【CARPET BOMBING】
後ろから爆発音がした。
それもかなりデカいのが。
これが何を意味してるか、俺は知ってるだけに胸が潰されるような気分だったよ。
ジンは死んじまったんだってな。
ホール内の支柱すべてに仕掛けをしてたらしいから、まず間違い無くあの映画館も今ごろ瓦礫の山だろうよ。
つくづく、ジンが味方で良かったと思うぜ。
自分の命さえ目的の為ならあっさり捨てるようなやつをそう何人も敵に回してたら、おっかなくってやってられねえ。
でも今は、せめてジンが楽に死ねたことを祈るとしようか。
いや……待てよ?
俺が会い、俺が話して、俺が知ってるジンは、ジンであってジンじゃあない。
今となっちゃあ名前を隠す必要も無いんだ。ほんとの名で送ってやるのが礼儀かもな。
そう、あいつの本当の名前は……、
と、思った瞬間だった。
また爆発。それも今度のは俺の真上だ。
脆くなったコンクリートが粉になって降ってくる。
錆びまくった格子状の狭い通路も赤錆を舞い散らす。
冗談だろ……やっと冷や汗もんの威嚇射撃はしばらく無しで済むかと安心してたってのに。
俺の頭の上に集中砲火でもしてんのか?
ほとんど地震だぞこりゃ。
もう威嚇射撃ってレベル越えてやがるな。ここまで来たら射撃じゃねぇよ。爆撃だ。
しかも絨毯爆撃。
もっとペース上げて走れってか?
マジで勘弁してくれ。
ただでさえペース配分なんかグチャグチャなんだ。
加えてこう何度も緩急をつけて走ってたら限界なんてすぐに来ちまう。
一定のペースで走り続けるより、ダッシュ&ランを繰り返すほうが消耗は激しいんだよ。
錆とコンクリの粉で気管支はチリチリするし、横っ腹もシクシク痛むし、心臓は口から飛び出てきそうになってるし。結構いっぱいいっぱいだぞ?
もしこれがトレーニングの時とかってなら気にもせずやるけど、今はそんなのんびりした状況じゃあねえんだ。
正真正銘、命懸けの鬼ごっこ。
実際こんだけ走って、体は熱くてたまらねえってのに背中の芯だけはずっと寒気がしたまんまなんだぜ?
全身から汗は噴き出してるけど、背中の一部だけは冷や汗が出てんのが分かるのさ。
とはいっても、泣き言ばかりじゃ締まらねえやな。
俺だって腹を決めたんだ。一旦、走ると決めたからには何としたって走ってやらあ。
それに、ちょっと頭を冷やせばこの絨毯爆撃の理由もなんとなく分かる。
予定通りなら映画館の爆破と同時にホバー・クラフトがこっちへ向かってきてるはずだ。
単純な話、俺とホバー・クラフトを合流させたくないんだろ?
だから俺を急かしつけて、少しでも合流を遅らせようってわけだ。
てことは……、
相手もこっちが抱えてる問題に気づいてるってことか。
こりゃ、やっぱすんなりとはいかせてくれそうもねえなあ……。
俺の位置からだと、鉄道橋に等間隔で空いてるスペースから見ようと思えば見れるんだけど、いかんせん、この大騒ぎの中で後ろを振り返る勇気はさすがの俺にも無いわ。
何せ、もういつ通路が落ちても不思議じゃねえ。ボルトが外れてか、コンクリートが崩れてかのどっちでかまでは分かんねえけどよ。
でも近づいてきてんのだけは確かだと思う。
ていうか、思いたいだな。
現実問題として、俺ひとりの力だけでこの橋を渡り切るのは不可能だってのは分かりきってたことなんだ。
何たって10000メートル走にチャレンジしてリタイアした経歴があるからさ。
それが11.2キロなんて走りきれるはずがねえ。普通にやったんじゃ絶対によ。
そこでご登場いただくのが軍用の試作型ホバー・クラフトってわけだ。
手紙で始めてホバー・クラフトのことを読んだ時はもう、やられたって感じだったぜ。
なるほど、真っ黒な水飴みたいになってるここの海じゃあ普通の船は動けねえけど、ホバー・クラフトは宙に浮いてるから、そういった不都合の影響を受けないで済む。
橋の下を船舶が通ると想定して造られてるんだから何かはあるとは思ってたけど、答えを聞いちまえば簡単な話だったんだと、思わず感心しちまったよ。
だけど、そうは言っても橋の下をくぐらせる予定だった大型ホバー・クラフトは結局、日の目を見なかったらしいけどな。
ま、その辺の事情は後でこっちにも関わってくるから、今はどうでもいいか。
とりあえず今こっちへ向かってきてるはずのホバー・クラフトは、サイズ的にそれほどデカくないおかげで橋の下を直進してこれるらしい。
それでも出せる速度の限界は時速で計算すると30キロ程度だって書いてあったから、俺に追いついてくれるのには嫌でも時間がかかる。
え?
500年以上も未来だってのに、たったの30キロしか出せないのかって?
あのさ、俺もそんなに詳しくはねえんだけど、ホバー・クラフトってのは船と違って宙に浮いてる分、重心を安定させんのが難しいらしいんだよ。
船だったら船底のいい具合の場所を重くしたりして重心を安定させて、ちょっとそっとの風や急加速、急旋回でも転覆しねえが、ホバー・クラフトは下向きに高圧の空気を吹き出して浮いてるから、元から重心そのものが危なっかしいんだわ。
だから速度を出そうと思えば出せるけど、ひっくり返ったり、つんのめったりしても知らねえぞってことなわけだ。
しかしよ。
それはあくまで主な理由。
問題はそれだけじゃねえ。
どのみちホバー・クラフトと合流できても、それではい、後は悠々と搭まで船旅をってわけにはいかねんだよな。
考えてみれば、これもそりゃそうだって話なのが逆にキツイ。
ホバー・クラフトはあるけど、大型のは無い。
ホバー・クラフトはあるけど、試作しか無い。
つまりはそうなる理由があったってことさね。
おっと、
色々と考えてる間にそろそろ出口だ。
急いでたんだから早く着いたはずなんだけど、やたら長く感じたぜ。
はてさて、
そうすると残る問題は外に出てからの奴らの攻撃がどんなものかってとこか。
橋の下に潜っててもこれだったわけだし、外に出たらどんだけのことになるやら、想像するのも嫌になるな。
てか、ほんとに威嚇で済むのか?
外に出て、無防備にこんな勢いの攻撃されたら、直接は当たらなくても何かの拍子でケガくらいはさせられそうで怖えよ。
といっても、こん中にいたままじゃあ、もしホバー・クラフトが追い付いてくれても乗り込めねえし、それ以前にいつこの通路だって落ちてもおかしくない状態になっちまってるし。
所詮、どう転んでも俺には悩んだり選んだりする権利が無いのは変わらないってわけね。
いいとも、自分で望んでその道に決めたんだからよ。
一度は決めた覚悟なんだから、男らしく最後までやり通すさ。
とは……分かっていても、覚悟ってのは揺らぐもんだな。
怖いもんは怖い。情けねえけど、これが真実。
けど、問題はそこじゃなくて行動そのものだ。
心ん中でどんなにビビってたとしても、ちゃんと動けりゃ文句は無え。俺自身の問題として。
ほんと、頼むぜ俺。
どうにか最後までこの痩せ我慢を持ち堪えさせてくれ。
どうしても死ななきゃいけない時が来たとしても、息の根が止まる瞬間まで俺はかっこつけていたいんだ。
頼むから、かっこつけたままで最後までいかせてくれよ。




