【TRUTH IS REVEALED】
間一髪だったのか、それとも少しは余裕があったのか。
そこらへんは今となっちゃあ分からないし、分かっても仕方がない。
というか、そんなことを考える余裕も無えよ。
こっちはとっくに限界を超えてた。
さらに持ってきてあの全速力の逆走だ。
事前に指示されてたこととはいえ、やっぱシャレにならねえ。
予想通りならホバーの加速と同時になら逆走しても撃たれないと知らされてはいても、現実にそれをやるのは怖い。
けど、怖いなんて考えてる余裕も無かったけどね。
橋から飛び降りる時だってそうさ。
飛び降りる勢いとタイミングを間違えれば、ホバーの上じゃなく真っ黒な海にドボン。
浮き上がることも出来ずに死ぬわな。
こういった逆走の恐怖、橋から飛び降りる恐怖を感じずに……いや、考えずに行動できたっていうのも、俺がもう何かを考える余力すら残ってなかったのが幸いした形だ。
実際、今でも体はガタガタだよ。
橋から海面に浮くホバーまで高さ約20メートル。
そんな高さからホバーに向かって落下し、落ちたのが大量に敷き詰められた防弾ベストの上。
この時代ともなると防弾ベストは弾が通らないようにってだけじゃなく、衝撃吸収も機能のひとつに加わってるらしい。
まあ、俺はそっち方面はからきしなんでどうでもいいけどな。
防護が目的だから当然、人間にも使えるし、なんか切ないことを言うとHFの使う武器に対しては防弾ベストは役に立たない。
大体、役に立つなら俺を受け止めてもらえるだけの数を揃えるのは難しかったろうし、人間の死人も少なくて済んでるはずだからよ。
誰も着ない役立たずの防弾ベスト。
でも数を揃えて敷き詰めりゃ、約20メートル……けっこうな高さのビルから飛び降りるのと同じだった俺を無傷で受け止めてくれる道具にはなる。
道具の使い道は考えようでいくらもあるっていう証拠だな。
それにしても、
武器より強い防具は存在しないってのは、未来になっても変わらねえってわけだ。
ほんと、人間てのはつくづく攻撃すんのが好きらしいね。500年も経ってるってのに。
これだけまったく進化してないと、先祖としては悲しくなるわ。
科学は進歩したのかもしれねえけど、脳みその根本的なところは相変わらず。
殺して奪う。動物と同じだ。
あ、この言い方は動物に対して失礼か。
動物は決して過剰に奪おうとはしない。奪うのは必要な分だけ。加減を知ってる。
人間だけだぜ。奪っても奪っても満足できないバカは。
もしかすると人間てのは生態系の頂点ってことになってるけど、単なる勘違いかもしれねえ。
その辺、戒めて生きていかないとこんな未来が待ってるわけだし、楽しくないなマジで。
なんて、
大量のベストに埋もれて考える余裕ぐらいは出てきた頃さ。
「カケル、大丈夫ですか?」
俺の上におっかぶさったベストを払いのけながら、イェンが声をかけてきてくれたのは。
おっと、
イェンももう止めか。
本当の名前を明かして困る要素は無くなってるしな。
少なくとも……俺とおんなじ人間たちのいるとこへ行かなけりゃ。
だから答えたよ。
まだ全然、息が整ってなかったし……てか、吸っても吸っても苦しいんだ。自分のことながら「お前どれだけ吸ったら満足すんだよ!」って腹立つくらい。
陸上の経験があるやつなら分かるだろ?
モノホンの借金も怖えけど、酸素の借金も怖えよな、ほんとに。
とはいえ、ご利用は計画的だったんだけど。
結局は計画的でも無計画でも苦しいことに変わり無し。マジきついね現実ってさ。
さてさて、横道に逸れた話はとっとと戻すか。
まだ心臓もうるさいぐらいドンドコドンドコいってやがったけどね。
「……大丈夫だよ。ちっと埃っぽいけど……橋の上に比べりゃ天国さ。それにケガしたわけでもない。疲れただけさ。少し休めばまた走れるよ……クイーン」
ベストの上へ仰向けになりつつ、俺が少し遠慮がちにそう言うと、イェン改めクイーンは何か複雑な表情をして返事をしてきた。
「クイーンは……やめてください。私はその名前……呼ばれ方が好きではないので……」
「……?」
この時は、なんでクイーンが本当の名前で呼ばれるのが嫌だったのか分からなかったが、とりあえず当人が嫌がってるものを無理に通す必要も無い。
てわけで、また呼び名は変更。
イェン改めクイーン改めまたイェンに。
「……オーケー。じゃあイェン、悪いけどこの先は何をどうするのか教えてくれるか? 俺が知ってることはほんとに最低限のことだけだからな。こっから先の予定は何も知らないんだ」
気のせいかな?
