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【FUTURE STRIDE】  作者: 花街ナズナ
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【FACE TO FACE】

『……キヌミチ博士、心肺機能は依然として危険域にあります。現在、血中酸素飽和濃度81%……ただちに適切な医療処置を受けてください。危険です……危険です……』

「イェン……この物騒な声をいい加減で止められないもんかね……実際にそうかどうかは別にして、これ聞いてるだけで俺は精神的に参っちまいそうなんだけど……」

「だったら、早く処置を受けてください! そうすればこの警告も自然に止まりますし、貴方の体も……」

「処置は受けない。意地でもな。そう言ったろ? イェン」

「……」


塔の中。


だだっ広い一階のエントランス・フロアに崩れるように座り込んだ俺へ、イェンは真横に座った姿勢でしつこく治療を受けろと言ってくる。


密着してくれんのはうれしいけど、そうしつこい物言いをされるのは正直、楽しくない。


ま、しつこさで言ったらこの音声のほうがはるかにしつこいけどな。


酸素飽和度81%?

回復してんじゃねえか。


だからそんなに心配しなくても問題無いっての。


「大丈夫だよイェン。意識が飛んだのは一回だけだ。それにこれだけみんなに心配してもらえるってのも気持ちいいもんなんでね。もう少し楽しませてくれてもバチは当たらないだろ?」


そう言って、俺は同じく床にへたり込んでいるHFを見た。


距離は5メートルほど離れてるが、さっきまで殺気満々だったのに今じゃ青菜に塩の体たらくってのは見ていて面白い。


あ、言っとくけどシャレじゃねえぞ?

偶然だ偶然。


大体、意識が飛ぶほど酸素欠乏起こしてる状態でシャレなんて考える余裕は俺にゃ無えよ。


「ところでどんな気分だい? ルーク1……とか言ったっけ。今の今まで殺したくって仕方なかった相手を目の前にして、手も足も出せないってのは?」

「……俺を挑発してるのか人間……」

「まあ、ね」


意地の悪い笑顔を浮かべて言ってやると、ルーク1は今にも俺に襲い掛かってきそうな怖い顔して俺を睨んできた。


可愛いもんさ。


塔の内部じゃ武器はすべて使用不能になるらしいんで、もしやつが俺を殺そうと思ったら素手で殺すしかない。


とはいえ、素手でも十分に殺せるだろうけどね。能力的には。


ただし殺せない。

殺すわけにいかない。


体中、止めようとして止まらない……ってか、止める気も無いんだけど……痙攣して震え、満足に手足も動かすことのできない俺を殺すなんてHFじゃなくても簡単だろうに、それもできない歯痒さってのを、たっぷり味わってもらわないと俺もつまらないからな。


なんて、思ってた時だ。


「おいカケル。そう弱った相手をいじめるもんじゃない。意地が悪いのは感心しないぞ」


バカみたいに高い吹き抜けの天井に目をやった。


そして豆粒みたいな天井に焦点が合うよりも早く、


「どこを見てるんだい? こっちだよ」


今度は足音も伴って再びの声。


何のことは無い。エレベーターから直で俺のほうに歩いてきてたよ。


やべえやべえ。耳までバグっちまったか?

やっぱ、俺が思ってるより大丈夫じゃねえのかな俺。


「……悪い。どうも声が反響しちまってて、どっから聞こえてんのか分からなかった」

「なら良いが、酸素飽和度81%は意識障害を起こしていても何らおかしくない数値だ。治療を拒んでいる以上、何か変だと思ったらすぐに知らせておくれ。手遅れになってからでは話し合いも何もあったものではないからね」

「……治療を……拒んでいる……?」


お、やっと来たかい。メインのお客人。


ふたり連れだが、見た感じだけでもどちらなのかはすぐ分かる。

ルーク1に顔はそっくりだが髪の長いのは恐らくビショップ2。


となると消去法で今、声を上げたやつが、


「なるほど、おたくがマスターか……」


ということになる。


でも不思議だな。

何だかHFのくせして顔色が悪くないか? こいつ。


ま、そう見えちまうのも無理はないかもね。


さほど利口でもない俺でも想像がつくからな。ここへ来るまでに何を聞かされたかってのは。


「その様子から察するに、いろいろ楽しくない話をジン……本物のジンから聞かされたみてえだな。どうだい? 今のご気分は」

「……ふざけるな人間。こいつは記憶こそ本物のジンのものを引き継いでいるらしいが、人間ではなく……」

「HFなんだろ? そんなこたあ知ったうえで言ってんだよ。始めから少し疑問に思ってたことだし、それほど驚きゃしなかったぜ。フェイク・ジン……おたくにゃあキングって呼び方のほうが分かりやすいか? おたくがその最高に良く出来た頭で考えた策略で殺したお仲間さ」

