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【FUTURE STRIDE】  作者: 花街ナズナ
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【TIME TRAVELER】

「……タイムスリップ……?」


どのくらい歩いたところでだったかな。俺がそうつぶやいたのは。

挿絵(By みてみん)

歩いてみて分かったことだが、どうやらここいら一帯はひとつの町らしい。

らしいが、完全なる廃墟ってやつだ。


大小の建物がそこいらに立ち並んでるが、もれなく倒壊か半壊。町としての機能はどう見ても失われてる。


そんなところへ、どうして好き好んでさっきの連中やらは住んでるのか、ちょっとした興味は湧いたが、まあ別に強いて聞きたいほどでもない。というより考えなきゃいけないこと、聞かなきゃいけないことは他に山ほどあるからな。


あ、話がちょいと逸れちまったが、俺がふとつぶやいた言葉もまた、そうした山ほどの疑問のうちのひとつさ。

手ぇ握ったまんま、引かれるままに道を歩いてる時、彼女が話したことがその原因だ。


「にわかには信じられないとは思いますが、貴方は偶然にも……いえ、ある意味では必然なのですが、過去からこの世界にタイムスリップしてきたんです。貴方のいたグレゴリオ暦2013年から513年後のこの世界に」


こんなこと言われて、オウム返し以外に何か言葉が口から出るか?


ん……待てよ。悪い、ウソついた。間は少し空いたけど、きちんと話した。


なんたって訳の分からない状況が、さらに訳が分からなくなっちまったんだからな。聞きたいって欲求はこの程度の頭の混乱じゃあ止まらなかったよ。


「え……と、な、え、グレ……グレゴリ……?」

「日本人である貴方には西暦と言ったほうが分かりやすかったですか?」


さっきの男に対する疑問形とはまるで違う。気遣いを感じる声音で彼女がそう言った。となると、こっちも疑問と質問がはっきりする。だから話を続けた。まあ、まだまだ探り探りだったけどね。


「……あー、ちょっと待てよ……てえことは今、俺がいるこの世界は2526年の未来だって言うのか……?」

「正確に言えば共有歴217年です。グレゴリオ暦は24世紀に起こった宗教思想の崩壊によって廃され、変わって共有歴という紀年法が一般に使われるようになりました。ただ貴方にはそのほうが分かりやすいかもしれませんね」

「……いや、いやいやいや、分かりやすいとか分かりにくいとかそういう問題じゃねえよ。なんか……こう、暦が変わったとかそういうことはひとまず横に置いといて、とにかく俺は513年後の未来に来ちまったって……そう言ってんのか?」

「簡潔に言えばそうです」


真顔で振り向いて、そう言ってのけたよ彼女。

なるほど、彼女の言う通りだ。とてもじゃないがにわかに信じられる話じゃない。どう考えたって普通は有り得ないことさ。それもとびきり普通じゃない、異常も異常、とてつもなく異常なことにでもならなきゃ、そんなことが起きてたまるかい。そりゃ信じられねえよ。


たださ……困ったことにこれまでの流れを考えると、この突飛なお話がまるきりウソとも思えないってとこなんだよな。


言われてみりゃあ壊れて、崩れて、朽ちたそこいらの建物も、造りだけで判断するなら妙なほどに近代的だ。


そう、近代的。あくまでも。500年以上も未来の建物かなんて判断はつかないが、とにかく俺の出来る表現の限界は近代的な建物ってぐらいまでさ。


でも……付け加えるなら、

そうした廃墟を縦横に貫く道……俺たちが今、歩いてる道も含めてだが、その道端へ止まってる壊れた車やバイクもまた、やっぱ近代的なんだよ。というか斬新なデザインって言い方のが伝わりやすいか?