呼び方を元に戻した途端、イェンの表情が柔らかくなったように見えたよ。
ま、呼び方ひとつで喜んでもらえるなら、いくらでもお望みの呼び方をいたしますとも。
「はい、では現状説明を。このホバー・クラフトは現在、マルチパーパス・ブリッジの約2600メートル地点を通過中。速度は約5ノット(時速約10キロ)を維持。貴方を追っていたHF2体が破壊された今、これ以下の速度でも問題は無いのですが、それは単に追撃される危険性がほぼ排除されたからという理由に過ぎません。それよりも深刻なのは予定以上に異常加速の負担が大きかったことです。先ほどの高速運用でスカートに付着したアスファルトはホバーの安定を保てるほぼ限界。元より、低速運用でも移動可能距離は8000メートル前後と試算していましたが、もはや現行速度ですらあと3000メートル前後でホバーの機能は停止すると予想されます。つまり……」
「分かってるよ。残り5キロちょいは俺が自力で走れってんだろ?」
「すみません……大したお力にもなれず……」
「気にすんなってイェン。元々この仕事は俺が任せられた仕事だ。サポートしてくれるのはうれしいけど、それはあくまでもサポートだ。最終的には俺がどうにかしなきゃならないことに変わり無いのは当然さね」
そういうこと。
だからそんな暗い顔すんなよイェン。
大丈夫、たかが残り5キロ。
しかももし後ろのHFが性懲りも無く追っかけてきたとしても、あっちとこっちの距離は今の時点でも3キロ近く開いてる。
どうやって追いかけてこようと追いつかれる心配なんざ無いさ。
のんびりジョギング気分で搭にゴールインしてやるよ。
とか、気楽に思ってたところだ。
イェンがまた改まって話しかけてきたのは。
「……ところで」
「ん?」
「カケルは……先ほどブランクで起きた爆発には気づいていましたか……?」
「あー……」
あんま話したくない話題が出てきちまった。
つっても、話さず済ませられることでもないか。
ある意味、今回一番の功労者の話だからな。
無茶な仕事を任せられはしたけど、恩には感じてるよ。
それに、
命を捨ててまでこいつをやり遂げようとしたやつの話だ。無下にゃできないね。
「ご存じなら話が早いです。あの爆発の規模ですし、疑いようも無くボス……ジンは破壊されたでしょう。元来、自分が確実に破壊されるようにホールの爆破工作もしていましたし……」
「確実に自分が破壊されるように……か。生真面目っていうか、何というかな……」
「ジンは本物のジンにこの計画を委ねられた時から、こうなることを予期し、同時に望んでいました。役目を終えた道具は後を濁さずに消えるべきだと……」
「俺個人の気持ちからすれば、出来れば死なずに済む方法を取って欲しかったけどな……けど本物のジンからか……もしかして、ジンもキングって呼ばれるのは好きじゃなかったクチ?」
「……はい」
「ふたり揃ってそこまで本名を嫌ってるとはね……まあ事情は複雑なんだろうってのは想像がつくけどさ」
「彼の性質を思えば、キングと呼ばれるくらいならいっそフェイク・ジンと呼ばれるほうがよほど望ましい呼ばれ方だったと思います。と言っても、もはや呼ぶべき対象である彼自身がもう存在しませんが……」
言いながら、イェンはどうにも悲しそうな顔をした。
こうなると正直、困る。
俺には大切な仲間なんていなかったし、それを失った経験なんて当然ながら無い。
経験を例えに出して慰めることも出来ないんだから、経験の浅さってのは切ないね。
ん、待てよ?
ジンが死んじまったことが、考えようによっては俺には初めてのそうした体験だったのかもしれねえな。
大切なやつを失う悲しみ……ときたか。
とりあえず言えることは、もう二度と味わいたくないってことくらいだ。
とかなんとか、いろいろ考えてたら、
「それで、その……ジンから……」
「いいよ、そんな言い淀まなくたって。俺にとってもジンていうのは、あのジンだ。ボスと呼ぶには威厳の欠片も無いからずっとジンと呼んでたあのジンだよ。それは今だって変わりゃしないさ」
「……ありがとうございます」
「だーから……イェン、もっと軽い感じで話そうや。で、そのジンがどうしたんだ?」
「はい。とりあえず私から細々と説明するのは無駄な時間を使うだけですので、これを……」
そう言って、イェンは何か角を丸くした薄い板切れみたいのを渡してきた。
受け取って見てみると、どうやら俺の時代で言うタブレットに似てる。
ただし薄さが異常だ。
恐らく2ミリも無いんじゃねえか?
なのにやたら固い。それだけにちょっと怖い。
持ってるのか持ってないのか分からないくらい軽いけど、端っこを持ったら自重で折れちまうんじゃないかと思う感じさ。
とはいっても500年も未来の代物だからな。いくらなんでもそう簡単に壊れる物なんて作らないだろ。
まさか……ね?
「その中に彼の……ジンの遺言が残されています。ここまで辿り着くことができたら、貴方にすべてを知らせるために渡すようにと以前から預かっていました。起動のためのパスコードは音声入力で……」
「ジンの……遺言?」
俺がそう言った瞬間、
ああ、マジで言った瞬間だ。
『やあ、偶然にして必然なるタイムトラベラー君。カケル、この場合は始めましてではなく、また会ったねが適切かな? 何せこれを見ている時点ではもう私たちは顔見知りであるはずだからね。だとしたら良好な関係であることを願うが、これに目を通しているという時点で関係が良好でない可能性はまず有り得ないか。それだけでも嬉しい限りだな』
いきなり渡された板切れからジンの映像と声が飛び出てきた。
なんだこりゃ?
画像は分かるとして、スピーカーも無いのにどこから音を出してんだこれ?
「そう、パスコードは貴方の音声で『遺言』です。後は彼の残したメッセージが自動で流れますので、どうぞ聞いてあげてください」
「あ? え、はあ……」
軽く混乱する俺へイェンはそう言い残すと、そのまま船の操縦室らしきところへ入っていっちまった。
気を散らさないための配慮か。
もしくは死んだジンの声や姿を見るのがつらいから避けたのか。
理由は分からんが、何にせよ俺に対するジンの遺言はといえば、
思っていた以上の長さと、
勘弁してほしいほどの内容の重さだったよ。




