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【FUTURE STRIDE】  作者: 花街ナズナ
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【RESPONSE MEETING】

スクリーン裏の巨大エレベーターから戻ってきたホールはってえと、ついさっきいた時と変わらずやっぱり真っ暗だった。


当たり前か。上映中は暗くなりますので、お足下にはご注意くださいってくらいだ。明るかったら変だわな。


で、その暗いホールへ戻ってきて俺たちは何を始めたかっていうと、今後の対策会議を始めたわけでござんすわ。


今しがたまでその裏にあるエレベーターに乗ってた俺らは、今度はホールに入ってきた時のジンと同じく、ホール中央近くの特等席に座りまして、スクリーンに見入ることと相成ったわけですよ。


席順は右からジン、俺、イェン、カオ。

自然とだぜ? 別に無理やりイェンの隣へ座ったわけじゃないぜ?


まあ、だとしてもイェンが一番の被害者なのは間違い無いから言い訳もできねえか。


ゴメンなイェン。俺とカオのヤロウなんかとで挟んじまってさ。オセロだったらひっくり返っちまうよな。


ん? 待てよ。


確かオセロって、名前の元ネタはシェイクスピアだったような気が……。


いやいや、変に考えんのはよそう。

気取って知った風なこと言うのが一番カッコ悪いからな。知らねえなら知らねえで通しちまったほうが、いっそ潔いってもんだ。バカが利口のフリするもんじゃねえ。


てなことは俺が勝手に考えてたことだから横に置いといて。というか別に捨てちまってもいいんだが、ともかく、


「それでは、早速だがこれからおこなうべき種々の対策に関して私から述べていこうか。こうなることは分かっていたから、すでに準備は万端、整っている。あと必要なのはカケル、具体的に君には何をしてもらいたいと思っているかの説明だろうからね」


話し始めはやっぱりジンだった。というよりジンから話を始めてくれないとどうにもならねえからな。当然ちゃあ当然だ。


頭脳労働と実働部隊はそれぞれの役割分担てのをよくよく自覚しておくのが大事さね。餅は餅屋って言うだろ?


というわけで、その説明とやらを始めるにあたってまずジンは自分の座ってる席の肘掛を何やら弄くった。ああ、恐らく何かを操作してんだろうってことは察せたよ。


それで何が起きたかってえと、さっきのエレベーターの時に比べればささやかなことさ。

白黒映画が投影されてたスクリーンに一転、何か複雑な地図みたいなのが映し出された。


書き込まれていた文字は全部アルファベットだったからちょいと身構えちまったが、事前に聞かされてたいくつかの単語のおかげで、ほぼ当たりをつけて読み取れたよ。やっぱ事前情報ってのは大切だな。


真ん中にまず『Blank City』とある。俺らが今いるここのことだろう。そこの東側沿岸部から相当に離れた所、海の上へポツリと点みたいに描かれている部分には『Peace Pillar』の表記。さらにそこへ至るまでのとこに点と点を結ぶ線のように橋が一本。『Multipurpose Bridge』と書いてあるが……ブリッジは橋のことだろうって分かるとして、その前の単語が読めないし意味も分からねえ。俺の英語力だとここまでが限界だ。


が、別に無理して考える必要も無い。何せそこはジンの仕事だからな。せいぜい分かりやすく説明してもらうとするさ。


「先だって話した通り、そして見ただろうから分かる通り、海からピース・ピラーへ向かうという手段は不可能だ。まあ絶対不可能とまで言うのは何だから、とりあえずほとんど不可能だと表現しておこうか。原油成分の中でも今、海を覆っているのは分厚いアスファルト成分の層さ。徒歩やバイク、車を使って渡るには軟弱すぎ、かといって船舶のスクリュープロペラやオールで進むには粘度が高すぎる。それに浮力も得られないから進めないどころか浮かべたそばから沈んでしまう。ヘリでなら一気に渡り切れるだろうが、問題はそのヘリが調達できない点だ。無いものはどうにもできない。それにクアドリリオン・システムがある以上、苦労して海から向かったとしても搭の前で立ち往生することに変わりない。無用の苦労はしても意味は無いから、ここは素直に橋を渡るのが賢明だろうね」