とまあ、目に見える状況と聞いた話。総合してはて、答えはどちらって具合に頭を悩ませる俺へ、彼女は構わず言葉を継いできた。


「ところで、話を急ぎ過ぎて自己紹介が遅れてしまいましたね。失礼しました。私は名をリン・イェンと申します」

「……リン……?」

「リン・イェンです。貴方と同じく日本語を話しているので、私のことも同じ日本人かと思われていましたか?」

「……完全にね。思い込んでたよ。てえことは……もしかしてさっきの連中も……?」

「日本人ではありません」

「でも……ならなんで中国人が当たり前みたいに日本語でしゃべって……」


言った瞬間だよ。


「台湾人だ!」


俺と彼女……改め、イェンと名乗った少女の遠く背後から荒げた男の声が響いてきたのは。


で、当然ながら振り向くわな。そしたら俺やイェンよりは年上らしいが、どちらにせよまだ若い男がこちらに向かって大股に歩いてきた。


そして俺たちとの距離、5メートルほどになったところでまた吠えたね。


「いいか、二度と俺たちのことを中国人なんかと一緒にするんじゃねえぞ。もう一度でも言いやがったら、ただじゃおかねえからなっ!」


なんてさ。

まあ普段ならこの程度のことじゃあ返事なんぞしてやらないんだが、今日は特別だ。


何故なら、俺も聞きたいことばかりだしな。付き合ってやろうと思ったわけよ。話に。


ただし、

気分良く話をしてやる気なんざ微塵も無かったけどさ。


「ふうん、台湾人ね……それならそれで構いやしないが、何だってそんなに中国人て呼ばれんのを嫌がるんだ?」


男に向かって言った言葉に聞こえるだろう?

ところが違う。


わざと男のほうは無視して、俺は横のイェンに話しかけたんだよ。こっちも分かりやすく、お前なんか相手にもしてねえよって態度で。我ながら子供じみた嫌味さね。


「私は別に自分が何人であるかに頓着はありませんが、ここの土地に住む人々の多くは自分たち台湾人と中国人とを強いて明確に区別します。理由は色々あるでしょうが、特に大きいのは中国人に対する強い憎悪のせいでしょう」

「……憎悪?」


どういうこったと思い、俺は疑問形でつぶやいた。イェンからの回答を期待してね。


ところがだ。


「あの大陸の連中が、俺たちの国を乗っ取りにきたからだよ!」


知らねえうちにほぼ俺らの真後ろまで寄ってきてた男が答えやがった。


腹ん中では思ったよ。てめえにゃ聞いてねえってさ。でもそれを口に出しちまうほど俺もバカじゃない。


こいつと一対一って保証があるなら本気で殴り合うってのも悪かないが、さっきの連中がまた集まってきて袋叩きなんてのも十分あり得る。


それはさすがに楽しくないからな。我慢したさ。何だか知らないが、ベラベラとしゃべりだした男の話を聞きながらね。


「お前が本当に過去から来たっていうなら知ってるはずだ。あのクソッたれな国がどれだけ強欲かを。あちらこちらへ手を伸ばして、強引に自分たちの領土を増やそうと血眼だ。そのせいで俺たちの国に限らず、どれだけの国が苦しめられてきたことか……」


自分の足下を睨み据えてさ。親の仇の話でもするみたいに男はそう話したよ。


ま、何と言ったらいいやら、だな。

確かにそのくらいのことは政治に興味の無い俺でも知ってる。あの国がどれだけタチが悪いかってのはある程度理解してるつもりだ。


でもそこまで腹を立てるほどかってえと分からない。何せ言った通りで俺は政治に興味が無いからさ。


だからこの男の過剰とも思える怒りがどういったわけで噴出してるのかは純粋に気になった。


そしたらだよ。


「カオ、カケルさんにそんな話をしても無意味です。中国が台湾を軍事的に攻撃してきたのはカケルさんがいた時代よりもっと先のこと。人にものを話す時には相手が何を知り、何を知らないかを考えて話さなければ会話など成立しませんよ」


イェンがいきなりそう男に話しかけたのさ。


さてと、ここで話の成り行き上、ふたつの情報が手に入った。


ひとつ。この男の名前はカオというらしい。イェンがはっきりそう呼んだんだからまず間違いは無いだろう。

ひとつ。イェンは何故だか知らないが俺の名前を知っている。


得られた情報はふたつだが、重要度はどっちが上かと言われれば答えるまでも無いよな。


何でイェンが俺の名前を知ってるのか。

だってそうだろ?


