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【FUTURE STRIDE】  作者: 花街ナズナ
19/43

【walk tall】

カオの話では、ジンは昼になったらタイムスリップしてきたとかいう人間を橋に向かわせると言っていたらしいが、まあこれは当然、有り得ないね。


ジンは他の人間たちとは頭の中身が違う。

今までも、それで何度となく痛い目を見せられてきたから分かるんだ。


あいつに関しての情報は何ひとつとしてまともに受け取れない。

あいつはいつだって息を吐くように嘘をついてきたからね。


たまに思うよ。もしかしてジンは私の考えや行動をすべて知っていて、そのうえで知らぬふりをしてるんじゃないかと。


そうとでも考えないと、辻褄が合わないことも多かった。


人間が我々に攻勢をかけるようになったのも、ジンがマーに代わって新たにブランクのボスになってからのことだ。

それまではこちらが一方的だった。


というより、人間たちが勝手に自滅するのを見ていれば良かったぐらいだったというのに、あいつが来てからはまさしく状況が一変してしまったよ。


何もかもがジンの差し金というわけでもないだろうが、少なくともあいつが絡んでいると思しき罠に引っ掛かって、私の駒は半数以上が破壊されてしまった。


だから、あからさまにジンが関わっている今回の件については絶対に油断をするわけにはいかない。


だがジンと人間たちの始末はあのカオがやってくれる。そこだけはひとまず安心して良いというのは有り難いな。


もうこれでジンの罠に悩まされることも無くなる。今回を限りに。


マーと同じく、カオも素晴らしく人間的だ。


目先の欲得に気を取られ、結局は自分を含めた人間すべてを滅ぼす。

共食いでみんな仲良く死んでゆくんだから、哀れとしか言えないな。


が、同情すべき点はひとつもないがね。


さて、

それではこちらもせいぜい気を張ってゆくとするか。


とはいえ、ルーク1は私が先手を取らせると思い込んでいるようだが、実際は先手を打っているのは私のほうだ。慌てる必要も無い。


現在、午前5時。

すでに私たちは橋の入り口を完全に押さえているからね。


橋から一番近い左右のビルにはルーク1とビショップ2。

さらにそのビルの影にポーン6とナイト2。

加えて橋のたもとで大破している大型バスの影にはポーン3とポーン7。


こちらの駒の配置は完全に整っている。


確信できる予測は、まずジンが早めに動くだろうということ。これだけは断言してもいいほど自信があるよ。


予定して話していた今日の昼より早まることはありこそすれ、遅くなる理由は無い。


何せ、予定を早める利点はあっても、遅延する利点はどこにもないのだから。


ジンの手駒であるタイムトラベラーは過去から来た人間だ。つまりは食事を必要とする人間。

共有歴以前……西暦の生まれらしいが、21世紀頃からやってきたのまでは分かっている。


この時代の人間は、水のみだと1週間から4か月。水すら無しだと3日から2週間しか生存できない。


ただ個体差や環境、肉体をどれだけ動かすかなどによって誤差が極端に大きいが、何にしても時間を置けば時間を置くほど、ジンの手駒である人間は疲弊して機能が低下してゆくのは間違い無い事実だ。