「……オーケー。搭へ向かう道順が橋一択だっていうのは了解した。続けてくれ」

「話がスムーズに進んでうれしいよ。さて、この橋……マルチパーパス・ブリッジは名前通りの多目的構造橋で、特殊な二段構造になっている。上は車道橋で左右二車線ずつ、計四車線。下は単線の鉄道橋。普通、こうした造りなら下はモノレール方式にしそうなものだが、何故か通常の鉄道橋と同じ造りでこしらえた。まあ理由が無いわけじゃない。万が一にも橋が落ちるなんてことのないよう、強度を何より優先した結果だろう。何たって海があの有り様さ。もし橋が落ちたりしたら犠牲や損害は取り返しがつかない。それにあの橋の長さを考えれば、強度優先は当然の選択だろうね。全長11.2キロもある橋、自重で真ん中からポッキリなんてことも普通に起こり得る。まず頑丈にという考慮はすべからくといったところかな」


ここまでのジンの説明で、俺が思ったところをいくつかピックアップしてみよう。


まず橋の名前。

マルチパーパスって読むんですね。ありがとう、ひとつ俺の知らない英単語が減ったよ。


次に橋の構造。

俺が知ってる橋の中にも二段構造の橋はいくつかあるが、そのどれも上を電車、下を車が通る造りだったと記憶してる。


逆パターンってのは、俺個人としては珍しくていいね、と思う。

どうせ渡るんだったら珍しい橋のほうが楽しいしな。


そして最後なんだが、

橋の長さだ。さすがにこれは参ったよ。


確かに実物を見た時にもデカい、長いとは思ったが、まさか11.2キロって……。


学校の行き帰りに渡ってる橋が1120メートル。つまり1.12キロ。

対してこっちの世界で渡る橋が11.2キロ。つまり112000メートル。


この数字の類似にも一瞬だが運命じみたもんを感じたけど、それもマジで一瞬だった。ああ、ほんの一瞬だけさね。


なんつったってシャレにならねえよこの長さ。いくらなんでも長すぎるだろ。


いや、移動手段が徒歩以外ってんなら別にそれほど気にもしないぜ?

でもさ、どう考えてもこの流れでそういう悪い予感が外れてくれるはずねえんだよ。


「えーと……じゃあここまでの段階でまず質問だジン。つまり搭へは橋を渡っていくしか方法はないわけだよな?」

「そういうことになるね」

「で、その移動手段は? 上から車か? バイクか? それとも自転車?」

「そのどれも無理だ。上の車道橋は破壊された車両や、めくれ上がったアスファルトやらコンクリートでガタガタ。とても車やバイクが通れる状態じゃない。自転車は可能性としては無くも無いが、小回りの点で徒歩に劣る。道の状況からして大したスピードを出せないことを考慮した場合、自転車の利点を見出すのは難しいと言わざるを得ないな」

「……なら、下の鉄道橋から列車で一気にってのは……?」

「それも不可能だ。何故なら車両がピース・ピラー側にあるからね。単線の悲しさだよ。これが複線なら、こちらにももう一両という可能性はあったが、この期に及んで(もしも)の話をしても仕方がない。だから基本的に徒歩で搭まで向かう方針はまず確定だ」


な? ビックリするほど当たるだろ悪いほうの予想は。


なあに、どうってこたあねえよ。最悪に備えて最善を尽くす。人間、事に当たっては創意工夫と思慮精進を忘れずにってね。


ただ、苦い顔くらいはさすがにするさ。何せチンタラ歩いていけるんなら何も気にはしやしないが、どうしたってそうはいくはずねえだろ?


そう。分かってる。だから顔にも出るし、それをジンにも察されてこう言われたよ。


「実に苦悩に満ちた顔をしてるねカケル。まあ心配の種は聞かずとも明らかだが、つまりは追撃者の存在を考慮したなら徒歩では心許無いと、そういうことだろう?」

「……ご明察。そりゃあこれがもし俺がフラフラ歩いてって、搭に入って、ナンチャラ・システムとかをパスして、何か知らねえ重要機密とかを手に入れてくるってだけだったら悩みもしねえけど、恐らくは俺が動き出したら、HFとかって連中も……動くんだろ?」

「そこに関しては断言は出来ない。運が良ければ追ってこない可能性もゼロだとは言えない。もし気が付いたとしても、ね」

「気が付いてもって……そんなことあり得るのか? 奴らからすりゃあ、搭に向かう人間ってえのは自分から袋小路に入り込んでいく獲物みたいなもんだろ? 俺が奴らの立場ならそんなオイシイ獲物、逃す手は無えって思うけどな……」

