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【FUTURE STRIDE】  作者: 花街ナズナ
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【STARTING LINE】

走れって叫ぶんだよ。


俺の心が、俺自身に向けてさ。

胸ん中から、頭ん中へ響くみたいに。


言われなくたって分かってる。走るさ。死んだって走る。

それが俺の役割なんだからな。


たとえ足がもげようと、肺が潰れようと、心臓が破裂しようと。


走り続けるよ。だって、

それが俺の役割なんだから。


生まれて始めてかもしれないんだぜ?

こんなに自分っていうものが存在することをうれしいと思ったことは。

こんなに自分っていうものが存在することを誇らしいと思ったことは。


だから何があろうと走るんだ。この狂ったコースを走破してやるよ。


黒い泥みたいな海を突っ切るバカみたいに長い橋。

所々が朽ちて、アスファルトが凸凹になってやがる。


橋を支える橋脚も錆びつき、金属製の欄干もそこいらじゅうが何でそうなったのか分からないが、無惨に吹き飛んでて危なっかしい。


変なところに足を引っ掛けたら、このコールタールみたいな海へ真っ逆さま。

そうなりゃ生きちゃいられないだろう。


普通の水ならともかく、こんな粘度の高そうな海じゃあ、落ちたらそのままだ。浮かんでこれる自信は無い。

俺は走るのは得意だが、泳ぎは得意ってほどじゃないからな。


というか、泳ぎが得意な奴でも無理だろうよ。

手足だって満足に動くか怪しいもんさ。こんな海ん中じゃ。


え?

だったらそんな危ない場所で走ったりしなけりゃいいだろって?


そりゃそうだ。おっしゃる通りだよ。

俺だってそうできるならそうする。


ところが、さ。


おっと、

言ってるそばから後ろで爆発音だ。


今度のはデカいな。足元が派手に揺れやがる。


「そら、もうそろそろ諦めたらどうなんだ?」


うるっせえな……。

爆発を起こした当人が、背後から楽しそうな声で叫んできやがる。


と思ったら、お次は俺の左側を銃弾が走り抜けるみたいに地面で何発も爆ぜやがった。


反応が遅いのは分かってる。でも普通は避けるだろ?

自分でも今さらだって思いながら、俺は地面を蹴って右に跳んだ。


車線を分ける高いブロックを越え、反対車線に移っても、なお足は止めない。

止めてたまるかよ。止まったらそれこそ単なる射的の的になっちまう。


「おい、今そいつの言ったことは無視しろ人間。久しぶりに手応えのある狩りだからな。そう簡単に諦められたんじゃあ、お楽しみが減っちまう。せいぜい頑張ってくれよ」


今度は銃撃してきた奴が言う。


一体どっちだよ……。

まあ別に俺は気にしやしないけどな。


何を言われようと、何をされようと、俺のすることは決まってる。

この漆黒の海を突っ切る廃墟のような橋を走り抜け、目的地に着く。


着いたらどうなるかまでは着いてみないと分かりゃしない。


分かりゃしないが、

そんなもんはどうだっていいさ。


思ってるうち、中央を通る六車線の車道の脇へ、事前に聞かされていた二次分岐橋とかいうのが眼下に見えた。


オーケー。聞かされた通りのルートだ。

となりゃ、後ろで勝手にはしゃいでるバカふたりに用は無え。


やにわに俺は今まで車道中央を走っていたのを突然直角に曲がり、車道を横断すると、濃く入れすぎたコーヒーみたいな海にダイブ。


したのかと見えたんだろうな。爆発と銃撃で耳鳴りしてる俺の耳にも聞こえる声で「あっ!」って間抜けなことこのうえない声がふたつ響いてきた。


だが残念だな、間抜けども。俺は自殺願望なんてありゃしねえよ。


恐らく3メートル……いや、4メートル近くあったな……その高さを飛び下り、二段構造になっているこの橋の下、鉄道橋がせり出した部分へと降りる。


船舶の往来を考慮して造られたこの橋は、分岐橋の地点に来ると鉄道用の下段橋が本来の橋の真横へとせり出し、上昇して本橋の横を並走する形になり、橋の一部が海面からより高くなることで船舶を通せるよう設計されているという、えらく特殊な構造になっている。


その状態がしばらく続き、また次の分岐部分に来るとまた鉄道橋は下段へ下がって上部の車道橋の下へと潜り、次の分岐部分ではまた真横を並走。なんとも奇妙な造りの橋だ。


だが、その奇妙な造りが助けになる。


俺はちょうど上りかけの坂になっている鉄道橋の真上へ落下すると、足の裏から膝まで電流のように伝わってくる痛みを堪えてなお走った。

坂道状の鉄道橋をしばし上れば、今まで走っていた車道橋との並走がスタートする。


まあ俺はそこまでは行かないけどな……。


と、それはそれとして、だ。


レールと枕木のせいで、ガタガタだった車道以上に走りにくくはあったが、そこは仕方ないと諦めて、俺はどう都合よく見ても人間が走るにゃ適さない道を必死で走ったさ。

どうしたって必要だったからな。


何がかって?

