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【FUTURE STRIDE】  作者: 花街ナズナ
22/43

【LOOPHOLE TERRIBLE】

やっぱり自分が立てた作戦てわけじゃなくても、思った通りに事が運ぶと楽しいもんだな。


連中、今ごろは何がどうしてどうなったのかも分からなくって、アワアワしてんだろうなって思うと余計にさ。


でもこれで浮かれてる場合じゃない。


あくまで最初の作戦が成功しただけのこと。

つまりは橋への侵入に成功しただけのこと。


レースの参加資格を得たってだけで喜んでたんじゃ、油断も大概にしろって話になる。


全部、こっからなんだよ。何から何まで、こっからなんだ。


思い、気を引き締め直した俺は予定通り無理の無いペースで橋の上を走り続けた。


HFの速度制限は20キロ。対して俺に速度制限は無い。

といって、人間の俺は速度制限が無い代わりに速度限界がある。


俺は100メートルなら12秒台を切れるから、時速に換算すると最高速は32か33キロ。


だが当たり前だけど、全速力をいつまでもなんて無茶だからな。ペースは自然、落とさざるを得ない。

ジンの指示が有る無しに関わらずね。


とりあえず今は以前に試しで出場した10000メートル走の時のペースで走ってる。


あの時は長距離のペース配分が分からなくて途中で棄権しちまったけど、今もその時とおんなじくらいのペースかな。

体感的に20キロちょい出てる感じだ。


ほんとはもう少し減速しないと先が続かねえからヤバイんだけど、そう何でも思うようにはいかないんだよ。


聞いてた以上に橋の上が悪路だったのが大きいね。


砕けたり、めくれたりしたアスファルト。転がった金属片やガラス片。ぶっ壊れてそこらで道を塞いでる大量の車。


こういったものに邪魔されながらHFどもに追いつかれないようにするには、気持ち早めのペースで走ってねえと危ない。

転んだりしたら一発で追いつかれるから、転ばないことにプラス、距離を出来るだけ稼いでおくってのは大切なんだ。もしもの時を考えて。


時速20キロってのは、継続して考えると決して遅くねえ。


そりゃ、全力で走り続けられるんなら俺は絶対に追いつかれない自信はあるぜ?

けど、それはスタミナが持たないから無理だ。


ここまで進んだ感じで自分を客観的に見ると、恐らく20キロ超のペースで走り続けられるのは良くて5キロ。悪くすると3キロいけないかもしれない。


平坦でコンディションの整った陸上トラックなら話は別だけど、こうも足場が悪いとエネルギーロスがどうしたって多くなる。


筋肉や関節にも負担がかかるし、そのせいで必要な酸素量も増えるから余計にきつい。


所詮、俺は長距離向きじゃ無かったってことだな。ほんと、11.2キロは長えよ。


つっても、泣き言を言って距離が縮まるわけでもねえしな。


今はとにかく20キロ超で走り続けることだけ考えればいい。その先はその先で指示されてるしね。


ただ……他にも気になることはあるんだ。


これもジンの手紙に書いてあったことなんだが、どうやらHFの速度制限には、ちょっとした(抜け穴)があるらしい。


工夫によっちゃあ、20キロ以上で移動することも出来るんだとか。


これを知った時、とりあえず俺はひとりで(そりゃいくらなんでも無理だろ……)って顔をしたのを覚えてるよ。


あくまでもHFは20キロ以上の速度で向かってこれないって前提があるから俺だってどうにかなるかもって思ったのに、この前提が崩れたらさすがに厳しいって思うのは当然だろ?


俺の最高時速は33キロが限界。しかも最高速度で走り続けられるのはどう長く見積もっても200メートル前後だ。


手紙で知れたのは単にHFが20キロ制限を超える速度で移動できるってことだけで他に細かな説明は書いてなかったから、どうやって20キロ以上で移動するのか、どのくらいの最高速度が出るのか、その速度をどれだけ出し続けられるのか、分からない部分が多いんだが、そうなると身構える側の俺としては、自分の最高速と、それをどこまで維持できるかに関心が移るわけさね。


相手の情報が分からないんだから、それをやられた時に自分がどこまで対応できるかを想像しておくぐらいしかやれることなんて無いからな。


とはいえ、悲しいほど簡単な計算だよ。


もしHFが33キロを超える速度で移動出来て、しかも200メートル以上それを持続させることが可能だとしたら俺の負け。


1足す1は2ってぐらいに単純な話だ。それだけに怖え。


だってこういう時、出来ることは祈ることだけだろ?

何に祈るかは人それぞれだろうけど、とにかく祈るしかねえわ。

どうか俺より速く動きませんように。それがダメなら、せめて長くその状態を維持できませんように。


あっと、

いけねえな。気が散ってて無駄なことしてんの思い出したぜ。


青いシールのカバン。こいつはもう用済みだ。


お世辞にも軽くはねえし、さっさとこんなもんは捨てちまおう……って思ったところで、何か後ろから爆発音がした。


結構、距離がある。けど何が理由で爆発なんか?


