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【FUTURE STRIDE】  作者: 花街ナズナ
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【STRAY SHEEP】

さて、

この状況をどう説明したもんだろうか。


汚れたコンクリートの地面に尻もちをついている俺。

それをぐるりと取り巻く何人もの男ども。


その誰もが、いつ洗ったのかも分からないボロ布みたいな服を着、手に手に角材やら鉄パイプやらを持ち、えらく怖い顔をして俺を睨んでやがる。


まあ少なくとも(かなりヤバイ)ってことだけはハッキリしてるんだが、他が色々と分からないことだらけで手が付けられない。


何が難しいって、こんな状況に陥っているにもかかわらず俺には自分の今いる場所すらどこなのか皆目見当がつかないんだから。


あ、(ここはどこ、わたしはだれ?)とか、そこまで致命的なわけじゃないからまだマシとも言えるのか?

さすがに自分が何者かぐらいは分かってる。

だから少なくとも頭のほうはちゃんとしてるはずだとは思う。


俺の名前は西向駆にしむき かける。歳は今月で十六。

この前、ようやく受験勉強の煩わしさから解放され、平均よりちょい下の普通科高校に入ったばかりだ。


中学からずっとやってた陸上をスッパリやめて、心機一転の高校生活を夢見てたんだけど、まさかその矢先でこれとは……ほんと、人生って分かんねえもんだな。


なんて考えてると、


「おい、黙ってないで何とか言ったらどうなんだ!」

「お前はどこから来た!」

「何者だ貴様は!」


俺を取り囲んでる連中がまた騒ぎ出す。


さっきもこれだった。

一斉に怒鳴りつけるみたいな声で質問されたってこっちが困る。


聖徳太子じゃあるまいし、いくつもの質問を同時に理解して返事なんかできるもんかい。

大体、質問したいのは俺のほうなんだ。


ここはどこ?

たったひとつ、この質問をしたいだけ。


なのに、それすらさせてくれそうな雰囲気じゃあない。

下手すりゃボコボコにされるか、あるいは間違うと……、


(殺されるかもしれないな……)


そんな感じはムンムンと漂ってる。こういうのを殺気っていうのか?


とはいえ、だ。

質問の仕方が気に喰わないのは間違い無い。


こちとら訳も分からないことで怒鳴られて気分を害さないほどお人好しでもない。


だから黙る。

右から左と視線を走らせ、こいつらの様子を見つつ。


怖くないと言ったら嘘になるが、じゃあ腹が立たないかと言えばこれも嘘になる。

結果的には恐怖心より、この連中の態度に対する怒りが勝った感じだ。


すると、

どの程度の時間が過ぎた頃か、周りの連中が隣り合った奴とヒソヒソ話をはじめやがった。


「どうする?」

「面倒だな」

「やっちまうか?」


聞かせるつもりなのか、そうでないかは知らないが、声をひそめても丸聞こえな会話。

もし俺には聞こえてないつもりだとしたら、こいつらとんでもない間抜けの集まりだと半ば呆れたりもしたが、最後の文句はさすがにちょいと気にかかる。


(やっちまうか?)


これに(殺)って字を当てて、(殺っちまうか?)という意味で言ってるとすれば俺としてはどうにも穏やかでない。


いや、穏やかでないなんて言うなら、もうとっくの昔に穏やかなんかじゃ無かったんだが。


とにかく、

事態が悪化しこそすれ、良くはなっていないと感じた俺は、仕方なく動かしたくもない口を動かすことにした。

最悪、気乗りしないなんて理由だけで殺されたら楽しくないからな。


で、わざとらしく、奴らに聞こえるような大きい溜め息を吐き、声を張りながらも気だるさを強調し、一言。


「……めんどくせえな……」


もちろん連中、無駄なヒソヒソ話を止めて俺に再度注目した。

ハトが豆鉄砲でも喰らったような顔ってのは、恐らくこんなだろうって顔して、揃って素早く首をこっちへ向けて。


だがまだ足りない。

注目を集めた後。ここからが勝負だ。


連中の目が俺に集中してるのを確認しながら、俺は尻もちついた体勢を立て直し、ゆっくりあぐらをかいて座り直すと、自分の膝で頬杖を突いて言葉を継ぐ。


「人から話を聞きたいのか、それとも聞きたくないのか、はっきりしねえ奴らだな」

「なんだと!」


はいオーケー。大変よいお返事です。


囲んでる奴らの中でも特に若くて血の気が多そうなのが、俺の言葉に反応してがなり立ててきやがった。


まさしく狙い通り。

そこで焦らず、やおらその血の気が多そうなのと目を合わせる。


胸の中でチリチリしてる恐怖心は見せないよう、細心の注意を払って。


「さっきから黙って聞いてりゃお前ら言いたい放題じゃねえか。ハナから人に向かってさんざ怒鳴り散らしやがってよ。自分に置き換えて考えてみやがれ。こんなケンカ腰の態度で、しかも集団で取り囲まれて、話を聞かせろなんて言われてはいそうですかと受け答えする奴なんかどこの世界にいるってんだよ!」


我ながらドデカイ声を張り上げて一気にまくしたててやった。


途端、空気が変わる。

連中、ざわつき出したと思ったら、また隣同士でヒソヒソと始めてる。


と、少しして、


「……じゃあ、お前……」


今度は連中の中でも年嵩らしいおっさんが、ちょいとマシな口調で話しかけてきた。


「お前は……奴ら……とは、違うのか……?」


自信なさげに。まるで俺にじゃなく、自問自答でもするように問うてくる。

が、少しばかり困った。


このおっさん言うところの(奴ら)ってのが、何を指すやらまったく見当がつかない。


下手な返事をすると、せっかくまともな会話ぐらいは可能になった状況から一変、袋叩きにされてあの世行きなんてことも余裕で想像がつく。


ただ、


会話の鉄則その1。

話の主導権は常に質問者が握る。


「……まあ、気持ちは分かるぜ。まずはそこを聞きたいのが普通だろうな。けど、物事には順序ってものがある。人に質問したければ、まずはこっちの質問に答える。それが筋だと思うが違うかい?」


