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【FUTURE STRIDE】  作者: 花街ナズナ
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【uncertain jammer】

私も自我に目覚めたHFだ。

ゆえに腹を立てるという反応も起こす。


手駒が指示した通りに動かなかった時にも立腹するし、良い案が浮かばない時にも立腹する。


人間ならばこういう反応は極めて自然らしいが、私としては常に冷静でいたい。


感情なんて無駄なものに振り回されて、作戦を失敗することがあったりしたら、それこそ笑えないからね。


だが、そうは思っていても感情は湧き立つものだ。

特に私が苦手としているのが以下のふたつ。


自分の考えた作戦が、相手に読まれていた場合。

相手の考えた作戦が、私には読めなかった場合。


今の状況はまさしくその両方が同時に起きている。

後手のふりをして先手を取るつもりが、さらにその裏をかかれて先手を取られた。


しかも被害は甚大だろう。予測の範囲だけでも。


正直、私は無事な駒たちからの通信を聞きたくもなかったよ。

地下にいる私にすら大きな揺れと爆発音が聞こえたということは、現場の惨状はほぼ想像がつくからね。


だから私は急ぎ足で階段を上っている。

とてもじゃないが、もう地下に引きこもって指示を出すような余裕ある状況じゃない。


ジンが優秀だとは理解していたつもりだが、まだ私の認識が甘かった。


が、もう手抜きは無しだ。

恐らくジンは死に物狂い。


ならば私も死に物狂いで戦わなければ勝てない。

勝つための執念なら、私だって人間には負けないつもりだよ。


思って、階段を駆け上がる私に入ってきた通信はやはりビショップ2からだった。


ここで私が始めにしなければならなかった仕事は、まず階段を駆け上がりながら明らかに動揺した声で通信してきているビショップ2をなだめ、外の状況を把握すること。


まあ大きく先手を取られたんだから、これは仕方がないだろうね。


『マスター、マスター! 応答してくれ!』

「そう急かさなくても応答する。ビショップ2、とにかく落ち着け。まず何が起きたのかを順に説明してくれないか」

『あ、ああ……まず途中で通信が切れるまでの状況からでいいか?』

「ロック・オン出来ないと話していたところだな。頼む」

『ロック・オン出来ないのが分かった時点で、あんたにそれを報告しながら私は再度、自分ののセンサー周りをチェックし直した。結果はどれも正常。映画館から出てきた人間をどのセンサーも完全に捉えいてる。今現在もね。それから始め5キロだった人間の時速が7キロへ上がってから一旦、徐々に5キロ付近まで戻り始めた。が、橋まで40メートル付近に来た時だ。急に人間の速度が31キロまで上がって……気がついたら人間が右手に持っていたカバンをポーン3とポーン7が身を潜めてたバスに向かって投げて……それからは滅茶苦茶だ。ひどい爆発が起きて……なのに……人間だって、これだけの煙と爆音で、眼も鼻も耳も利かなくなっているはずなのに……もう橋に侵入している。現在の時速は24キロ。橋の500メートル付近に到達する勢いだ。それと、ポーン3とポーン7の識別信号は途絶したまま……』

「そうか……完全にしてやられたな。ポーン3とポーン7はもう破壊されたと考えるべきだろうね。にしても人間……恐ろしくしたたかだ。思うに最初ゆっくり歩いていたのは橋の入り口付近の状態を確認するためと、私たちの動揺を誘うためだよ。事前に地形を頭に叩き込んでいたから、その爆発の中でも橋に向かって直進できたんだろう。ジンのやつ……手駒も良いものを持っていたわけか……」

『動揺を誘うって……それはつまり、ロック・オンが出来ない事実をわざと俺たちに知らせてってことか? だが相手の意図は分かってもその手段が分からない……ロック・オンも依然、出来ないままだ。悪いがマスター、ここまで不可解な現象にはとても対処しきれない。それとも私に何か落ち度でもあるのか?』


不安そうな声だ。

いや、不安にならないほうがおかしいだろうな。


何せ理論的には有り得ない話さ。すべてのセンサーが正常に対象を捉え、認識しているのにロック・オン出来ないなんて。


喩えるなら、そこに存在するのが分かっているのに、「では絶対にか?」と言われると断言が出来ないといった感じだと表現するべきか。


どちらにせよ何があったのかはもう分かっている。何をされたのかも。


ということは、今なにより優先すべきはビショップ2を始めとした駒たちへの説明だ。

焦りや戸惑いでこれ以上、相手に時間を稼がせるわけにはいかないからな。


「いいや、お前に非は無いよ。確か人間は両手にカバンを持っていたと言ってたね。思うにその残った一方の中にロック・オンを妨害する装置が入っているのさ」

『え……だが、そうだとしたら普通、こちらのセンサーに異常が出るはずだろう。熱感知センサーには反応するのに動体センサーが反応しないとか、光学センサーには反応するのに音波センサーには反応しないとか……や、それどころかロック・オン出来ないとなるとどのセンサーにも反応しないか、数値が異常な変動を起こすかしないと説明がつかないぞ。どのセンサーもひとつでも正常に反応しているなら、ロック・オンは可能なはずだ』

