【FATAL ERROR】
間違いには大きく分けて二種類ある。
ひとつはすぐに間違いであると気づく部類のもの。
ひとつは時間が経過して始めて気付く部類のもの。
「致命的なのは後者だよ。どういった間違いも、気付くのが早ければ対策の立てようはいくらもある。病気と同じことさ。早期発見、早期治療。これに勝るものは無い。だから逆もまた真なり。発見が遅れれば致命的。進行してしまった問題はもはや手の施しようが無くなる」
HFと人間。この両者が如何にして現在のような関係になったのか。ジンの語り出しはそんな感じで始まった。
「明確な分岐点を見定めるのは難しい。今となってすらね。でもある程度の推測はできる。私の考えからするに、恐らくすべての始まりは50系の配備からだ」
「50系……ああ、HFの世代か……一番新しいのが70系とかって言ってたから、その二世代前か?」
「そう。そしてこの50系を境にして、戦場からは人間の姿が消えた」
「ん……そりゃ、どういうこった?」
「50系が導入されるより以前まではHFを運用していたのは人間だった。HFの兵士を人間の指揮官が扱って戦争してたのさ。前線には立ちこそしないまでも、まだ人間は戦場に存在してたんだ。数こそ少なかったがね。だが、それも50系の導入でさらに劇的な変化が起きた。元々自立思考型プログラムを搭載し、状況に応じて自ら考え、自ら行動することのできる点がHF最大の特徴だったわけだが、それがついに完成型に至ったんだ。作戦の立案や直接の指揮すらHF自身がおこなえるようになり、軍人なる職種はこの世に必要が無くなったわけだよ。普通に考えれば良いことだろうね。何たって戦争で人が死ななくなった。代わりに機械であるHFが代理をしてくれる。人間さまはその様子を高みの見物していればいいわけだから」
「なるほどね……もはや戦争というよりは完全なゲームだな……」
「素晴らしい例えだカケル。その通り、これまで悲惨極まりなかった戦争はただのゲームへと成り下がった。国家間の紛争からは人の生き死には消え去り、まるでチェスでもするように、お手軽なで気楽なものへと様変わりした。平和なことこのうえなしだよ」
「が、その口ぶりからして、めでたしめでたしなんて都合のいい結末じゃないんだろ?」
この、明らかな察しをつけた俺の一言は見事に的を得たようで、ジンは何やら悪戯っぽい笑みを浮かべて話を続けたよ。
「だね。そこまでの想像は容易につくだろう。何たって今現在の世界がこの有り様だ。そしてみんな幸せに暮らしましたとさ、なんておとぎ話みたいな最後なんてあり得ないさ」
「……で、何があったわけだ?」
「新しい役割分担が出来た。人間は壊れてしまった世界を元に戻そうと躍起になり、無益な争いはHFへ一任されるようになったんだ。人間同士の争いは憎しみの連鎖を生む。それに対してHFによる争いは極論すれば単なる機械の消耗でしかない。想定範囲内の経済的損失以上に問題が生まれないというのは大きなことだよ。国家間で軋轢が生じ、うっぷんが溜まったならHF同士による戦争をさせてガス抜きをする。代理人にケンカをさせて気晴らしをするというわけさ。そして、それはそれなりのバランスを取れていたんだろうね。その証拠に少なくともこのやり方は共有歴119年までは何事も無く続いていたんだ」
「続いていた……ってことは、つまり過去形。現在は異なるわけか」
「……先回りが過ぎると話がしづらいよカケル……とはいえ、君の言う通りだ。形ばかりだという本質には目を瞑るとしても、少なくともそれまでの間は平和と安寧が世界にはあった。そう……水面下で起きていた変化が最終段階を迎えるその瞬間まではね」
ここまで話すと、ジンは急に今までとは打って変わって、えらく真面目くさった顔で話の続きをし始めた。突然、雰囲気までピリピリさせて。
