなったよ。今までの恐怖とは違う意味で。


目にも見えて、理解も出来る暴力への恐怖とは異質。分からないっていう不安からくる恐怖。


これが実にタチが悪いんだわ。覚悟のしようがないから。諦めるっていう開き直り方も通用しない。カッコ悪いが、足が震えちまった。


だけどツラいよな。自分でもう決めちまったんだ。逃げらんねえよ。流れに身を任せるって決めちまったんだからさ。


「では中へ。ボスがお待ちになっています」


言って、遮音扉の横に立ったイェンに従い、俺はすくんで、すっかり重たくなっちまった自分の足を引きずるようにして進み出ると、緑青の湧いた遮音扉のノブにゆっくり手を掛けたよ。


は?

ついに覚悟を決めたのかって?


バカ言え。覚悟なんて何度決めたって結局は添え物程度の役にしか立ちやしねえってことにまだ気がつかねえのか?


最後の最後、支えになるのは結局のところ、


自分でも呆れるほどつまらない意地で固めた、単なるヤセ我慢だっての。


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