【FUTURE STRIDE】
何とも形式的……というか、そもそも話し合いですらなかったジンとマスターのやり取りが終わり、俺は塔の外へイェンたちと出てきた。
腹立たしいけど、今イェンに肩を貸してるのはジンだ。俺じゃない。
まあ、自分の体を支えるだけでも無理かもとか思うくらいの状態だしね。悔しいけど今回だけ役得は譲ってやるよ俺の遠い子孫さん。
今回だけ、な。
「それにしても、さっきまで敵味方だったのが、今は仲良く勢揃いでお見送りかい……何だかこれで最後って感じのする平和な流れで悪くないね」
「せっかくの期待を壊すようで悪いがご先祖様、この状況は特にそう平和なものじゃない。マスターもルーク1もビショップ2も、ただ私の命令に逆らえないから従っているだけだ。私の私兵ともいえる全304部隊のHFたち。それに他のHFたちとは違って私は自由に塔の迎撃装置をON/OFFできる。殺す気になればいつでも殺せるのさ。ゆえにマスターたちは私に従うより無い。力による屈服であって、心からの従属ではないんだよ」
「……分かってはいても口に出すなっての……せっかくのエンディングが冷めるだろ……」
「気の利いた嘘がつけない性格で申し訳無い。が、理由はどうあれ、心はひとつだ。ご先祖様には無事に過去へ戻ってもらわないと困る。そこは偽りの無い事実さ」
「はいはい……俺に関しても最後のお仕事ってわけか。じゃ、再確認したいからもう一度おさらいを頼むぜジン」
まともに動くか不安な自分の体を確認しつつ俺が問うと、ジンは妙に楽しげな口調で答えを返してきた。
理由は……まあ、答えを聞いたらすぐ分かったけどね。
「おさらいが必要なほどのことでもないと思うんだが……とはいえ、タイムスリップをこんな短いスパンで二度も体験するんだ。確認のひとつもしたくはなるか……いいかい? ご先祖様は帰りについてはこちらに来る時よりもまったく簡単だ。心不全か呼吸器不全で死ぬ前にこの橋を逆戻りすればいい。すると面倒なことは何事も無く、11200メートル付近でイベント・ホライゾンが現れて元の時代に引き戻される。了解してもらえたかな?」
「了解はしたけど……もう少しオブラートに包んで話せよ。なんか『今死ぬぞ、すぐ死ぬぞ、もう死ぬぞ』とか言われてるみたいでテンション下がるぜ……」
「もう少し精度の高い予測で言うなら、このまま治療を受けないと仮定した場合のご先祖様の余命は安静状態という条件を付けても、楽観的に見てあと数時間がいいところだろう。この事実を聞いても、ご先祖様は治療を……」
「受けねえよ。何度も言ってるだろ?」
「やれやれ……生きたいのか死にたいのか、まるで言っていることが支離滅裂だね。何がそこまでご先祖様を頑なにさせるんだか、私にはさっぱりだ」
「ほっとけ」
言って突き放しはしたものの、ジンのことだ。とぼけちゃいるが、俺の考えくらい察してると思って間違いないだろな。
俺の勘が訴えてくるんだよ。(治療を受けたらマズイ)ってさ。
何がどうマズイかは分からないけど、とにかくそれによって何かしらの支障が出るって確信めいたもんは感じる。
もちろん根拠は無い。けど、
ぼんやり感じる程度とは違う。どういうわけか、そうなるとしか思えないってぐらい強い勘。こういうのはとりあえず信じておいたほうがいい。
そんなことは滅多に無いからこそ、なおさらにね。
「さあてと……そんじゃ、これが最後のひとっ走りだな。ガタついた体に鞭打って、いっちょ行ってきますか」
「だからカケル……私も何度も言ったが、走る必要は無い。好きなペースで進めば、橋の11200メートル付近でイベント・ホライゾンは勝手に発生する。未来に起きる事象の条件付けはもう完了しているんだ。走ろうが歩こうが、起きる結果は同じ……」
「か、どうかは分からない。未来は常に不確定。違うか?」
「……」
「それに、『そうなるから、そうなる』なんて分かりきった道に従うのは嫌いなんだよ。俺は俺の好きにやる。その結果が何であろうと俺は後悔しない。俺がしたくてしたことの結果なんだからな。これだけは最後まで貫かせてもらう。俺の未来は俺には決められないが、俺の進む道は俺が決める。悪いが、このワガママだけは譲れないぜ?」
ニヤケながら言いはしたが、俺がどのくらいこのバカバカしいワガママに本気かをジンも分かったんだろうな。
諦めた……というか始めから予想してて、そのうえでもう諦めてましたって感じで、溜め息ひとつ吐いて俺とおんなじようにニヤケ面して答えてきたよ。
「……負けました。さすがご先祖様だ。並みの頑固さじゃない。無駄な説得に費やす時間を思えば、ここは私が折れておくとしましょうか」
分かっていてわざとらしいことを……とも思ったけど、ここでさらに食いついてたんじゃあほんとに時間とやらがヤバいかもって感じたんでね。ここは俺も素直にうなずいたよ。
そして、
ぐるりと塔の前に揃ったメンツを見渡して、簡素な挨拶だけで済ませようと口を開いた。
どういうシチュエーションでも、湿っぽい別れ方ってのは俺の趣味じゃあねえからさ。
ささっと済ませて、ぱぱっと消える。
この時代の人間じゃない俺の去り際にゃあ、それが一番似合いだろ?