「確かに。普通なら奴らは君がクアドリリオン・システムを通過できる可能性のある人間だと知らないだろうから嬉々として殺しに来るだろうね。しかしそう単純な話でもないんだ」

「……?」

「さっき、搭の自動迎撃装置について話したろう? たとえ橋を渡っている人間が関係者でなかろうと、少なくとも人間に対して迎撃装置は作動しない。だがHFに対しては例外無く作動する。ただし言った通り、橋の上に人間がいれば別だ。人間が存在する間はその人間の安全を考えて装置は動かない。が、もし途中……もしくは搭に辿り着いてから死亡した場合、装置はどのように反応すると思う?」


これにはちょっとばかり驚いたよ。いや、驚いたというより単にショックだったのかな?


でもそうだよな。少し深く考えれば気付いたことなんだ。何たってこの世界じゃあ人間とHFは互いの生き残りを賭けて戦ってるんだからさ。


だとしても、どう理由をつけても楽しい話じゃ無かったがね。


「その顔からして察したようだね。そう、橋を人間が渡っている間は迎撃装置が働かない。ということは人間が死亡したなら迎撃装置を停止させておく理由も無くなる。自然、追い詰められていたはずの人間の立場は一転し、逆にHFの側が突然起動した迎撃装置によって追い詰められることになる。ただしこれは自爆テロのようなものだ。引きつけられるだけ引きつけて、HFが迎撃装置の攻撃範囲から逃げ切れないところまで橋を渡り、そこで自殺する。と、HFを道連れにあの世行きとなるわけさ。一時はこれで一定の戦果を上げたこともあったが、今では奴らも警戒しておいそれとは深追いしてこない。最近では途中までしか追わず、あとは橋のたもとで待ち伏せるようになったよ」

「……何とも……エグい話だな。そりゃあ、これが戦争だってことを思えば当然あり得る作戦なんだとは思うけど……」

「残酷さからしたらこの作戦は成功した時よりも失敗した時のほうが悲惨だがね。言った通りで橋の上に人間が生存していて始めて迎撃装置は無効化される。だから奴らは決して橋の上で人間を殺さない。生かしたまま捕まえて、死なない程度に弄りながら迎撃装置の射程外まで引きずってゆき、それからいたぶり殺す。おかげで橋のたもとはズタズタにされてミイラ化した死体だらけだよ。はっきり言って当座の私の心配は、君があの光景を見ても臆せず橋を渡れるかという点さ」


正直、ヤなこと言いやがるなあって顔をしかめたくなっちまったが、思えば言われてたほうがいいに決まってることなんだよな。


その程度の覚悟も無しに出来る仕事じゃない。想像するだけでビビっちまうようなら、なおのこと、さ。


こんくらいの揺さぶりで緩んじまうようじゃ、くくった腹の締め具合が甘いってこった。


と、まあこうした具合の話がしばらく続いたわけなんだが、

ほどなくして急に対策会議はお開きということになった。ジンの指示で。あれからさほど話を詰めるでもなく。


当然のことながらこれには俺もポカンとしたが、不思議と一番に喰いついたのはカオだった。


「え、ちょ……ちょっと待てよボス。そんな大雑把な……具体性がまるでない話だけで終えてどうやってこいつに橋を渡らせる気なんだ?」

「言ったように、カケルには徒歩で橋を渡り、搭に辿り着いてもらう。行動内容については今はこれだけでいい。下手に話を詰め過ぎると、臨機応変な対応がしにくくなるからね。カケルの負担を最低限にするための気遣いと思ってくれ」

「そうは言ったって……でも、日取りや時間も決めないなんて……」

「それはもう決めているよ。明日の昼。時間は前後すると思うが、少なくとも明日決行するのだけは決めている。カケルには食事が必要だが、ここには食料やその代替となるものは無いに等しい。日を空けすぎるとカケルの体力面が問題になってくるからね。出来ることなら今すぐにでも始めたいところだが、それはいくらなんでも無理がある。食物摂取は出来なくとも、せめて睡眠による疲労回復ぐらいはしてからでなければカケルも持っているポテンシャルを思うように出せないだろう。今日のところはここに泊まってもらって、旅の疲れを癒してから明日の作戦に挑んでもらうとしよう」