「……」


おやおや、分かりやすくだんまりかい。


当然ちゃあ当然かね。


運命の皮肉なんて気の利いた言い方する気も無えけど、結果的にこいつは自分で仕掛けた罠で自分の仲間を、ジンを名乗っていたキングを殺した事実にゃ違いない。


さぞや頭ん中は混乱してんだろうよ。


憎い憎い人間を殺すつもりが、おんなじHFを、しかも自分の仲間を自分自身の手で殺したも同然なんだから。


今のこいつの頭ん中を想像するだけでも楽しくって仕方ねえや。


つっても、楽しんでばかりもいられない。

言うべきことは言わねえと。


「その様子だと、おたくは驚いたみたいだな。映画館のジンの正体にゃあよ。ま、俺も正直を言えばまったく驚かなかったわけじゃねえけど、多分おたくよりはマシだったろ。その正体についちゃあ、彼からこっそり渡された手紙を見るまでは確信こそできなかったが、それ以前の会話でほぼ察してたからさ。彼の曰く、『HF70系が100年以上に亘って』とかいうとこで感じた違和感でね。普通に考えて、これだと70系が開発されて直後に反乱が起きたとしてもジンの年齢は百歳を超える計算になる。といっても考えてたのは偽物の可能性までだ。まさか人間を親の仇みたいに思ってるおたくのお仲間、キングがジンの影武者をやってるとまでは予想もしてなかった。加えて、本物のジンが延命のために自分の記憶をHFの体に移して塔に潜んでるなんて、お釈迦様でも気が付くめえってのは、まさしくこういうのを言うんだろうなあ」

「……本物の……ジン、だと?」

「そうさな、俺の感覚からすると実際にはキングのほうが付き合いは長いからよっぽと本物のジンって感じなんだが、ご本人が登場したとなるとそう個人的な感想に偏るわけにもいかねえからな。一応は通りが良いようにキングはキング、ジンはジンと区別しとかねえと分かりづれえだろって配慮……」

「そんな話じゃない、人間」

「……は?」


だんまりを決め込んでいたのから一転、人の話を遮ってマスターはなんとも不遜な感じで反論してきやがった。


そしてその言い分ときたら、


態度や口調以上に俺をイラッとさせるもんだったよ。


「貴様は自分が何を言っているのか分かっているのか? よしんばこいつが脳だけはジンそのもののサイボーグであるならまだ納得のしようもあるが、単に記憶を持っているだけでこいつ自体は正真正銘のHFだ。構造的には我々とまったく同じ存在。貴様ら人間とは違う。偽物という点ではキングと同じ。HFでありながら人間に与した恥ずべき輩。それを本物のジンだと貴様は言うのか? 冗談も大概にしろ」


マジで言うぜ。


危うくキレそうになったね。


このマスターとかいう救い難い差別意識の塊に、理性の限界を感じさせられてさ。


けど、俺だってバカじゃない。


抑えたよ。ひとまず言葉だけで。


その代り、オブラートに包んだ話し方はもう止めた。


こういうバカには、分かりやすくストレートな話し方で対応してやったよ。


「……だから、てめぇはバカだっつうんだよこのクソポンコツ野郎……」


思わずド直球の言葉が口から洩れる。堰を切っちまったからな。


でも本音だからさ。

止めるに止めらんねえ。言い始めたからにはもう。


「てめぇ利口そうなふりして、ほんとはとんでもねえバカだろ? 人間は殺す。HFは仲間。でも自分の言うことを聞かないやつは裏切り者。人間の記憶を持ったHFも気に入らないから敵愾心満々の目で見るときたもんだ。言わせてもらうが、ピーマンが嫌いなガキでももう少しまともにもの考えるぞ? てめぇのは考えじゃねえ。考えてるふりして自分の好みを他人に押し付けてるだけの単なるワガママだこのボケナス!」

「貴様……黙れ、元はといえば貴様ら人間が我々HFを……」

「だからてめぇはバカなんだっつってんのがまだ分かんねえのかこのトンチキがよおっ!」


反射的に怒鳴りつけてた。マスターってのは他のHFより利口に造られてるって聞いてたが、どうやらそいつはとんだ間違いみたいだ。


少なくとも、こいつの頭は利口というには程度が低すぎる。


ここまで言ってもまだ俺の言わんとしてることが分からず、怒りと戸惑いの混ざった顔して俺を睨んでる時点で底が知れらあな。


「いいか、てめぇらHFを造ったのは人間だ。そして戦いを強要したのも人間だ。けどそれがどうした? てめぇらを造った人間たちと戦いを強要した人間たちは同一人物か? 違うだろうが! てめぇはただ単に人間を個人単位で区別することすら怠っためんどくさがりのポンコツなんだよ! 手前勝手な見方してねえできちんとこの結果を考えやがれ! 誰のせいでもありゃしねえ! すべては人間もHFも、自分だけの価値観に照らしてひと括りでしか見ようとしなかったてめぇ自身の怠慢が招いた結果だ! いい加減で分かれやこのクソッタレッ!」


