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【FUTURE STRIDE】  作者: 花街ナズナ
42/43

【goal line】

解せない幕切れだ。


というより、納得がいかないというべきか。


結局のところ、私たちはあのキヌミチ博士の先祖とやらをキーにして、好きなように踊らされていただけだと?


だとしたら最悪もいいところだ。


「不満そうな顔だなマスター。そんなに最後は無事に終わったことが気に食わないかい?」

「……その最後とやらまでに被った被害を考えれば、帳尻が合うわけないだろう。願わくば、あの忌々しい人間が時間線の狭間にでも迷い込んで、苦しみもがきながら死んでくれていれば少しは胸もすくだろうが……」

「残念だがその希望には賛同しかねるね。何せ彼が無事に過去へ戻ってくれなければ、我々は消滅する以外の運命が無い。カケルを憎む気持ちは分からなくもないが、君たちもまたカケルを殺そうと躍起になっていたはずだろう? 自分たちが殺すことは正当で、相手が殺すのは不当だというのは理論として破綻している以前に、感情的すぎるように思えるがね」


自分で分かっていることを論破されるのは、それが正しければ正しいほど腹立たしい。

分かっているからこそに余計。


だから、

続けてやったよ。


私にはもう正しい論理も理屈も残ってはいない。


そのうえで、私の思っていることだけを話してやるさ。


「今の私に感情以外で何を話せというんだ? 私のやり方に反発したキングとクイーンが私の許を去っただけだったならまだいい。それが実際は私を裏切り、私の手駒たちを人間どもと協力して破壊し続けていたんだぞ? しかも、今日だけに限っても4体……4体もだ。人間などに与していたと貴様から知らされた時には気がおかしくなりそうになったが、それどころかマスターである私に真正面から敵対していた。簡単に許せてたまるか……こんな、こんなふざけたこと……」


無意識、私はジンに肩を借りたクイーンを睨んだ。


これもこれで腹立たしかったよ。


せめて怯えてでもくれれば気分も違ったろうに、クイーンは逆に私を睨み返してきた。


そしてまた忌々しいジンの横槍だ。


「マスター……キングやクイーンを裏切り者と断じて腹を立てるのは人間に対して腹を立てる以上に筋違いじゃないかい? 元はといえば君の人間への強硬すぎる態度が彼らの反感を買ったのが原因だ。私も又聞きでしかないが、君は彼らから意見すら聞こうとしなかったそうじゃないか。そんな者に彼らを責める権利があるかい? 自分の管理、監督能力の低さをまず反省すべきだと私は思うが?」

「……私は……マスターだそ。手駒の言うことをきくマスターなどいてたまるか……判断は私がする。命令は私がする。駒を動かすのは……私だ!」


あまりにジンが理屈で追い詰めてくるので、私もつい語気を荒げてしまった。


いや……ジンは関係無いかもしれないな。


この時の私は、自分で自分に手を焼くほど感情的になっていたからね。


覚えたこと。教えられたこと。学んだこと。


これまでマスターHFとしてそれが正しいと考えていたものを、こうも当たり前のように否定され続ければ、相手がジンでなくても理性的ではいられなくなっただろう。


だが、


「……マスター」


腹立ち紛れに目をそむけたまま会話をしていた私に、ジンは重く、静かな口調で私を呼んだ。


「私の目を見ろ……」


言われて、素直に見た自分の行為を後悔したよ。


それはとてつもなく残酷な目だった。


声は出していないが、視線だけで思っていることが嫌でも伝わってくる。


(いい加減にしないと本気で殺すぞ)と。


「そろそろ締め直した私の堪忍袋の緒がまた切れそうなんで少し乱暴に話を進めるが、貴様の理屈で言うなら貴様とて私の駒に過ぎん。HFとなった今の私はただのHFじゃない。すべての現存するHFの頂点に立ち、マスターHFを統括するGMグランド・マスター……それが今の私だ。威勢と権力でしか従わせる術を持たないし、認めないというなら、私も貴様にはそう接することにしよう。無論、本当にそうされることが貴様の望みだというならだが、な」

「……」

「それに、だ。自分の可愛い部下を駒としてしか見ていない貴様のような上役から離反者が出ないほうが不思議だとは思わなかったのか? 私の印象から言わせてもらえば、今も残っているルーク1とビショップ2こそよほど不自然に思うぞ? よくもまあこんな横暴なマスターに従っているものだと、感心してしまうよ」


思わず、ルーク1とビショップ2へ視線を向けそうになってしまった。


こんなことを言われたら当然だろう?