平静を装い、なお話を合わせつつも、上手く横へとずらしてはぐらかす。

何にしても情報が足りない。


このままじゃ危なっかしくて下手な答えは言えない。

なんとしてでも質問はこっちが先。答えを聞くのもこっちが先。そうでなけりゃマズイ。


「俺の言ってることは至極簡単なことさ。お互いに信頼関係を築くってのは難しい。けど、それをやらなきゃ話なんて成立するはずがない。見ての通りで俺は完全な丸腰さ。敵意も無い。というより、敵意があるならとっくに何かしてるだろ?」

「あ……む……」

「そして俺が要求してるのはたったひとつ。先にまず俺の質問に答えてくれ。そうすりゃこっちもされた質問に答えていく。そう言ってるだけた。武装を解除しろだとか言うなら別かもしれないが、俺の言ってる要求を満たしてそっちが何か損する要素がどこかにあるか?」

「……」


理想的な展開だ。

おっさんが黙りこくるのと合わせるように、他の連中も黙っちまった。


こうなってくれれば、話も誘導しやすい。


「いいさ、ゆっくり考えてくれ。そっちも聞きたいことは色々あるだろうが、今話した通り、質問の順番すら譲れない連中に、貴重な情報を話してやるつもりはない。付け加えるが、力ずくでどうにかしようなんて考えるなよ。それこそ最悪の態度だ。俺がそういう連中には死んだって口を割らない人間だってことは先に言っておくぜ」


本来は自己防衛の言葉。

マジで力ずくなんてされたらシャレにもならないと、先回りして釘を刺してみたが、意外や意外。これがビンゴ。


「人間!」


急に口を閉じてたおっさんが叫ぶ。


それと同時、他の奴らと同様に俺から距離を置いていたおっさんは駆けるように俺へ近づいてくると、膝をついて俺の目をじっと見、言葉を続けた。


「い、今、お前……や、あんたは自分のことを人間って言ったか……?」


また話が見えない。


人間?

だから?


たかがそんな一言で、どうしてこんな過剰な反応をする?


本心ではより一層の混乱で、頭も心もこんがらがってしまった俺だったが、ここで弱みを見せたり、話の筋を乱したりしたら元も子もないと、半ばひねり出すようにして回答する。


「そ……りゃあ、当然だろ。人間さ。人間で無かったら何だっていうんだ?」


相手が望んでいるのなら、それがどれほど訳の分からない答えでも言っておく。

特に、少なくとも現時点でその答えが自分に不利益とはならない答えなら。


ところが、


「騙されるな!」


囲んでる連中のうち、誰かが叫んだ。


「奴らなら自分のことを人間だって騙るくらい、簡単に出来るじゃないか。そんな口先の言葉で騙されるもんか!」


まただよ……。


どうしてこう、さっきから見えない話を皆さん揃って延々としやがりますかね。


何とか情報を聞き出して、今の状況を少しでも理解しようと努めている俺の努力を何だと思ってやがるんだか。


思い、当惑の感情へ苛立ちが上乗せされたところに、良くも悪しくも件のおっさんが断言口調でこう返した。


「いや、それは絶対に無い」


言いつつ、声のしたほうへおっさんは体を向けると、諭すように続ける。


「奴らは異常にプライドが高い。そして人間というものを見下している。仮にどういう事情があるにせよ、間違っても自分のことを人間だなどと騙ったりはせん」


当惑と当惑で苛立ちのサンドイッチが出来上がり。

入ってくる情報量の極端な少なさと、重ねてその意味不明さに頭が痛くなってきた。


しかし、

願っていた流れは、知らぬ間にもう出来上がっていたらしい。


「……あんた」


軽く思考がどっかへ飛んでいたところに、おっさんが振り返って俺を呼ぶ。


「行き違いがいろいろあったことはすまなかった。分かってるだろうが、こちらも命懸けだ。警戒が過ぎたのは謝るが、あんたも突然ここへ来たのがいけない。何の連絡も無しに知らない人間が来ればこうなるのも仕方ないと思うが……」

「あ……ああ、確かに……その点に関しては全面的に俺が悪いと認めるよ。でもそれにはそれなりの事情ってもんがあるってことは察してもらえるだろ?」

「無論だ」

「なら……有り難いね……」


一応、話の辻褄は合っていたようで助かった。


けど、問題はまだまだ多い。

というか、問題は増えていってる。


どうやってこのハッタリを後で埋め合わせるか。

ちょっとそっとの辻褄合わせで回収できる内容じゃない。


ひとつの嘘をつくと、その嘘を誤魔化すためにまたさらなる嘘をつく破目になるとは知っていたが、これはなんともマズイ。


マズイ……が、

何より今は無事にこの状況から抜け出す算段をするのが大事だ。


後のことは、それこそ後で考えよう。

思って開き直り、気が緩んだところへ再び件のおっさん、


「それで、あんたの質問というのは?」


いきなり聞いてきやがった。


なんというかこう……人間ってのは悲しいね。

不意を打たれるとつい、本音が出ちまう。


ふと力が抜けてた俺は、聞かれるまま、素直に、


「あ、質問……そう、俺が聞きたかったのは……」


言っちまったよ。


「ここはどこだ?」


その時の、その場の空気ときたら……、


自分でやったしくじりではあるんだが、我ながら手の施しようが無いって表現がピッタリの、まさしく鉛みたいに重たい空気が辺りを包んじまったね。


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