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【FUTURE STRIDE】  作者: 花街ナズナ
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【unknown voice】

その結末は、さすがの私でも予想していなかったものだった。


それだけに、冷静さを失っていないよう装うのは大変だったよ。


もはやたった1体になってしまった手駒とはいえ、不安にさせるのはマスターとして恥ずべきことだからね。


まあ、そんなケシ粒ほどのプライドなどこの後に起きた状況を前には無意味に等しかったが。


「……マスター。聞こえていたな? あの人間、信じられないがクアドリリオン・システムを通過したぞ……」

「それは分かっている。あれだけの大音量で聞かされれば、嫌でもな」

「だが……どういうことだ? 明らかにほぼルーク1と人間は同時に塔へ入った。私が確認するまでも無く、迎撃装置が作動していないことからもこの事実は明らかだ。なら、今の状況は一体どうなっている?」


ビショップ2の言いたいことはよく分かる。私だって不思議とは思うさ。


双方は同時に塔へ入った。


では今、塔の中で何が起きているんだ?


ルーク1の無事は信号が途絶していないことから知れる。

人間が抱えたままに塔へと運び込んだクイーンと思しきHFの無事も。


ただ、人間については何も分からない。


橋から響いてきた声の内容を信じるなら……いや、疑う理由も特に無いが……死んでいてもおかしくないということぐらいしか予測できない。


大体、血中酸素濃度78%などという馬鹿げた状態で生きていると考えるほうが不自然だ。


普通に考えれば、塔の中で息絶えたと見るのが自然。そうでなくとも、


同時侵入したルーク1があの人間を生かしておくとは考え難い。


しかしそうなるとこの反応は疑問が出る。


ルーク1は無事だとするなら何故、こちらに通信を送ってこないのか。

識別信号が届く以上、通信は可能なはず。


こちらの回線は開きっ放し。なのに先ほどから何の連絡も無い。


「やはり識別信号以外は何ひとつ入ってこない……マスター?」

「ふむ……」


どう答えたものか正直、少しばかり考えてしまったよ。

下手なことを言ってビショップ2を混乱させるのもうまくない。


かといって何も答えなければビショップ2を不安にさせる。

となると、無難な予測のみ伝えてお茶を濁すのが得策だろうな。


「可能性としてはいくつかある。が、最も可能性が高いのはルーク1が塔の中で人間を殺害したため、脱出できなくなったパターンかな。入るのは大変だが出るのは容易なんて決まりごとは無い。もしかすると塔から出る際にもクアドリリオン・システムは働くのかもしれないね。だとすればルーク1が塔から出てこないのもうなずける。あるいは出られるが出てこないという考え方もある」

「出られるのに……出てこない?」

「あいつの気性だ。しかも単独で人間を追った理由が単に『あの人間を殺したい』という復讐心から。まともに考えれば人間は生かしたまま連れて塔を出て、橋を渡り切ってから殺すのが普通なんだが、相当に逆上していたからな。まず間違い無く、殺せる状況ならもう殺してしまっているだろう。となると、塔から出ればその場で即座、迎撃装置の的になって破壊される。だから出てこられない。そういうことならこの状況の辻褄も少しは合う」

「……確かに、それならほぼ説明はつく。だが、何の連絡も無いことはどう説明をつける?」


痛いところを突かれたな。そこを言われるとつらい。


こうなると苦しい言い訳じみたことぐらいしか出てこないよ。


「塔に入った時、通信装置が故障した……というのは?」

「そんな都合の良い……」

「だね。そうなると今度はもっと嫌な可能性を考える必要がある。識別信号は送れるが、通信は送れない程度に破壊された可能性……しかしこれもこれとて確率は低い。通信回路網は固まっているから、通信装置が破壊されているのに識別信号の発信装置は無事なんて、それこそ都合が良すぎる……」


そこまで、


私が言いかけたところだ。


(それ)が聞こえてきたのは。


『置いてきぼりでも喰ったかい? それとも自分の意志で残ったのかな? そこのHFたち』


思わず身構えて声のした方を向いたよ。


そして、向いてから気づいた。


その声が先ほどと同じく、橋全体から響いてきていることに。


『まあ理由はどちらであっても構わないがね。現時点ではまだそれは単なる過程だ。道の途中で立ち止まるのもまた選択肢。だが、それもあまり悠長では成し得ることも成し得なくなってしまう。そろそろゴールを目指す時だよ』


