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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百合

作者:

自サイトより転載。

友人にお題を振ってもらい、30分ほどで書いた作品。

 その人は豪快だった。

 男っぽいかと言われればそれも違う、竹を割ったような性格で思わず姐さんと言いたくなるような、そんな人だった。

「やー、すまんすまん、遅れたみたいだな」

「いえ、別に待っていませんから」

 JR宇都宮駅西口。

 県内ではそこそこ発展している場所で県庁所在地だ。

 名物は餃子――と、これは蛇足。

 茶色いレンガが敷き詰められたような空中回廊で私たちは待ち合わせをしていた。

 彼女は相変わらず洒落っ気を感じさせないラフな服装で、私の服がかなり浮いて見えそうだ。

 顔からは似合わない、だけど普段の言動からはお似合いすぎる格好に思わず頬が緩む。

「お、その服可愛いね」

 でも、結構目聡いというか、そんな所がある。

「え、そうですか?」

「うんうん、恵には似合うね」

「先輩にだって似合いますよ」

 普段からそんなこと言うから言い寄ってくる女の子が少なくないってことくらい自覚してないのだ。

 ちょっと天然で、結構頼れて、それでもかなり可愛い人。

 それが先輩だ。

「いやいや、私には似合わないよ」

 苦笑しながら頭を掻く先輩。

 若干顔が赤いのは走ってきたせいか、それとも――

「さ、行こうか」

「はい」

 早口に言われて歩き出す。

 自然と二人並んで歩いているが、やっぱりこの人は可愛いと思う。

 先輩は私の頭ひとつ分高いのに、私の歩幅に自然と合わせてくれるのだ。

 私の横で服装に似合わない、背中を隠すような艶やかな髪が揺れる。

 顔は可愛いよりは綺麗な方で、スタイルも結構いい。

 それなのにその格好はあまりに勿体無い。

 そう思っても口にはできない。

 だから私は遠回りにそれを促す。

「先輩先輩、映画の前に服見ましょうよ」

「服ぅ?」

 鳩が豆鉄砲くらった顔をして一歩身を引く。

 それを逃がさないように腕を取って抱え込む。

「はいはい、お洒落さん初心者には私がコーチしてあげますよー」

「い、いやいや。いいから、私はいいからっ」

「はいはい、とりあえずPARCOにでも行きましょうか」

 先輩の腕を抱えたまま私は歩き出す。

 胸を押し付けてみたが……顔の横で揺れるそのボリュームには負けてしまう。

 ああ、勿体無い。

 宝の持ち腐れとはこの事だ。

 ぎゅっと強く押し付けると先輩は「痛い痛い」って唸った。

 けれど無視して進む。

 私の態度から言っても無駄だと感じたのか、ぽりぽりと頬を掻いていた。

「あのさぁ、恵。ちょっと恥ずかしいんだけど」

「あはは、先輩初心ですねぇ。女の子同士ならよくありますよ」

「そうかぁ?」

 似合わない男のような口振りに、私は笑顔を隠せない。

 ふと、柑橘系の匂いが鼻先を掠めた。

 これは私が誕生日にプレゼントした香水の――

「ふふっ」

「ん? どうしたんだ?」

「デートが嬉しいだけですよ」

「あー、うん、そうかそうか」

 この人はとても可愛い。

 私が先日整えた眉に、私が大好きと言ったシャンプーの匂いに、私のプレゼントしたコロンに……

 先輩の見せる一つ一つに喜びを隠せそうも無い。

 私は家族にもあまり見せない、緩みきった顔をしていただろう。