何か、俺がメインで動かなくちゃいけないにも関わらず、えらく勝手にジンが予定を組んでるのがちょっくら気にはなったが、俺は頭脳労働なんて出来っこないんだから結果はおんなじだわなと思い直し、さて、どうやってこんな場所で効率的に体を休められるだろうかなんて考えてたら、


「というわけでカケル、君にはこれを渡しておこう」


いきなりこう言って、ジンは何やら小さな紙の包みを渡してきた。

人の手を引っ張って、ぐっと握りこませるように。


「な……なんだ?」

「言ったろう。搭に向かい、もし入れなかった時はHFから嬲り殺しの目に遭う。私はすでに君の成功は確信しているが、準備をしておいて困るということは無い。もしもの場合にはそれを使うといい」

「……使う……って?」

「自殺用のカプセル剤だ」


この時の俺の気分をどう表現したもんだろうな……。


今まで漠然としてた恐怖心とかが、ものすごく実感としてみぞおち辺りからチリチリと湧いてきてさ。握らされた紙包みにジワッと手から滲んだ汗が吸われるのを感じたよ。


「いよいよHFに捕まるとなった時には、その中のカプセルを奥歯で思い切り噛むんだ。間違ってもそのまま飲み込んだりしないように。そうでないとすぐには死ねないからね」


怖くないって言ったら完全にウソだったね。ああ、もう心臓バクバクだった。


情けねえよな。ちょっと前にはあれだけ興奮して、腹も決めたつもりだったのに、いざ死ぬかもって現実をこうはっきりとした形で示されると、勇気だとか度胸だとかってのが、とてつもなく陳腐で無意味なものに思えたよ。


最終的には人間、何が一番怖いっていったら当たり前だけど死ぬことなんだって再確認させられた気分だったぜ。


おかげでもう、頭がクラクラなんて通り越してガンガンしてきてさ。すっげえ吐き気。なんたってもう我慢がきかないぐらいにね。


「……なあ、ジンさんよ……」

「なんだい?」

「ちょっと……トイレ行ってきていいか?」

「構わないよ。ホールを出て通路の右端が男性用だ。左端は女性用だが……先客がいるわけでもないから好きなほうで用を足しなさい。たまには女性用で用を足すというのも悪くないかもしれないしね」

「……笑えねえジョークだな……」


思わず思ったことそのまんま口に出しちまった。それくらい余裕が無かったってことだよ。


なんて感じで、自分でも分かるくらい肩落としてさ、俺はトボトボとホールを出て通路を右へ向かい、なんとか男性トイレに入った。


ひとりになったせいかな? ちょっとだけ落ち着いたんで、吐き気は我慢できる程度には治まってくれたけど、気の重さはハンパじゃなかったね。


ほんと、このままどっか逃げちまおうかって思うぐらい。でも分かってもいるんだわ。


この世界に逃げ場なんて無いってことは。

だから余計に気が重くなったんだけどな。


にしても、えらいことになったなあと溜め息を吐いて、ふと握らされた紙の包みを握った手から出して見てみたよ。

場合によっちゃあ自殺かよ……とか思って。


ところがだ。広げた包み紙を見て、はてと思った。


よく見たら、包みの畳み込まれてた部分に小さく片仮名で、『ヒトリノトキニナカヲミテクダサイ』って書いてあったんだ。


どういうことかって? それは俺も思ったさ。書かれた通り、中身を見るまではね。


だけど、見た時の俺の驚きは説明のしようが無い。少なくとも俺にはそれを説明できない。


なんたって書いてあった内容が、今まで聞かされた話と総合するととんでもなく複雑だったんで、本気で自分が今、正気なのか正気じゃないのかが分からなくなったぐらいだったからさ。


それでも、何にせよ分かったことは多かった。特にここまでで疑問に思っていたことが。


どうしてジンはこんなことをして、俺にだけ重大なことを伝えようとしたのか。

どうして俺の体調を気にしたとはいえ、これほど作戦実行を急いだのか。

どうしてマルチパーパス・ブリッジは船舶の航行が不可能な海へ架けたのに、その船舶の通行を考慮した設計になっているのか。


ああ、ゾクゾクしたよ。また興奮が再燃だ。


そして同時に、実感させられた。


やっぱり世界の命運を賭けた物事ってのは、そう生易しいことじゃあないってことを。


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