必須栄養素を生成してくれる常在菌を持たない人間が手駒だと哀れだね。

どうあっても最初の一手は決まってしまう。


出来るだけ早く、出来るだけ負担を少なく動かす。これしかない。

だから必ず予定より早く動く。これだけははっきりしている。


楽なものだよ。相手の動きが分かっているゲームは。

駒の数も、性能も、地の利も、すべてこちらが上。負ける気がしないな。


とはいえ油断をする気はさらさら無い。


しかし、ここまで相手方の負ってるハンデが大きすぎると、油断しないのもひと苦労だ。


まず負ける要素が見当たらないのに、気を抜かないっていうのは逆に難しいね。


なんて、贅沢な悩みについて考えていたら早速ビショップ2から通信が入ってきた。


私の予測が正しければ、恐らくタイムトラベラーの位置を確認できたんだろう。

ふむ、予定していたより7時間も早くお出ましか。まあ関係は無いが。


ジンに限らず、橋へ侵入するルートは誰が考えても3つしかない。


ひとつは正面突破。

橋に向かう大通りを真っ直ぐに進んで橋に入る。


ひとつは横からの侵入。

橋に近いビルの影へ身を隠しつつ、欄干を飛び越えて橋に入る。


最後のひとつは橋の下段……鉄道橋からの侵入。

可能性としては一番これが高い。というより、この一択だ。


何と言っても先に言ったふたつはあまりにも無謀すぎる。


私たちが待ち構えていたら……まあ現実に待ち構えているんだが、センサーに引っ掛かった時点で射殺できるからね。


位置関係からして、人間は私たちのほうへと向かって来ることになる。


当然、私たちは無条件で迎撃できる。これは誰が考えても分かるはずだから、ジンほどの人間がこんな手を打つ訳は無い。


自然、最後の方途しか残らない。


しかも下段の鉄道橋には映画館内にあるエレベーターから直接に向かえることをカオが確認したと言っていた。

だったらその手を使わない理由はないだろうさ。


無駄な危険を冒さず、最低限の動きで橋に侵入できるルートが手元にあるんだから。


そう考えたからこそ、橋のたもとにポーン3とポーン7を配置した。


もし鉄道橋に人間の姿が現れたら、ポーン7に人間を威嚇射撃するようにと。


だけど、これは威嚇射撃じゃあない。

確実に当てるつもりの威嚇射撃だ。


言ってることが矛盾してるって?


確かに矛盾してる。だがその矛盾を可能にする条件を私は、というかポーン7は手に入れたんだよ。偶然にもね。


以前人間たちからの攻勢で受けたダメージにより、ポーン7のセンサー周りは壊滅している。


この状態でもし威嚇射撃をしたらどうなるか。分かるかな?


無論、単発の威嚇射撃では心許無いが、何発もとなれば狙いを外しきれずに数発は人間に命中するはずだ。


破壊力も速射性も高い剛雨ガンユーなら一発でも当たれば人間などは挽肉になるが、これを使ってもしも鉄道橋に被害が出ると後々になって困るかもしれないので、ポーン3とポーン7には黒刀だけを持たせている。


これでも速射性は1秒間に20発。威力も人間ならば体のどこに当たっても数発で確実に絶命させられる程度の破壊力はあるから問題は無いだろう。


ただし、これでポーン7を失うことになるのは少しばかり痛いが。


HFに生まれた悲しき運命だな。


立ち向かってくる人間に対してなら何の問題も無いが、仮にセンサーの不具合で不幸にも威嚇射撃のつもりが人間を殺傷してしまった場合、そのHFは制御系のすべての安全回路が働いて機能停止状態に陥る。


そこからの復旧は事実上、不可能だ。何せ使い捨てが前提のHF。オーバーホールして再起動許可を受けることなんてまず有り得ない。


大体、再起動許可を出す人間がもういないのだから、その時点でポーン7の行き着く先は決まっているわけだしな。


それでも、二度と動かなくなるとしても、ジンが最後に出した手駒を潰せるなら勘定は合う。


どちらにしても、ほとんどスクラップ状態のポーン7一体でジンの思惑を絶ち切れるなら安い出費さ。


おっと、ビショップ2からの通信だった。いけない、いけない。


『こちらビショップ2。マスター、応答を願う』

「ああ、聞こえている。私は今も地下にいるから、通信状態は可も無く不可も無く程度だが、話を聞く分には問題無いよ」

『そうか。それなら安心した。いや、連絡したのは他でも無く……』

「例の人間がセンサーに引っ掛かった?」

『さすがマスターだな。その通りだよ』

「それくらいは私でなくとも少し考えれば分かることさ。で、センサーでは人間の反応はやはり橋の下段からか?」

『……いや、違う』

「違う……? ということは側面方向からか?」

『……いや……』


ビショップ2の声には明らかな戸惑いが感じられる。

当たり前だ。私ですら戸惑っているのだから。


ビショップ2が二度の否定によってもたらしてくれた答えはひとつ。私がもっとも有り得ないと考えていたルート。


つまりは正面突破。


いや、絶対に無いと考えていたわけじゃない。

そのためにこそ、道の左右に建つビルへルーク1とビショップ2を配置した。


いち早く相手の動きを知るためもあったが、同時にここからなら容易に接近してくる人間を狙い撃ちにできる。


側面から来た場合の対策もしていた。そのためのポーン6とナイト2。


いくら可能性がほぼ無いとはいえ、どう相手が動いても対処ができるよう、3つのルートすべてに対応できるよう駒は配置した。


だから万が一の手落ちも無い。

そう、無いんだが、


だとしても、こうなるとさすがに困惑してしまう。


このルートを選んだジンの思考はどういったものだ?

何故こんなメリットの欠片も思いつかないルートを選ぶ?


私が橋の入り口を固めるように駒を配置することくらい、ジンなら気付くはず。

そして実際にそうしている。


もしこのまま人間が橋へと向かって来るなら、こちらは配置した6体すべてで一斉に人間を攻撃することが可能だ。


どう間違っても人間の生き延びる可能性は無いし、橋を渡るなどなおさらに無理。


これが人間に特有の自暴自棄というものか?


いや、そうだとしても普通ならひとつぐらいは結果の出る方途を取るはず。


入ることが出来ないのを知りつつも搭へ向かい、自ら命を絶ってこちらの駒を減らした戦法を思い出しても、同じ死ぬなら相打ちを狙うのが正常だろう。


なら、この作戦の意図は何だ?

