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【FUTURE STRIDE】  作者: 花街ナズナ
38/43

【weird train】

『信用してくれたこと、もしくは決断かな? その行為に対しては感謝しよう。まあ贅沢を言えばもっと速やかな対応をしてくれていればなお良かったが……そこはひとまず塔に着いてからの行動で取り戻してくれればと願おうか』


どうにも気に食わない、なんとも人間らしい持って回った話し方をする声は、列車に乗り込んでからも私たちに語りかけ続けていた。


とはいえ何の目的かは知らないが、少なくとも今のところ、これが罠ではないと思しいだけで満足すべきなんだろうな。


少なくとも今のところは。


『さて、わずか数分の乗車時間ではあるが、その数分を無駄にするのも効率的じゃない。そこで、君らへこの状況を簡単に説明するため、限りある今の時間は使わせてもらおう。恐らく君らは私の話を信じないとは思うが、塔に着いて事実を確認した時に無用な手間をかけずに済むよう、先に話しておくことは時間の節約になる。とりあえずリラックスして聞いてくれ』


言外に、座席へ座れという含みを感じたが私もビショップ2も立ったままで話を聞いていた。


さすがにそこまで弛緩できるほど、私たちも警戒能力は低くない。


特に、理解不能な方法でHFの識別信号を感知できなくさせるような奴に対してはね。


『前置きとして、いくつか伝えておこう。ルーク1は無事だ。クイーンも右足以外は無事。だがカケル……君らが必死に追っていた人間はそうもいかない。一時は昏睡状態に陥っていたほどさ。今でこそ意識だけは回復したが、はっきり言ってもうボロボロもいいところだよ。まだ生きていることが不思議なくらいに』

「……まさか……とは思うが、お前はあの人間が死にかけているから私たちを急かしつけていると……?」

『呑み込みが早くて助かるね。その通りだ』

「しかし、何故……? 私たちはあの人間を殺そうとしているんだぞ。それこそ、勝手に死んでくれるなら手間がかからなくて助かると思っている。それはルーク1とて同じはず……というより、あいつが最もあの人間を殺したがっているはずだ。それがまだ人間を殺していないということは、お前がルーク1を止めているのか?」

『止めたといえば止めた……と、言えなくもない。何せ君らはこのままカケルが死ねば、彼と一蓮托生で全滅することになる。紛れも無く地球上に存在しているすべてのHFがだ』

「……!」


一瞬、この声が何を言っているのか分からず……だがひどく不穏な話をしてきたせいで思わず思考が停止してしまった。


何をどうしたらそんな話になるのか。


何らかの脅しか?

といって、先ほどのことを思えばこいつに私たちを脅す必要があるのか微妙だ。


さらにルーク1が動いていないのが決定的な証拠となる。


塔の内部に侵入されたら抵抗できないから私たちを脅すなら理屈は通るが、事実、ルーク1は動けずにいる。


それに加え、私とビショップ2をも招き入れようとしているところから見て、やはりこいつは私たちと対抗できるだけの手段を有しているはず。


だとすれば余計に目的が分からない。

あの人間の生死が何故、私たちHFの存亡に関係するというんだ?


『どうやら事態が飲み込めないといった様子だね。まあ無理も無いと言えなくもないが、そこはもう少し柔軟かつ広い視野で状況を見ればおのずと分かるはずのこと。少々……いや、かなり思考が硬直しているようだなマスター?』

「……どういう意味だ……?」

『そのままの意味さ。君は考えが凝り固まりすぎて視野が狭窄している。だから分かるはずのことも分からない。というより、分かろうとしていないんだよ』

「もうそのぐらいにしろ……時間が惜しいと言ったのはそっちだろう。回りくどい話で無駄な時間を潰しているのはどっちだ?」

『手厳しいが、その言い分に関しては確かに君が正しい。では簡潔に話そう』


自分で焦らしつけるような真似をして、平然とこれだ。

これも何かの揺さぶりかと勘繰るのは、私の僻目かね?


ただ、

何にせよ、実際にここからは簡潔な説明を受けた。


それはそれは大仰で、かつ、


とても洒落にならない説明を。


『君らが頑なに「あの人間」と呼んでいるカケル……フルネームはニシムキ・カケルだが、他の人間たちと十把一絡げにしていい存在じゃない。彼はひどく特別なんだ』

「そのことならある程度はカオという人間から聞いた。ジンが我々HFを造ったキヌミチ博士の息子だということや、あの人間がタイムスリップしてこの時代に来たこと。さらにキヌミチ博士とまったく同じDNA配列と網膜パターンを持っているらしいこと。といって、信じられそうな話はジンのこと……良くてもあの人間がタイムスリップしてきたということまでだったがな。だが奴が塔に入れた今となっては信じざるを得ない。確かに確率論的に言えばとてつもなく特別だと」

『確率論的に……ね。残念ながら、やはりその程度の認識か』

「……何が言いたい?」

『言ったはずだ。カケルの死はすなわち君らHFすべての死だと。単刀直入に言おう。カケルはキヌミチ博士と同一のDNA配列と網膜パターンを持ったキヌミチ博士の祖先だ』

「!」


もし私が人間……それは想像するだけで不愉快極まりないことだが……だったなら、私の顔は血の気を失い、蒼ざめていただろうな。


思考が硬直しているだと?


