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第16話 答えられぬ問い

 ジルニッツ王国の王都、ザッテルハイム。

 建国より二百年を数えるこの都は、歴史の荘厳さと都会的な軽快さを併せ持つ優雅な都市として知られている。

 洗練された伝統文化はもとより、芸能、食、音楽など新しい流行が生まれるのもこの街だ。


 その中心に佇むのが、ジルニッツ王城――別名「白銀宮」。

 王族の権威を示すがごとく贅を尽くして築かれたその城は、遠目からでも白く輝き、国の象徴として国民から崇められていた。


 今夜、その城で国王から重大発表があると触れが出た。


 世は社交の季節。

 貴族街の別邸に常駐する者はもちろん、地方の領地にいる貴族たちまでもが馬車を乗り継ぎ、王都へと馳せ参じていた。


 貴族が集まれば当然のようにゴシップが飛び交う。

 それらは水面下での権勢争いの一端でもあるが、ここ最近とくに話題になっているのは、国王の二人の妃――コルネリアとオリーヴィアの関係であった。


 片や冷たい刃のような美貌の主。

 片や少女のように可憐な容貌の主。


 外見のみならず気質までもが対照的な二人については、語り尽くせぬほどの話題が提供されていた。

 なかでも注目なのは、それまで犬猿の仲――実際にはコルネリアが一方的に嫌っていた――二人が、「エルヴァン事件」以降に急速に接近したことである。

 暗殺されかけたのを水に流し、今では姉妹のように仲睦まじいと噂が持ちきりだった。



 金に糸目をつけず贅を尽くした社交の会場。

 白銀宮の中でも最大の広さを誇る広間に、国中の貴族たちが集められていた。


 やがて国王夫妻入室の口上が告げられる。

 視線が一斉に扉へと集中した。


 色とりどりの宝石が散りばめられた豪奢な扉。それが四人がかりでゆっくりと開かれると、国王の入場である。


 現れた三名の貴人。

 中央に立つのは、ジルニッツ王国第八代国王、フリードリヒ・ディーター・フォン・ジルニッツ。

 向かって左に正妃コルネリア・ローゼ・フォン・ジルニッツ。

 そして右に側妃オリーヴィア・ペーベル・フォン・ジルニッツが並ぶ。


 国王はいつもと変わらぬ正装に身を包み、顔には取り澄ました笑みを浮かべる。

 妊娠六ヵ月のオリーヴィアは、腹部を締め付けないよう細心の注意を払われた優美なドレスを纏っていた。可憐な笑みを浮かべているものの、緊張を隠し切れていない。


 一方のコルネリアは、己の美貌を誇示するかのように大胆なデコルテのドレスを纏い、鋭利な刃のような笑みを浮かべていた。すらりとしつつも肉感的な肢体が、多くの男たちの視線を引き寄せる。