 そんな私を見て、先輩は優しく笑っただけ。

 けどその顔だけで私の心は満たされていた。


 PARCOで服を揃えるのはどうかと思うけど気にしない。

 大体先輩に似合いそうなアダルト系はどこで売ってるのか……私にはさっぱり分からない。

 ただ、ジーンズにTシャツだけって、それはあんまりすぎるよね。

 沢山のフリルとふわっふわのペチコートでゴスロリの格好をさせたいところだけど残念。

 タイトスカートを選んできたら「スカートは似合わないよ。足太いし」って、断られた。

 先輩は太いんじゃなくてむっちりなんですよ。

 二人で入った試着室でドキドキを必死に隠すのが大変。

 上下、足も揃えたら二万そこそこといった感じ。

 目を丸くした先輩を尻目にカードで支払いを済ませ、店を出た。

「恵、お金――」

「いいんですよ、先輩。これは先輩への投資です」

「と、投資ぃ?」

「はい、投資です」

「投資でもなんでも、私の服なんだから私が払わないと」

 財布を取り出したその腕をそっと押さえる。

「先輩♪ そんなこと言って手持ちがあるんですか?」

「う、それは…」

 図星。

 まぁ、予想してたけどね。

 先輩のことだから必要以上にお金を持ってくることは無いって。

「でも後で絶対返すよ」

「そうですねー、でもお金を返されたんじゃ悲しいですよ」

「へ?」

「その服を着ることで支払ってくださいね?」

「えっと、もしかして?」

「まぁ簡単に言っちゃえば体で払ってくださいってことですよ」

「かっ、体って!?」

「せーんぱい、真っ赤ですよー。あははは」

「こ、こら笑わないのっ! でもタダって訳には行かないよ」

「そうですねー、それじゃ半額で。どうせ先輩のことだからちゃんと女の子した服持ってないでしょうし、正直こんなにかかるとは思わなかったでしょ? 初めての女の子記念で半分はプレゼントです」

「え、あ、うん」

「今日はいかにもユニ○ロって感じでしたしね。女の子はもっと気をつけたほうがいいですよ」

「うーん、分かっちゃいるんだけどねぇ」

「先輩は可愛いのに勿体無いですよ」

「可愛い? 私が?」

 驚いた先輩に背伸びして顔を近づけ、囁く。

「ええ、顔も体も性格も。全部全部可愛いですよ」

 ちょんと鼻の頭を人差し指で押して再び先輩の腕を抱く。

「さぁ、次は化粧品ですよ」

「ちょ、ちょっともう十分だよ」

「まだまだです」

 初めてのブーツで歩きづらいのか私よりも遅くなった先輩を、今度は引っ張るように歩き出した。


「恵ぃ、まだぁ?」

 あれから化粧品店で化粧をしてもらい、化粧のやり方を教わり、いろいろ買い込み、ついでに下着を見て、CDを見て、本を見て、雑貨を見て――

 PARCOだけじゃなく、オリオン通りを縦横無尽に連れ回した。

 さっき買った腕時計を見ると、待ち合わせから軽く3時間が経過していた。

「あははは、結構時間がたってしまいましたね」

「結構って、3時間もだよ」

「女の子の買い物は時間が掛かって当然ですよ」

「……女の子って凄いなぁ」

「何言ってるんですか、先輩もそうなんですから」

「そうかぁ?」

「鏡を見て下さい」

 ちょうどショーウィンドウがあったので先輩を立たせる。

「あー、うん。確かに女の子だけど……なんか自分じゃない気がするね」

「もう、すごいぷりてぃーですよ?」

「からかってる?」

「あははは」

 捕まえようとする先輩の腕から逃れて小走りに駆け出す。

 先輩も笑いながら私を捕まえに来る――ってかダッシュですか!?