ふざけるな。そんなもの、それ以前の問題だ。


誰がそこまで馬鹿げた可能性を考えられるというのか。


『正しくはキヌミチ博士からちょうど17世代前の先祖に当たる。12世代前のニシムキ・ワタルがキヌミチ家へ婿養子に入ったため、性こそ違うが紛れも無くキヌミチ博士の直系祖先なのさ。それを君らは必死に殺そうとしていた。それが何を意味するかくらいは、さすがにもう分かるだろう?』

「……『親殺しのパラドックス』……」


我ながら、あまりにも情けない声で私はつぶやいた。


そう、

つぶやくぐらいしかもうできなかったのが実情だな。


まだ反論する余地は残されていたが。


『ご名答。君らを造ったキヌミチ博士の直系祖先である彼が死ねば、当然ながら君らを造るはずのキヌミチ博士は生まれない。結果、君らHFも生まれない。分かってやっていたのなら、まさしく狂気の自殺願望だ。自分で自分が生み出される事実を消滅させようとしていたんだからね』

「だ……が、タイムスリップの理論が確立してこの『親殺しのパラドックス』は否定されたはずだ。過去でも未来でも、タイムスリップしたものは必ず時間線が異なる並行世界に飛ばされると……だからもし自分の親を過去に遡って殺したとしても、その影響は受けないはず……」

『それもまた部分的には正解だ。タイムスリップの絶対条件として、対象は必ず元の世界とは異なる時間線に飛ばされる。その理論自体は正しい。だが、まだ君はカケルという人間の持つ恐るべき確率を軽視しているよ』

「?」

『仮にカケルが元いた時間線をAとしよう。彼がタイムスリップする先はAではない。これだけは確定しているが、そこで彼の持つ凄まじい確率が干渉するのさ。異なる時間線、並行世界は無限に存在する。ということは逆に言うと「過去に干渉しても影響が出なかった世界」と、「過去に干渉したことで影響が出た世界」もまた存在することになるんだ』

「……!」


本気で頭が過負荷に耐えきれず、ショートするかと思ったよ。


有り得るのか?

そんなことが。


確かに確率だけで考えれば0ではない。


が、もはやそれは現実性を考慮すれば限り無く0に近い。


いや、0と言い切っても問題が無いほどの確率。

それをあの人間……カケルというのは超えてきたというのか?


『無論、無限に存在する並行世界といえども数……時間線のパターンにも大小がある。「過去に干渉しても影響が出なかった世界」を仮にB群とし、「過去に干渉したことで影響が出た世界」をC群と考えた場合、B群の時間線が無量大数あったと仮定してもC群の時間線は0。それほど圧倒的な数の差だ。にもかかわらず、カケルはそこを抜けてきた。無いと言っても差し支えないほどのC群に、彼は飛んできたんだよ。言ったろう? 彼は特別だと。私の言っていたのは認識レベルの違いさ。彼は君が思っているようなレベルとは別次元の存在なのさ』


私も何度となく絶句してきたが、これまでにここまで徹底して現実に押し潰される形での絶句を強いられたのは始めてだった。


理解の範疇を超えている。

思考の範疇を超えている。


常識の範疇を完全に超えている。


これは予測できなかった私が悪いのか?


思っていると、


気づかぬうち、列車はホームに到着していた。

バランサーが緩やかな停車の制動に反応する。


同時、

ドアが開いた。


瞬間、


「とまあ、事前説明はこんなところだろう。さ、ここからは私がピース・ピラーの中をカケルのいるところまでエスコートさせてもらうよ。顔合わせは始めてだが、すでに互いをよく知っている奇妙な関係としても、そうすべきだと思うんでね……」


先ほどまで車内に響いていた声が、その主とともに開いたドアの前で私たちを見つめていた。


見知らぬ男。しかし、


人間に例えれば直感に近い何かが私に告げていた。


私は何故か、この男を知っていると。


そして、


「始めまして……なのが何とも不思議だねマスター。ようこそピース・ピラーへ。私が現在、この塔の管理をしている……」


言って、男は穏やかな笑みを浮かべて言葉を継いだ。


「本物の、キヌミチ・ジンだ」

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