「まさしく、普通はそうだな。ロック・オン自体は対象がどこに存在し、どこへ移動しているかが分かれば出来る。正常に作動しているセンサーがひとつでもあれば、ロック・オン出来るのが普通だ。けど、そこを逆手に取ったジャミング・システムもある。ただし、これを実戦で使うメリットはほぼ無いはずなんだがね……」

『……そんなものが存在しているのか? 聞いたこともないが……というかそんなシステム、どういう理屈で出来ているのかすら想像できないぞ』


だろうねえ。私だって知っているだけで実物を見たことは無いし、第一これを使う場面なんて想像できなかったよ。


でも勉強にはなった。

どんなに奇妙な機能でも、状況によって必ず使いどころは発生すると。


「お前が知らないのも無理は無い。何たって実戦配備をされたことがないんだから。様々なジャミング・システムの研究経過の中、可能性のひとつとして作られただけの、ある意味で幻のジャミング・システム……」

『……幻?』


そう、幻だ。

試しに作ってみたというだけの、とてつもなく意味不明な装置。


「正式採用もされず、試作だけで終わったから通称すら無いが、そのままの名だ。アンサーティン・ジャマー……(不確定式妨害装置)」

『アンサーティン……?』

「通常、ジャミング・システムは相手のセンサー類を妨害するため、同周波数帯の波をぶつけて攪乱したり、相殺したりする。光学センサーなら光の波、熱感知センサーなら熱の波をね。これだけだって相当な手間さ。いや、とんでもない手間だよ。常時周波数帯を変更する最新のジャミング対策型センサーの場合、常に相手が変更する周波数帯に合わせ、こちらも妨害波を変更しなければならないんだから。にもかかわらず、その手間をさらに数倍も増したジャミング・システムがアンサーティン・ジャマーだ。このシステムは相手のセンサーに対してわざと正常な反応を示すように設計されている」

『正常って……それじゃジャミングしていないのと同じじゃないのか……?』

「ところがどっこい、そんなわけはない。正確に言うと限りなく正常に近い、だ。センサーが正しいと認識するギリギリの周波数帯を出すことでセンサーが正常動作しているものと思わせつつ、同時にごくごく小さな誤差を生じさせ、存在の認識は出来ても誤認の可能性を孕ませることで情報の確定をさせないようにするという、恐ろしくトリッキーなジャミング・システムなのさ。だからすべてのセンサーが正常に動いているように見えて、確定判断まではさせないからロック・オンを回避できる。ディセプション・リピーター(Deception repeater……欺瞞反復装置)の発展版と考えれば分かりやすいかもしれないな。けど、対策は馬鹿馬鹿しいほど簡単だよ。単に情報確定ができないだけであって、その情報誤差はほとんど無いに等しい。つまりロック・オンせず手動で狙えばいい。ただし、その単純さゆえに今回は見事に引っ掛かってしまったけどね」

『……』


言葉を失ってるなビショップ2。

無理も無いか。私だって空いた口が塞がらない。


こんなふざけた装置が役立つ場面なんて、こうして有り得ない状況……というよりも有り得ないと思い込んでしまう相手の心理を突いて隙を狙う以外に無い。


しかももっと早く予測していれば、問答無用で人間は蜂の巣に出来た。


ただ、そこも見越しての動きだったんだな。


気付かれればすぐ対応可能な策だと悟られないよう、あえて急がなかった。

これが最初から全速力で向かってきてくれていたなら、私も咄嗟にこの装置の可能性を考えただろう。


ところが余裕でもあるようにのんびり歩き。

何か私の知らない特殊なジャミングの方法でもあるのかと狼狽してしまった。


駒たちも同じく混乱し、すべての対応が一歩も二歩も遅れた。

さすがと言っておくよジン。やはり心理戦は人間のほうが一段上というわけだ。


けど、それもここまでた。

次は私の本気を見せてやるよ。


「ビショップ2、ポーン3とポーン7は破壊されたものと判断し、次の作戦行動に移る。ポーン6とナイト2に人間を追わせろ。威嚇射撃をしながらね。無論、先ほど言った通り手動操作でだ。なあに、威嚇射撃を始めたらすぐ人間は装置を捨てるだろう。そうしたら改めてロック・オンを掛けろ。お前とルーク1、ポーン6とナイト2、全員だ。何があろうとその人間を橋から逃がすな!」


後半、語気が荒くなったのを自覚した。


そうさ、興奮している。ありありと感じる。

腹立たしくもあり、楽しくもありの複雑な気分をね。


いいぞ、始めようじゃないか人間ども。


楽しい楽しい、命懸けの追いかけっこを。


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