「ってことで……と。役割を終えたやつは退場の時間だな。月並みだけど後のことはよろしく頼むわ」
それだけ。
余分なことは何も言わない。
この期に及んでベラベラしゃべるなんざ無粋もいいとこだし、それに、
別れってのは物足りないくらいがちょうどいい。
未練がましくなんだかんだやったとこで、人間は満足なんて出来やしないもんだ。
それなら最初っから足りないくらいがちょうどいいのさ。
飯だって、腹八分目っていうしな。
なんて思いつつ、
俺は走り出した。
今さら本音を言うと、
マスターやルーク1、ビショップ2にはなんて言えばいいのか分からなかったし、イェンにも別の意味で何を話せばいいか分からなかったんだ。
ジンについては特にこだわる部分も無かったから気にもせず話せてたけど、他は無理だよ。
マスターたちとも、イェンとも、関わりが変に絡みすぎちまってて綺麗に収める言葉が思い浮かばなかったってのがほんとのとこ。
情けないやね。
情けないといえば、自分の走りもまあ情けなかったよ。
体がガタガタなのは自覚してたけど、マジでジョギング以下。
やべえどころじゃねえわ。
たかが11200メートル……たかが1キロ強を走るのに、下手したら小一時間かかっちまいそうな勢いで、途中からは情けないを通り越して焦ってきた。
せめて(立つ鳥、跡を濁さず)を気取って早々と走り抜けるつもりだったのに、自意識過剰で感じる後ろからの視線が痛えこと痛えこと。
そんな、思い込みで針のむしろを味わって何分……何十分経った時だったかな。
マジ、突然さ。
「カケル!」
イェンの声が少しばかり遠く、背後から聞こえてきた。
咄嗟、何かと思って首だけ後ろを向き、ジンに肩を借りて立つイェンの小さな姿が目に映ったのとほぼ同時だったよ。
「改天見!(ガイティエンジェン)」
何語かも分からない。
当たり前だが意味も分からない。
それでも、
大声を張り上げてきたイェンの様子に、正確な意味こそ分からなかったけど悪い意味ではないってことだけは分かる。
すると、
現金なもんさ。
体が急に軽くなりやがった。
足が思うより早く、思った通りに動く。
跳ぶように、飛ぶように。
まただ、また来たよ。
アスファルトを蹴る。
歩幅が無限に伸びる錯覚。
今、計測したら多分、俺すげえ記録マークしてんだろうな。
なんたって体感的にもう11200キロ走破する手前って感じだ。
さっきまであれだけチンタラしてたってのに。
そう思った刹那、
周りの空気が、ふっと変わり、平衡感覚が微妙にズレるみたいな気持ち悪さを感じた。
今回はすぐ分かったね。
ああ、ここがイベントなんとかってとこだって。
世界が変わる。時間が変わる。そういう境界。
瞬間、
俺は体ごと背後を振り返ると、全力で真後ろに飛んだ。
着地なんて考えない。どこかにぶつかるかもなんてことも考えない。
考える必要が無いから。
もう、そんなことは起きないって分かってるから。
それから、
ここに来て薄れてきた意識の中、ほとんど点にしか見えなくなったジン、イェン、マスターたちに向かって俺は、
「改天見!」
力いっぱい言い放ち、
真っ白になってく自分の意識へ倒れ込むように、
世界から、消えた。