 見慣れた光景。

 だが、どこかに違和感があった。


 勘の良い幾人かはそれに気付いたが、大半の者は国王が口を開くまで今夜の趣旨を理解していなかった。


 羨望の眼差しで見つめる者。

 互いに目配せし合う者。

 畏怖の念を浮かべる者。


 それぞれの立ち位置によって様々な反応を見せる。

 そんな貴族たちを見渡し、フリードリヒが口を開いた。


「皆の者。今宵(こよい)は我の招聘(しょうへい)に応じてくれて礼を言う」


 決まり切った口上が続く。その後、ついに話が核心へ触れた。


「皆もすでに存じている通り、我が側妃オリーヴィアは懐妊している。経過は順調。あと四月(よつき)ほどで子は生まれる」


 おぉ、と歓声が上がる。

 とはいえ、それはすでに周知の事実である。いまさら告げられるようなことではない。

 どよめきが収まるのを待って、フリードリヒが続けた。


「これは我が王家、ひいては我が国にとって大変喜ばしいことである。建国の父ルードルフの血が次の世代へ受け継がれるのだから」


 再び歓声が広がる。


「そこで今宵、皆に集まってもらったのは他でもない。よいか、よく聞け――」


 一瞬の溜め。

 次いで朗々と告げた。


「ここに、我が正妃コルネリアの懐妊を発表する!」


 広間に国王の声が響く。

 一瞬の沈黙。そして歓喜が爆発した。


「おぉ! それはめでたい!」


「おめでとうございます!」


「コルネリア妃殿下! ついに!」


 祝福の声が波のように広間を満たしていく。

 熱狂、とでも呼ぶほかなかった。


 オリーヴィアの懐妊発表にも祝福は贈られた。だが、正妃に先んじた妊娠である以上、諸手を挙げて喜べないという事情もあった。


 極めて政治的な理由ではある。

 しかしコルネリアの気性を鑑みれば、それも致し方ない。ここで目立って睨まれようものなら、御家断絶も冗談では済まされないのだ。

 その恐怖ゆえ、オリーヴィア派閥以外の貴族は社交辞令以上の反応を見せなかった。


 しかし今回は違う。

 正妃の懐妊。

 これほど喜ばしい知らせはない。


 やがて貴族たちは競い合うように贈り物を届け、コルネリアの歓心を買おうとするだろう。


 すでに打算が表れ始めた貴族の面々。

 眺めるコルネリアの顔に、愉悦が滲む。相変わらず氷のような笑みではあるが、その顔がどこか丸みを帯びて見えたのは、決して気のせいではなかった。


 本日の発表を終え、国王は妃二人を伴って会場を後にした。

 あとは無礼講である。貴族たちは正妃懐妊を肴にして、夜通し宴を続けるに違いない。



 喧騒を遠くに聞きながら、国王と妃たちは私室へと戻り、リビングのソファに腰を落とした。


「コルネリアよ、大丈夫か? 疲れてはいないか?」


 フリードリヒが気遣いの言葉をかける。


「支障ございませぬ、陛下。身ごもって三ヵ月。腹はまだほとんど膨らんでおりませぬゆえ」


 言いながら、無意識に腹へ指先を触れさせる。


「それより、オリーヴィア殿を気にかけてくださいまし」


 にっこりと笑う。以前より表情が和らいで見えた。


「そうか、すまぬな。――では、オリーヴィア。お前はどうだ?」


「はい、陛下。お気遣いありがとうございます」


 そう言ってオリーヴィアは、膨らみ始めた腹をそっと撫でる。

 目を細め、心の底から幸せそうに微笑む姿に、フリードリヒの頬も自然と緩んだ。

 

 その光景を、コルネリアはどこか冷めた目で見ていた。夫の優しさが、まるで他人事であるかのように。


 やがて静かに立ち上がる。


「わらわは先に失礼させていただきまする」


 軽く礼をして、音もなく部屋を後にした。



 自室へ戻る途中。

 長い廊下を歩きながら、コルネリアが口を開く。顔には取り繕わない冷たさが張り付いていた。


「のぉ、ルッツ。この腹の子、どちらじゃと思う?」


 事情を知る者でなければ答えられぬ問い。

 騎士長ルッツが静かに答えた。


「……私如きには、わかりかねます」


「わからずともよい。其方の思うところを申してみよ」


「恐れながら……きっと男の子でしょう。建国の父ルードルフの血を引く、精悍な――」


「ルッツ。そうではない。性別など問うてはおらぬ。……わざとか?」


 声の温度が下がる。

 廊下に沈黙が落ち、ルッツが意を決したように再び答えた。


「それこそ、わかりかねます。魔力持ちか否かは二歳を過ぎねば判明しません。実際、エルヴァンの子も――」


 言いかけて口をつぐむ。

 その名は、まるで禁じられた言葉のように、口の中で消えた。

 コルネリアが振り向かぬまま言う。


「まぁよい。男であれば良し。彼奴(きゃつ)の子であればなお良し、と言ったところか」


 わずかな間。


「なれど――」


 静かに続けた。


あの女(・・・)稚児(ややこ)が男であって、わらわのが女であれば、その時は……わかっておるな?」


「……承知しております」


 短く答えるルッツ。

 その顔には、どこかで見たような諦めが浮かぶ。


 廊下の先で、コルネリアの足音だけが静かに遠ざかっていった。

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