俺の使った爆薬が残ってたなんてことは無いだろうし……とか考えてる最中さ。

ひどく手荒な方法でその理由を教えてもらえたのはね。


後方で爆発が起きたのを、音と振動で察してから俺がその意味を考えていた時間がどのくらいだったかは体感時間だからはっきりしないが、恐らく10秒前後ってとこだろうと思う。


そう。その、約10秒後だよ。


突然、走ってた俺の右斜め前方に止まってた車が爆発した。


いや、すぐにそれは車が爆発したわけじゃないって気が付いたけど、さすがに動揺するだろ。

まさか間近でいきなり車が吹っ飛ぶなんて思ってねえからさ。


車は火柱を上げてほぼ真上に5メートルほど高く浮いたかと思うと、ドスンと重い音を立てて元いた場所とほとんど変わらないとこへ落ち、金っぽいギシギシした音を響かせながら車体を揺らしてる。


硝煙を辺りにくすぶらせながらね。


思わず、この光景を見て呆気に取られてると、そこで答えのお知らせが聞こえてきたよ。


「おーい、そこの人間。こんなとこでお散歩か? 勇気があるのか、それとも単に馬鹿なのか分からないが、とりあえず俺らも混ぜろよ」


始めに感じたのは、声の聞こえてきた方向のおかしさだ。


もしもHFが俺を追ってきてるとしたら、声のしてくる方向は真後ろじゃねえのか?


なのに、聞こえてきた声は、


限り無く俺の真上に近いとこから聞こえてきた。


ああ、はっとして見上げたよ。空をさ。


そしたら、考えたくも無い……というか、現実だと思いたくないものが目に入ってきちまって唖然となったね。


俺はこれまで相手にすることになるだろうHFたちを生では見たことが無かったけど、ジンの話からきっちり正装の軍服を着てるって特徴は知ってたからな。まあ間違いはないと思ったけど……同時に間違いであってくれとも思った。


だってそうだろ?

見た目は軍服姿の人間らしきやつがふたり、ものすげえ勢いで空を飛んでこっちに向かってきてたんだぜ?


一瞬、マジで自分は夢でも見てんのかと思ったよ。


でもさ、今さらだけど俺はもう修羅場に足を突っ込んでんだよな。


現実的だとか非現実的だとか、そんな小さいこと気にしてる暇なんて無いってことを、皮肉にも飛んできたもう一体のHFが気づかせてくれたさ。


足元で大量の爆竹を破裂させられたような錯覚でね。


「のんびりするな人間。命が惜しいならもっと必死で逃げろ。俺たちを退屈させるな」


こっちのほうは口調こそ落ち着いてやがるが、言ってることが物騒な分だけ逆にヤバい感じがした。


てか、どっちも空を飛んでるって時点で違う意味でヤバい感じがすごかったけど。


と、普通だったら矢継ぎ早に次から次、いろんなことが一度に起きてパニクるような状況だったけど、俺は変に冷静になったんだよな。

足元で破裂した大量の爆竹のせいもあって。


実際には、それは爆竹じゃなくて機銃掃射だったことを足元へ点線みたいに空いた穴を見て気付いたせいで。


そして一旦、冷えた頭はすぐさま状況を理屈に沿って分析してくれた。


空を飛んでるもんだと思ってたHFは、正確には(飛んでる)というより(跳んでる)状態だったのさ。

その証拠に、どちらも緩やかな放物線を描いて落下を始めてる。


そこまで確認すると、もうこいつらがどうやってこんな真似をしたのか、ほぼ想像がつく。


まず背後で聞こえた爆発音が鍵だ。


何をどうやったかは分からねえが、こいつら何か爆発の反動を利用して飛んで……じゃねえ、跳んできやがったんだろう。


だからこんな弧を描くように空を……って、そこで俺ははたとしたよ。


俺ときたら、気を取られてて足が止まってたんだ。

対してお空のHFはまだまだ滞空時間に余裕がある。

高さと速度からして、もうすぐ俺を追いぬいて……。


なんて、冗談じゃねえや!


先にいかれたらもうこれ以上は橋を先に進めなくなっちまう!

しかも引き返そうにも、恐らくは待ち伏せを用意してるはず。


挟み撃ちになって八つ裂きになるとか、笑えるかってえの!


思ったのが早いか、それとも体が先に動いたか、何にせよ俺は咄嗟に走るのを再開した。


全速力でね。そうとも、マジもマジの全速力さ。

こうなったらペース配分だとかお上品なこと考えてられねえよ。


追い抜かれたら確実に殺されるって分かってんだからな。


ぼーっとして潰しちまった時間を後悔したってどうしようもない。

一気に詰められちまった距離を嘆いたところでどうしようもない。


考える暇があるなら走れ俺!


一声、心の中で自分自身に喝を入れた俺は、馬鹿みたいに持ちっ放しだったカバンをほっぼり投げると、やにわに凸凹したアスファルトを蹴り上げ、障害物レースみたいに配置された車を避けつつ、数秒後には欠乏した酸素で悲鳴を上げるだろう自分の体のことなぞ考えず、今この瞬間に出せる限界のスピードだけを追い求めて疾走した。


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