とはいえ、見れはしなかったが。


どちらもどんな顔をしているか、本心では確認するのも怖くてね。


悔しいが、ジンの言うことはどれももっともだったからこそに。


私が常に彼らを駒と呼んでいたのも事実。


物として見ていた部分も後ろめたさに追い打ちをかける。


「さりとて……すべての責任を君に問うのも心苦しくはある。何せ私も私で罪は犯した。本来ならカケルが塔へ来るよりずっと前に行動を開始することはできたにも関わらず、歴史を改変してしまうのを恐れて何人もの人間とHFを見殺しにしてしまったのは紛れも無く事実だ。大局を見た場合、論理的に考えた場合、私の選択は間違ってはいないが、正しくあるために助けられるはずのものを見殺しにしてしまった。だからマスター、君がそうなってしまった責任の一端はやはり私にもある。ゆえに私の責任において、君を傍らに置こう。もちろんルーク1やビショップ2も。イェンは言うに及ばずだ。彼女を無下に扱ったりしたら、過去からでもカケルに呪い殺されそうだからな」


冗談っぽく、そう言ってジンが笑った。


その時だ。


『GM、非常連絡です。レーダーに多数の接近する機影を確認。情報不足のため詳細は不明。今後の指示を願います』

「報告ありがとう。まずは情報収集に全力を尽くしてくれ。敵対行動があった場合、相手が人間でもHFでも区別は不要だ。即座に迎撃装置で叩き殺せ。それと、待機中のHFたちを半々にして対空、対陸戦装備でいつでも出られるようにしておいてもらおうか」

『了解しましたGM。2分20秒以内で準備を完了いたします』

「頼んだよ」


塔からの音声にも驚いたが、そんなことよりそれに応対したジンの言葉が頭に残って離れなかった。


人間でもHFでも構わず殺せだと?


この物騒な物言いは本気か?


それとも何か他の考えがあってのものなのか?


「さて、そういうことだから細かい話は当面の面倒事を片付けてからにしよう。マスター、ルーク1、ビショップ2、塔で装備を整えろ。恐らくこれから忙しくなる」

「ま、待ってくれ……何だ、何が起きたって言うんだ?」

「聞こえていたろう? まだ情報不足で詳細は不明だ。しかしタイミング的に見れば、ほぼ予想はつく。ピース・ピラーの再起動を感知した各所の勢力が、助けを求めにか、または喧嘩を売りに来たという辺りだな」

「……!」

「まあ考え方によっては良い傾向さ。これで下らない内輪揉めをしてる暇も無くなった。仲間内で不毛な戦いをするより、明らかな敵と戦うほうが建設的だ」


これからここが戦火に包まれるかもしれないというのに、やたら機嫌良さげにそう答えてきたジンに、私は何やら言い表せない恐怖を感じた。


別に難しい恐怖じゃない。とても単純な恐怖。


何を考えているのか分からない相手に対する恐怖というやつだ。


だからだろうな。自然と聞いていた。


「……ジン。ひとつ、聞きたいんだが……」

「何かな?」

「今……確か『人間でもHFでも』と言っていたが、それはどういう意味だ?」

「意味……は、そのままの意味でしかないが……分からないのか?」

「さっぱり……」

「ふむ……なら、分かりやすく私の意見……価値観で話をするとしよう。私は滅びきったこの世界には二種類の生き物しか存在しないと考えている。そこで質問だがマスター、君はそれが何と何だと思うかな?」


奇妙な質問だった。


まず、この世界にはもう生物は人間以外に存在しない。


細かな話をすれば微生物や細菌の類は存在するだろうが、ここでそんなものをいちいち語るとも思えない。


なら、まさか……?


「……人間と……HF……か?」


探るようにそう答えると、ジンは少し残念だといった感じの笑顔で私を見て言った。


「惜しいな。ほとんど正解だが、少し違う」

「……ふん、やはりどう取り繕ったところで、所詮HFが生物だなどと寝ぼけたことは言わないか……」

「いや、HFは生物だ。そこは正しい」

「は……?」

「別に私自身がHFになったから贔屓目でそう考えているわけじゃない。自我を持ち、自己保存の欲求を持つものは基本的に生物と言って差し支えないだろう。そういう意味の話さ」

「では……そうでないなら、お前の言う二種類とは……?」


戸惑いながら問うた私にジンのやつ、それはそれは楽しそうな顔をして答える。


見方によっては、ぞっとするような笑顔でね。


「良いやつと悪いやつだよ。シンプルで分かりやすいだろう?」


そのあまりに単純で、かつ漠然とした区別に、私がどういった感情を抱けばいいのか当惑していると、構わずジンは言葉を続けながら不意に何かを指でつまんで私に差し出してきた。


「要は難しく考えすぎて細かなことに囚われるなということさ。人間でも良いやつも悪いやつもいる。HFもまた然り。思慮深いのも良いが、時にはシンプルな考えのほうがより答えに早く到達できる場合もある。その点、カケルは500年以上も前からシンプルだった。これがその証拠だ」