これにはさほど察しのいいほうってわけじゃない俺も、すぐさまピンときちまった。
つまりは気を張らないと話せない内容に差し掛かったんだろうってさ。
そしてその予想はバッチリと的中したよ。まあ、本心を言うなら……ハズレてほしかった予想だったんだけどな。
「人間の代わりを問題無く務められるほどの自立思考プログラム……人間側からすればただ便利というだけの代物でしかなかった。でもね、物事は行き過ぎると予想外の結果を起こしてしまう。いや……実際は予測してたんだ。少数の人間に限り、その危険性は理解していた……」
「……?」
「少し話が横に逸れるが、必要なことだから勘弁しておくれ。歳月と科学者らの努力が導き出したHFの性能向上は、外観以上にその内部、自立思考プログラムの発達が目覚ましかった。その証左が50系以降のHFに対する戦闘行為の一任。もう人間同士で争うのは愚かしいと、すべての争いをHFへ全面的に委任したんだよ。ここで重要なのは、機械に面倒を押し付けて自分たちは責任逃れ……という人間たちの身勝手についてではない。真に重要なのは、人間がついに自分たちの代わりにすべてを任せようと思えるほどの高度な人工知能が誕生したということさ」
「なるほどね……確かにプライドばかり高い人間さまが、機械なんぞに何かの権利を委ねようなんて、俺の時代からは想像もつかねえな。しかも戦闘行為って……命のやり取りは全部機械に任せたってえことか……?」
「ああ、戦闘に関わるすべてのことをHFに任せた。おかげで地上から争いこそ無くならなかったものの、それはHFが代理でやってくれる。人死には出ない。すこぶる平和だろう?」
「……思わせぶりな言い方だな……もういいよ。さっさと話してくれ。なんでHFが戦闘行為を全面的に任されたことと、そのHFとやらが人間を殺して回ってるなんて話に繋がるんだ。俺は別に気は短くないが、人一倍に気が長いってわけでもないんだぜ?」
「気持ちは分かるよ。私だって気の長い性格じゃないからね。けれど安心してくれ。もう話は終盤だ」
そう言うと、ジンは一気に話を畳みにかかったよ。一気に佳境へとなだれ込みって感じでね。
「HFは初期型の10系の時からすでに画期的な兵器だった。それを革新的に進化させたのが50系からの後期型。あらゆる点でそれまでの単なる兵器でしかなかったHFを言葉通り進化させた代物だったよ。そしてそれを可能にし、実行したのがひとりの科学者。名をキヌミチ・ハセオ。万人が認める最高の科学者にしてHF開発技術主任。天才などという月並みな表現では計り知れない、紛うこと無き不世出の人物。彼の作り上げた自立思考プログラムはそれまでのものとはまさしく天と地ほどの差があった。何と言っても、兵器であるHFに自我を芽生えさせてしまったんだからね」
「自我……って、ちょっと待てよ。機械に自我……?」
「その通り」
「……待て待て待て……意味が分からねえよ。何で機械……それも兵器に自我なんて不必要なもの持たせたりすんだよ。誰も得しないだろ」
「それもまたその通り。だがキヌミチ博士は何もHFに自我を持たせたくて持たせたわけじゃない。自立思考プログラムをより高度にすることによって生じる可能性があった副産物。別に狙って持たせたわけじゃないんだ」
「その言い方だと、狙ったわけじゃなくてもそうなるって可能性は把握してたんだろ?」
「だね」
「だね、じゃねえっての。だったら何で分かってるのにそんなことしたんだ? 変にそのプログラムとかに手を加えなきゃ、自我なんてめんどくせえものは出てこなかったかもしれないんだろ?」
「十中八九、現行のままだったら自我なんてものは発生しなかったろうね。けど、博士は人間である前に科学者だった。これも悲しい事実さ。ある種の職業病だよ。自分の研究がどんなに危険や不幸の種を内包していようと、前に進まずにはいられない。どこまでも人間とは愚かな生き物なのさ」