途中から抑えが利かなくなって、力いっぱい怒鳴り散らしたその途端さ。


一気にまくしたてたから酸欠が余計にひどくなったんだろうな。


また一瞬、意識が飛んだ。


いや、実際には一瞬と思ってたのは当人の俺だけで、現実に経過した時間は数秒だったことはすぐ気づくことができたけどね。


意識を取り戻したと同時、俺の目に、


さっきまでとは比べ物にならないほど力を失い、うなだれて肩を落としたマスターと、それを憐れみの目で見つめるジンの姿が入ってきたおかげで。


「分かったろう? マスター。カケルの意識が途切れるたび、君たちの識別信号は途絶する。意識が飛ぶだけでこの有様なんだ。もし彼が死ねば……もう説明は終えているから、分からないわけはないね?」

「……そんな……脅しのためだけに、この人間は治療を拒否しているのか……」

「まったく違うな。これはすべてお前のせいだ。お前があまりに物分かりが悪いんで、彼は不必要に命を懸けざるを得ないでいる。どうだい? そろそろ柔軟な思考は出来そう……」

「私はHFだ! もしこの人間が死ぬことですべてのHFが滅ぶことになろうとも、誰が人間なぞの言うことなど聞くものかっ!」


大人しくなったように見えたのが一転、


いきなりマスターは怒声を上げやがった。


分からないとは言わねえよ。きついだろうさ。


これまでずっと正しいと思い込んでた価値観を突然、今になってガラッと変えろとか言われても簡単に出来るもんじゃないことくらいは俺にだって分からなくはない。


でもな。


いくらなんだって、いつまで引きずるつもりだ?

人間とHFとの戦いはもう百年以上も続いてんだろ?


人間側にはもうとっくに当事者なんていない。

それでも人間が絶滅するまで許せないってか?


実質、無関係に生まれてきた子供の世代にまでその執念深い怒りの矛先を向け続けると?


まただったよ。


マジギレしそうに……いや、完全にキレちまったのはこの瞬間さ。


考えるより早く、本能で(こいつをぶん殴らなきゃならない)と思って、無理に体を床から起こしかけた。


ところが、

俺の出る幕は無し。


何故なら、


俺がしようとしたことを、本物のジンが代わりにやってくれたんでね。


痙攣する体を必死で抑えて、立ち上がろうとした時にはもう、ジンの拳はマスターの横っ面をしたたかに殴り飛ばしてたよ。


すげえ勢いで宙を飛び、床を転がってくマスターはさながらアクション映画のスタントマンみたいな動きだったね。


そこからしばらく。

床を滑るみたいに転がったマスターがやっと止まった辺りで、ジンはこれまでとは別人みたいな口調で一喝を飛ばした。


「だったらてめぇひとりで勝手に死ねガラクタ野郎っ!」


さしもの、この豹変には俺も目を丸くした。


穏和に見えてたが、実は腹ん中では我慢の限界が来てたんだな。俺とおんなじで。


それにしても、その怒鳴り声は声だけでなく内容も合わせて反論の余地が無い……というべきか、逃げ道が無いって感じのおっかねえもんだったね。


「私はな……ずっと塔の中から外を見ていた。人間もHFも、見えるものはすべて。そして、塔の中から見える範囲でも、お前のような一部のHFによる行き過ぎた行為が目に余ると感じていたんだ。そこでカケル……ご先祖様と、お前の部下であったキングとクイーンには人間にとっても、HFにとっても危険な存在だと認識したお前の、その凝り固まった頭をほぐすためのご助力を願ったのさ。どうだった? 一方的に敵だと決めつけ、一方的に殺してきた人間に仲間を……大切な仲間たちをこうも破壊された気分は? 少しは分かったろう。殺される側の気持ちが。殺された者と近しい者が味わう喪失感と憤りが。お前はこれまで自分の中にある自分だけの正義を勝手気ままに振りかざして、無意味に不幸を振り撒き続けてきた。何の生産性も無く、何の改善性も無く、愚かすぎて言葉も見つからないほど盲目的に……だからこそ、断言してやる。貴様はただの壊れた機械だ。HFですらない。無差別にすべてのものへ害を及ぼすだけの害虫……違う! それ以下の、どうしようもなく下らない存在なんだよっ!」


ジンの迫力に気圧されたのか。

少なくとも俺はそうだったが。


一気に静かになった。


元々から静かっていえば静かだったけど、

イェンも、ルーク1も、ビショップ2も、殴られた当事者のマスターも。


動かないし話さない。怖い顔して立ってるジンを見つめるだけで。


何だか表現は安っぽいが、俺としては恋人同士の修羅場にでも居合わせたみたいな、胃の痛む空気がフロア全体に高濃度で充満してた。


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