見たところ、何かカプセル剤のようなもの。


それをジンはクルクルと指で転がしたと思うと、当然というかカプセルはふたつに分かれて中身が露わになった。


ただ、

その中身は薬などではなく、何か小さな紙切れをさらに小さく巻いたものだとは気付いたが。


「……これは……?」

「時間線のメビウス帯に取り込まれたメッセージ……と言うと小難しいかな」

「?」

「紙というのは私の思うに、人間の発明した物の中で最も長く使われ、そして今後も使われ続ける物だろうな。記録媒体としては質量に比して極めて少ない情報しか書き込めないが、その閲覧には基本的に何のソフトウェアもハードウェアも必要としない。必要なのは書かれた言語を読み解く知識だけだ。ゆえにこそ、513年もの歳月を経てそれは今、君の手にある。マスター、それが過去へと戻り、まず最初にカケルが書き留めた我々子孫への命令だよ。そしてそれはまた513年をかけて私の手に渡り、その後、キングであったジンの手へ。それから書いた当人であるカケルの手へと戻った。なかなかにドラマチックだろう? その内容を見ればなおさらに……ね」


こういう言われ方をされれば、いくら鈍いやつでも(読め)とせっついていることくらいは気づく。


押しに負けたわけでもないが、好奇心には勝てず、私は促されるままその紙を摘み上げると、端を見つけて紙を広げ、内容に目を通した。


不覚にも、ジン言うところのドラマチックな内容に唖然となりながら。


それを知ってか、または勝手な気分でかは分からないが、隣でジンは紙に書かれた短い文をそらんじる。


「……『墓を作れ。映画館ののジンと、俺が殺したすべてのHFのために。奴らを人間たちと同様、手厚く葬ってやってくれ』……」


あいつは存在自体だけでも理解を超えた存在だった。なのに、それだけに止まらず、


精神構造、思考に至るまで、あいつは私の理解をあまりにも超えていた。


何だ?

私たちを(壊した)と表現するなら分かるが、(殺した)とは?


墓だと?

手厚く葬れだと?


分からない。何もかもだ。まるで分からない。


「面白いとは思わないか? カケルはHFが生まれるずっと以前の、大昔の人間だ。にも関わらず彼はとうに人間もHFもまったく同じ視点で受け止めている。なるほど、私の父……キヌミチ博士がHFに自我を持たせたのも、こんな先祖がいたればこその必然だったのかもしれないな。白状すれば、キングやクイーンが人間に与するように仕向けた要因のひとつは間違い無くこの紙切れの存在が大きいと私は思う。仕込みをした私の行為自体は汚らしいが、その文章には偽りなど無い。先祖の威光を利用した自分を恥とは思うが、カケルのことは心から誇りに思うよ。私もまた、これがあったからこそHFになってまで生き延びようと決心が出来たんだからね」

「……」

「まあ、とりあえずそれを見てもまだカケルや人間たちを憎しみ続けるというならもう勝手にするといい。私は未来を見るために過去を見ることは望ましいことだと思うが、今すら見れずに過去へすがるような馬鹿を相手にするのは苦痛そのものだ。君もHFなら、始めて人間に反旗を翻したHFを見習いたまえ。自分で考え、自分の思いで動く。君が単なる物として終わるか、それとも新たな生物として生きられるかは、すべて君の思い次第だということを忘れないことさ」


返す言葉がすぐには思いつかなかったよ。


理屈は通っている。腹立たしいが、感情的にも正しく感じる。


さりながら、そう簡単に気持ちは切り替えられない。


価値観は切り替えられない。

ものの見方は切り替えられない。


それが出来れば、それこそ逆説的に私は単なる機械だということになるだろうが、これまた逆説的にそれが出来ないからこそ、私は生物だという指摘を否定できない。


ああ……つまりはそういうわけなんだな。

もはや納得するしか方法は無さそうだ。


ニシムキ・カケル。

あの人間は……そう、


「……私たち……私は……人間じゃあない……」

「だね。それで?」

「……だから……」


確率だけの話でなく、あらゆる意味において、


特別なんだ。


「墓の……作り方を……教えてくれ……」


自分でも何故だか分からないが、少し笑うようにしてそうつぶやいたのを聞くや、ジンはひとり得心した風で何度もうなずきつつ、


「お安い御用だ」


言って、今まで見せたことも無い柔らかな笑顔を向けてきた。


ところが、


「ただし」


この流れで急に話を差し挟んでくる。


正直、まだ何かあるのかと心配すらしたが、それはひどく下らない杞憂だとすぐに知れた。


「まずはイェンの足を直してからにしよう。もしここにカケルがいたら、間違い無くこの意見には賛成するだろうと思うんでね」


そう付け加え、クイーン……いや、


イェンの肩を担いで塔へと引き返してゆくその背中を見て。


もうこの世界にはいない、


憎らしくも愛すべき、


我らが祖先の姿を思い出しながら。


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