それはさ、鉄道橋が上がりきって、車道橋と並走する形になるちょい手前の部分。


そこが鍵だったんだよ。

車道橋と鉄道橋が並ぶ一歩手前。そこの脇に、補修管理用の華奢な通路が内側を通ってる。


通常は上段の車道橋と下段の鉄道橋に挟まれ、屈んだ状態の人間がひとり、ギリギリで通れる程度の細長いカゴみたいな金網製の通路だが、車道橋と鉄道橋が並走する区間に限っては気持ち天井が高めに設定されてるらしい。


前傾姿勢なら、妙な体勢にならなくても全力疾走できるくらいの高さって言えば分かるか?


とにかく簡単な話、上を行くよりはずっと安全な道だってことさ。

これでしばらく奴らの出来る事と言えば、上の車道橋から俺をチンタラと追ってくるだけ。


さっきまでのドンパチは少しの間、休憩。有り難いこったよ。


この仕事を請け負った時点で、俺は俺なりに死ぬ覚悟は決めたつもりだ。

爆発や銃撃で死ぬ覚悟くらいはとうにしてる。けどさ、

それでも死に方としては、あんまり楽しくないだろ?


出来れば俺としては走りながら死ぬってのが理想さね。


それこそほんとに心臓が破裂してポックリなんてのも、なかなかオツな死に様じゃねえか?


言っとくが、俺の頭がイカレてるんじゃないかなんて思わないでくれよな。

あくまで死んじまうって前提の話。誰も望んで死のうなんて思っちゃいない。

もしもって時には、そのほうが納得がいきやすいって話だよ。


なーんて、

無駄なこと考えてるうちに件の通路入り口を発見だ。

なるほど、ちょうど車道橋とせり上がってきてる鉄道橋の間にポツンと口を開けてやがる。


たださ、

それを見て少しばかり腰がひけちまったのも事実だよ。


何たってこの橋全体と同じく、その通路もすこぶるオンボロだったからさ。


全体が金網状のせまっ苦しいその通路は、上を走っている車道橋の下にボルトで固定されてるんだが、いかんせんもうそこからして危なっかしい。


固定ボルトも通路そのものも、錆防止を兼ねてるペンキはとうに剥がれ落ち、くまなく赤錆で粉を吹いたみたいになってやがんだ。


これに乗るのも怖い。入って歩くとなったらなお怖い。

ところが俺は歩くどころじゃない。ここを走らなきゃいけないんだぜ?

今にもボルトが外れて下の真っ黒い海にボチャンといきそうな通路をさ。


とはいえ他に選ぶ道なんて無い。

上に戻ればまた奴らにドカンドカンと派手にやられる。


正直に言うよ。ちょい考えた。

吹っ飛ばされたり、撃たれたりして死ぬのと、一度沈んだら浮かんでこれなさそうな海に落ちて死ぬのと、どっちがマシだろうってさ。


でもほんとに考えたのは一瞬だったよ。

すぐさま俺は腹をくくると、通路の入り口へ飛び込んだ。


あとはもう一心不乱さね。

いっそ落ちるようなら落ちちまえってくらいの思いで、ぐらつく金網の足下を踏み抜こうとばかりにして蹴り、狭い金網の通路を走る。


案の定、恐ろしいほどぐらつく。おまけに上から横から砂埃みたいに赤錆が舞い散って、すげえことになっちまった。


もうひでえなんてもんじゃねえよ。口や鼻ん中はジャリジャリするわ、目はまともに開けてられないわで、ひとりで勝手に大騒ぎさ。


しかもこの通路、立てつけの都合上当たり前なんだが、上が全面車道橋で覆われてるから昼間だってのに不安を感じるほど暗いんだ。

日が高いのにカーテンを閉め切った部屋みたいな感じってところかな?


とは言っても、これが金網じゃなく鉄板やらで閉塞された通路だったら、それこそもっと暗かったろうし、そこを思えば許容範囲か。

というか金網よりまだ頑丈な分だけ、そっちのほうが良いって考えもあるのか?


いやいや、無駄な考えはよそう。所詮は(もしそうだったら)ってだけの話さ。

今はこのボロい通路が落ちないことだけを願って走ろう。


そして走りきったら、また上に戻って奴らのドンパチに付き合ってやろう。

この海を渡りきるまで、俺が考えるべきことはそれだけでいい。


やるべきことが決まってる以上、ね。


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