それとも、もう意図することすら放棄したのか?


いずれにしても、少しばかり熟慮してみるとしよう。

どうせ状況も時間も、私たちに味方している。焦る必要は無い。


「鉄道橋からの反応でもない。かといって橋の横から近づいているでもない。ビショップ2、わざわざ言うのも馬鹿らしいが、そうすると人間は橋に向かって正面から道を進んできているわけだな」

『そうだ。人間がひとり、真っ直ぐに橋へ向かってきている』

「なるほどな……良くも悪くも予想外の動きというわけか。それで、人間の位置と動きは?」

『橋へと続く中央通りを現在前進中。移動手段は徒歩。橋までの距離は現時点でおよそ500メートル……』

「ふむ、映画館を出てすぐセンサーに引っ掛かった計算だな。で、移動手段は徒歩だと言ったが、移動速度は?」

『時速……5キロ……』

「5キロ?」


余計に不可解だ。


ジンはこちらのセンサーがどの程度の精度かくらい知っているはず。

映画館を出て即座に全速力で走れば、500メートルなら人間でも1分か2分。


可能性は限り無くゼロだが、それでもせめて特攻を仕掛けるとすれば走らないのはおかしい。


敵側の私が言うのも妙ではあるが、これでは単に殺してくださいと言っているようなものだ。


といって、警戒を解くにはまだ時期尚早だろう。

とりあえずは様子見に徹するか。


この人間がいつまで5キロの歩みを続けるのかは分からないが、どちらにしても1分の余裕がこちらにはある。


その間にジンの考えを読むとしよう。

打てる手は打ちつつね。


「まあいい。正直、何を考えてるのやらまるで分からないが、少なくともこちらの絶対的優位は揺るがない。もしくは奇抜な手を打って、こちらの動揺を誘う作戦かもしれない。ひとまずビショップ2は人間にロックオンした状態で待機。他の駒たちも同様にして待つようにお前から通信を……」


言ったところだった。


『……ちょっと待ってくれマスター……』


急に話の途中へビショップ2が割り込んでくる。


性格的にそうしたことをするタイプでないと思っていただけに、私は少し驚いてしまったが、その後に襲ってきた驚きに比べれば、それはあったことすら忘れるほどに小さな手合いのものだったよ。


ああ、本当にね。


自己弁護をするつもりはないが、まさかこれだけ広く深く読んでいたジンの手の内を、よもや読み切れていなかったなどと知っては、如何に私でも狼狽もするさ。


「ん、何だ。何かあったのか?」

『いや……何か……おかしい……』


こういう時ほど現場にいない身を歯痒く思うことは無い。


現場にいれば、眼にも見れるし耳にも聞ける。もちろんこれは人間的な比喩であって、HFの私からすると各種センサーの感知範囲にいられればというのが正解なわけだが。


それはさておき、まず私は問うた。問わずにはいられずに。


「ビショップ2、落ち着け。現場にいるお前なら憶測判断する材料には事欠かないはずだろうに。そんな曖昧な報告では私が困る」

『あ、ああ……済まない。あまりに奇妙なことが起きているもので、どう報告したらよいのか見当がつかなくて……』

「難しく考えなくてもいい。起きていることをありのままに教えてくれ。判断は私がする」

『そう……だな、確かに。そうした判断はマスターがすればいいことだった。思わず自分の役割を間違えていたよ……』

「気にするな。異常な事態に遭えば戸惑うのが普通だ。それより報告を」

『分かった……まず人間の速度と距離だが、少し上がって7キロと260メートル。両方の手に何か大きなカバンを持っている。速度が上がったとは言ったが、小走りになったというよりもストライドが広くなったのが原因らしい』

「大股で歩き出したか。どういった意味だろうな……それに両手の荷物……確かに気にはなるな。なるが、だがおかしいというほどでもないぞ。それともまだ他に変わったところが?」

『……ああ』

「あるんだな。なら早く話せ」

『それが……言われてすぐ人間にロック・オンをしようとしたんだ……はっきりと視認もしているし、俺のセンサー周りも正常に作動してる。位置も速度も何もかも、見落とし無くすべて確認出来てる。何も問題は無いはずなんだ。なのに……』


一瞬、躊躇うみたいに言葉を切って、ビショップ2は言ったよ。


『……ロック・オンできないんだ……』


堪らないものがあったね。この時の感覚ときたら。


見えている。位置も分かる。距離も分かる。移動速度も分かっている。


それをロック・オン出来ないと言われて、どうしろと?


理屈からすれば、そこに有るはずのものが無いと言われているのと同じだ。


そんな矛盾した話を聞かされて、どうしろと?


思えばそれが始まりだったんだ。


ジンの仕掛けてきた数多の罠のうち、まず最大最悪のひとつを喰らわされたのはね。


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