この声は何か。

いや、それ以前に何を言っているのか。


思った瞬間、


「マスター、塔から何か急速で接近してくる!」


驚愕の声を上げて告げるビショップ2に、私も不覚ながら一瞬当惑してしまった。


が、すぐさま、


『そう驚かなくてもいい。私は君らに対して攻撃的な意思は持っていないよ。そちらに向かっているのはただの足だ。落ち着いて確認してくれれば分かると思うがね』


先ほど聞こえていた事務的な声ではない。

抑揚のある感情を含んだ声。


すると次いで、


「……マスター、どうやらこの声の言う通りらしい。近づいてきてるのは……列車だ」

「列車……?」

『ピース・ピラーへの直通列車さ。迎撃装置はすでに私が無効化したが、何者かも分からない私の言葉だけでは信用できないだろうし、第一、20キロ制限のある君らに徒歩でというのは時間の無駄以外の何物でもない。その点、列車なら塔まで数分で来てもらえる』

「……ちょっと待て。お前、何の目的でそんな……というより、橋に侵入できない私たちがどうやって列車に乗れると……」


また言いかけ、言葉を続けようとしたものを急に断ち切るようにして背後から地鳴りがした。


地震かとも咄嗟には思ったものの、振り返った背後に見えたものは明らかにそれを否定するものだったよ。


後ろに続いていた道路の一部……正確には車道と歩道を隔てるタイルの連なりを境にし、幅2メートルほどの裂け目が暗い口を開けている。


『緊急用だから見てくれは良くないが、地下の専用ホームへの入り口だ。飛び降りれば8メートルほど下で停止した列車に乗れる。悪いが急いでもらえるかな。君たちには時間が多く残されているように感じるかもしれないが、実際の時間はもっと貴重なものなんだよ。そう……幕は役者の到着まで開くのを待ってはくれない。演者が揃わぬうちに劇が始まっては洒落にもならないからね。くれぐれもご乗車はお早めに願おうか』

「いい加減にしろ! さっきから訳の分からないことを一方的に……それに、列車にも罠が無いという保証がどこにあるんだ!」

『いい加減にしろ……か。すまないがその台詞はそっくりそのまま君に返すよ』


言ったのが聞こえた途端だ。


ルーク1とビショップ2の識別信号が、


途切れた。


「なっ……!」


慌てたよ。我ながら情けないことに。


ところが、


次の瞬間、動揺は一転して当惑に変わった。


途切れたはずの識別信号。


それが、再び伝わる。


混乱したさ。それこそ本当に取り乱しそうなほど。


ルーク1に関しては考えたくもないが、理由だけなら容易に想像がつく。


塔の中で破壊されたと。


だが、


ビショップ2の識別信号まで途切れたのはどういうことだ?

目の前にいて、何事も無く動いているビショップ2までが何故?


思っていると、

恐らくは今の私と同じか、またはそれ以上に当惑した表情のビショップ2が口を開いた。


「……今のは一体……何が起きたんだ……?」

「分からない……というのが正直なところだが……可能性があるとすれば、ジャミングか?」

「いや……ジャミングの形跡は無い。それにもしジャミングだと仮定しても、マスターと私とでは距離が近すぎる。特定周波数帯へのジャミングにしても、間違い無くどこかのセンサーが誤作動を起こすはずだ。それが無かったことからしても、これはジャミングじゃないとしか私には……」

「……」


戸惑いつつも答えたビショップ2の言葉を頭の中で反芻し、余計に深まった混乱のせいで口を閉じた私に、また橋から声が響いてくる。


『誤解をされないよう、先に言っておく。今のは別に脅しじゃあない。ただ、君らが安易な考えで満足している今も、塔の中では舞台が早く幕を開けろと急かしつけている。無論、自分たちに理解できないことを意図的に無視して表面上の安寧を求めるのも君らの自由ではある。しかしそれでいいのかい? 自分たちの……HFの可能性から目をそむけ、わずかに生き延びた人間たちを殺しながら緩慢な滅びを待つのが君らの本意だとでも? だとしたらもうこれ以上は私も強制はしない。好きにするといい。列車は自動運転にしてあるから気が向いたら乗りたまえ。ただし、繰り返すが時間の猶予はもうほとんど無い。遅れてやってきても、残されていたのは後悔だけというのはよくある話だからね……』


そう話したのを最後、

橋からの声はぷつりと途絶えた。


まるで私を試すようにね。

行くか退くかの二者択一。


とはいえ、


ここまで来て選択に迷うほど、私も愚かではないつもりだよ。

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