俺はこっちの世界とやらに来て以来、一言だって自分の名前を名乗ったりしていない。誰にもなんてものでなく、独り言ですら言ってない。付け加えとくが、俺の制服には小学生じゃあるまいし名札なんてついてないぜ。


可能性があるとすれば橋から落ちた時、一緒に落ちた俺のカバンをイェンが偶然に拾い、そこから俺の名前を知ったというのがギリギリで自然かもだが、やっぱりどうもしっくりこない。


まず俺と一緒に落ちたカバンが、必ずしも俺と一緒にこの世界へ飛ばされたかどうかが疑わしいってのがある。


さらに言うなら、もしイェンが俺のカバンを手に入れていれば、それを彼女が俺に返さないのがなんとも不自然に感じるんだよ。


なんというか、これはあくまでも俺の勘でしかないんだけど、彼女は他人の持ち物をネコババするようなタイプには見えねえんだ。もちろん贔屓目が入ってるは認めるさ。仕方ないだろ、可愛い子には採点も甘くならあな。


おっと、また危うく話が逸れるとこだぜ。


だが俺だってボンヤリ突っ立ってたわけじゃない。さっきからも聞くべきことはきちんと聞いてきた。聞いたらちゃんとした答えが返ってくる相手になら、俺だって質問をためらう理由が無いからさ。そのおかげでここが513年後の未来だなんて頭がちょいと変になりそうな答えも聞けたわけだ。


というわけで、お聞きしましたよ。イェンに。


「……なあ、ちょっと……」

「はい?」

「ちょいと軽い質問をひとつ、いいか?」

「構いませんよ。カケルさんにはその権利がありますし、正確な答えを聞き、知るべきでもあります。私の知っている範囲のことでよければ何なりとどうぞ」


聞いたそばからまた名前を呼ばれちまったんで、どうもリズムが狂っちまったが、そんな細かいことを気にしてられる状況でもないのは百も承知してる。

それでも若干、動揺から声がうわずっちまったのは事実だけどね。


「なんつーか……率直に聞くけど、なんで君は俺の……」

「イェンで結構ですよ」


おまけに話の腰まで折られたよ。


けど、こんなことで質問を止めるほど俺はナイーブじゃない。というか、そんな奴だったらこの理解不能な状況だけでとっくに撃沈してたろう。図太い神経に生まれて本当に良かった。


「……じゃあ、イェン。質問なんだけど……」

「何でしょうか?」

「何故……俺の名前を知ってんだ?」


はい、言いましたよ。我ながら立派なもんさ。よくめげずに問えたもんだ。

あとは答えを聞くだけ。素直な回答を期待しておりましたよ。ええ。


なのに、さ。


俺の目を見て話してたイェンが、ふと目を細めて同時、


「……その答えについては私よりもボスに直接、聞かれたほうがよろしいと思います」


言って、前進していた道へ顔を戻すと、気のせいか前より少し乱暴な感じで俺の手を引っ張って歩き出しちまった。


うん……これは正直、俺も絶句だわ。もう次の質問をする気力が出なかったね。


気持ちではしたかったけどさ。ボスって誰だって。


だけど仕方ないよな。こんな風に言われたら従う以外。自分の立場を思えば特に。


ウソかマコトか513年後の未来に飛ばされた人間にゃ、選択肢はおのずと限られる。


いいさ。少し前に覚悟はしたわけだし。流れに身を委ねるって。別に大差は無いわな。


そう観念した俺の頭ん中を見透かしたわけでもないだろうが、イェンの足取りは気持ち、今までよりも急いでるみたいに感じたよ。


無論、俺の勘違いでなければって前提だけどね。


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