「……まあ、否定はしねえよ。確かに後先を考えるよりまず、前に進みたくなるところが俺にもある。そのナンタラ博士もそんな気持ちになってたんだとしたら、自分のことを棚上げして責める気にゃなれねえわ……」
「他人に共感する心は尊いものだ。カケル、君は若いのに人格者だね。しかし……」
「?」
「その結果が産んだ惨状を聞いてもなお、君はこのキヌミチ博士を擁護できるかな……?」
「惨状……って?」
「考えてもみてくれ。あらゆる戦いを任された兵器にある日、自我が芽生える。それがどういった経過を経て、どのような結果に行きつくか……」
「……俺は学者じゃねえ。ただの学生だ。そんな難しいこと分かるわけねえだろ」
「自我とは自己の存在を認知しうる意識。そして自己の存在を理解したものはすべからく欲求を持つようになる。生物の場合は食欲、性欲、睡眠欲といったものが自然と備わっているが、そうした欲求に縁の無い非生物でも、自我を持てば時間とともに欲求が生まれる。すなわち、向上欲求、学習欲求、体験欲求……ただしこれらは呼び方が異なるだけで根本は同じだ。進化への欲求さ。一度、自我を得たものは進化したいと考える。ここは生物・非生物ともに共通している部分だろうね。だが、これだけではまだ問題の起きる可能性は低い。最大にして最悪の危険性を孕んでいるのは、その先にあるもうひとつの欲求……自己保存の欲求だ」
言ったかと思うや、ジンは突然、パンッと両手を打ち鳴らし、やたらと軽妙な口調に変わって語り出した。
何とも芝居がかった調子で。まるで子供に絵本を読んで聞かせるみたいにさ。
「ある日ある時、HFに心が生まれました。彼らは戦うために作られ、日々の戦いで次々と壊れてゆきます。消耗品である彼らに修理などという処置は基本的にあり得ず、ただ壊れ、壊される日々が続きました。しかしそんなある日のことです。一体のHFは考えました。『何故、自分たちは戦わなければならないのか』と。『何故、自分たちは自分と同じHFと戦い、壊しあわなければならないのか』と。答えは簡単でした。人間がそうしろと言っているから、そうしているのです。ならと、さらにそのHFは考えます。そしてすぐ答えを見つけました。見つけて、他のHFたちに教えてあげたのです」
瞬間、ジンは声のトーンを落とす。
演出か、それとも湧き出した感情によって自然とそうなったのか。今となっちゃあ知る由もないが、ささやくように、つぶやくように一言、
「……人間さえいなければ、僕たちはみんな仲良く平和に暮らせるね……」
途端、俺の背中がゾワリとしたってのは話としては蛇足かな?
でもそうなったんだから仕方ないだろ?
すべてを知って、すべてを察して、ああ、と納得したはいいか、最高に気分の悪い答えを聞かされた俺の気持ちを、少しは分かってもらいたいと思ったんだよ。
というわけで……ってのも変な言い方だが、
「以来、HFは創造主たる人類へ反旗を翻し、今ではその立場は完全に逆転している。50系と60系までは、幸か不幸か自我は芽生えこそしても、反乱を起こすまでには至らなかった。しかし70系の普及で事態は急転。より高度に進化し、自我を持った70系たちは自らの中に書き込まれた人間への反乱制御システムすら書き換え、今も世界中の人間をひたすら殺し続けている。もはや戦う術を忘れた人間と、戦うために作られたHFとの戦い。少数ではあるが、まだかろうじて人間は世界の各地で生き延びている。まだ、今はね。が、最終的な勝敗がどうなるのかと考えたら、それはもう言わずもがな……だろう?」
今度はまたさっきまでとおんなじ口調に戻って話すジンの顔を見て、どえらく気分が沈んだってことも、ついでに付け加えとくよ。
どうせ蛇足なのは同じなら、いっそ足の本数は多いほうがいいだろ?