「はいはい、危ないから走らないでね」

「あうー、すみません」

「全く恵は――って映画どうする?」

「あー、どうしましょう」

「まぁ宇都宮ココだし大丈夫かな」

「そうですね。初日でもないですから混む事はなさそうですし」

「んじゃいこっか」

「はーい」

 捕まえられた腕をまた抱きしめて、るんるん気分で映画館へ向かった。


 学割で入場券を買って指定されたホールへ。

 予想通り観客が殆ど居らず、両手で足りるかという人数しかいなかった。

「ね、この時間って何の映画なの?」

「単館オールナイトでC級ホラーで逆にコメディ祭りです」

「……本当は?」

「海外産ホラーですよ」

「どっちにしろホラーなのね」

「ホラーは嫌いですか?」

「いや、そうでもないけど。どっちかというと恵の方が苦手そうなイメージがあるなぁ」

「うーん、私は結構好きですよ」

「そうなんだ」

 そこまで話した所で上映開始を知らせるブザーがなり私たちは真ん中より若干後ろの席に腰を落ち着けた。


 眼前に広がるスプラッタな映像と耳をつんざく生々しい音。

 どちらも陳腐なもので、欠伸を噛み殺しつつもスクリーンから視線を動かさない。

「恵、眠い?」

 小声で先輩が聞いてきた。

 どうやら見られていたみたいで思わず縮こまる。

「いえ、大丈夫ですよ」

「そっか。まぁ、外国産だし結構暇だね」

「そうですね……配役で誰が死ぬかも分かっちゃいますし」

「サスペンス劇場と同じだよね」

「ですよねぇ。あ、これはまた死ぬね」

「あーあ」

「しかし、最近のホラーは目立ったキャラいませんねー」

「?」

「ほら、ジェイソン、フレディ、チャッキー、スプーみたいな」

「最後のだけ違う」

「ま、キャラを立てるとコメディ色が強くなりそうですけどね、海外は」

「まー、アメリカンにすると何かにつけて戦わないとならないしね」

「エイリアンvsプレデター、ジェイソンvsフレディって、全部ギャグじゃないですか」

「つまりは、そーゆーことじゃない?」

「まぁ、そうですねぇ」

 人があまりにもいないからこうして会話を楽しみながら映画鑑賞もできる。

 しかし、客観視すれば馬鹿だよね。

 ホラー映画を見ながら、違うホラー映画について語ってたりとか。

 明らかに集中して見てない証拠。

 でも、二人ともそうなら――いいかな。

「先輩、冷房強いですね」

「そう?」

 疑問を口にしながら先輩はそっと手を握ってくる。

 私は手をとり、そっと腕を抱きしめる。

 先輩の手は、暖かかった。


 映画館を出ると日が暮れていた。

「あー、詰まらなかった」

「あははは、先輩いきなりそれはないですよ」

「じゃあ恵は楽しい映画だった?」

「……詰まらなかった」

「ならいいじゃない。詰まらないものを詰まらないものとして『楽しんだ』私たちは勝ち組だよ」

「そうですね、それもいいですね」

 足は自然と駅に向いてしまう。

 先輩は東武線なのに、こうして何も言わずに私を見送るためにJRの駅まで来てくれる。

 なんだかんだで気遣いの多い人。

 その代わりに自分に無頓着なんだから――本当に可愛い。

「せーんぱい」

「なーに? 恵?」

「先輩は――ううん、なんでもないです」

「そっか」

 言い淀んだ私に対して何も聞いてこない。

 まぁ駆け引きは得意じゃないとは思ってたけど、結構鈍感でもある。

 駅前大通出ると人通りが多くて、流石にテンションが上がらずに無言で歩いた。

 しばらく歩いて、川を見下ろせる橋にかかると不意に先輩が口を開いた。

「ね、恵」

「はい?」

「どうして私なのかなぁ」

「?」

「いや、私の思い過ごしなら良いんだけどね。どうして私を選んだのかなって」

「……」

「ここで無言ってことは、そうだと思っていいの?」

 いや、うん。

 ここまで露骨にやってれば流石に気付くか。

「そうですね、そう思って結構ですよ」

「そうなんだ」

「気持ち悪く思ってもらって良いですよ? 私は先輩を好きですし、可愛いと思ってますし、抱きたいですし、抱かれたいです。それは偽りないですから」

「随分と――正直だね」

「気付かれても嘘を吐いて、この時間を長らえたい。そうは思いますけどね、無理ですよ。先輩は鋭いですから」

「恵らしいね」

「先輩はいつから気付いてました?」

「んー、結構前かな。一月くらい前?」

「え? そんな前からですか?」

「なんとなくそうかなぁって思ってた程度だけどね。でも今日ではっきりしたよ」

「……」

「まぁ、そういうこと」

「……そうですか」

「うん、頑張ってね」

「!!」

 その言葉で、思わず駆け出してしまった。

「じゃーねー」

 恐らく手を振っているだろう先輩に顔向けできない。

 今の私は、涙でくしゃくしゃだから。

 ああ、あの人には勝てない。

 でもいつか、勝ってみせる。

 それが、この日に私が決心したことだ。

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