第14話 夢の底
砦の地下石牢。
窓はなく、天井は低く、床と壁は冷たい石。饐えた汚物の臭いが鼻を突き、湿気が肺に絡みつく。
正常な者なら一刻も耐えられないであろうその中で、一人の男が腕を組み、瞑目していた。
エルネストだ。
劣悪極まる環境などまったく気にせず、ただ身体を休めていた。
持つものは己の肉体ひとつ。それのみで生き抜かねばならぬ奴隷ゆえ、食事も休息も仕事のうち。眠れる場所があれば、そこが寝床になる。
それはエルネストも例外ではない。すべてのことに興味を示さない彼ではあるが、それだけには貪欲だった。
普段と変わらぬ無表情。腕を組み、瞑目しているだけにしか見えないが、確かに彼の意識は水面下にあった。
夢を見ていた。
明るい食卓。
焼きたてのパンの香り。
煮込みの湯気。
楽しげな笑い声。
不意に頬を摘まれる。
「ちちうえ。はい、あーんちて」
小さな手だった。指で摘んだ果実を押し付けてくる。
鼻先に香る甘い匂い。
迷わず口を開き咀嚼した。
「うん、おいしい。ありがとう」
自分の声だった。だが、他人のようだ。
優しい声。
もっと掠れていた記憶があるが、気のせいだろうか。
「あらあら。お食事中は行儀よくしなきゃダメよ」
笑いながら窘める優しい声。
温かい感情に胸が満たされる。
懐かしい。すべてが愛しい。
名を呼ぼうとする。
だが――思い出せない。
舌先で転がる音が霧散する。
なぜだ。なぜだ。なぜだ!
命より大切な名が、どうして出てこない!?
おかしい、おかしい、おかしい!
景色が暗転する。――だが、同じ景色。
暗い石牢。腐敗臭。眼前に広がる牢格子。
その向こうに女がいた。
蹲っている。
腕の間から別の小さな手が見えた。
「ごめんなさい……」
女が泣いていた。
血塗れの衣服。床には血溜まりが広がる。
「守れなかった……」
呼吸が浅くなっていく。身体から力が抜けていく。
ただ、抱きしめる腕だけがほどけなかった。
こぼれる小さな手。短い指。
手を伸ばす。だが牢格子が邪魔をする。
鉄の冷たさが掌に食い込み、指先が血で滑った。
間に合わない。このままでは――
邪魔だ、邪魔だ、邪魔だぁぁぁ!!
胸の奥でなにかが軋む。熱がこみ上げる。
そして――世界が爆ぜた。




