〈二十八章〉違和感
全員が基地に戻ってから、2週間が経った。
あれからネバーリサーチはエネミーの資料集めを一旦中止し、
食糧の確保と物資の補充に舵を切っていた。
レンは治療室でハルを診ていた。
ヴィクターとの戦闘中に出来た切り傷に、
慣れた手付きで包帯を変える。
その手が一瞬止まった。
包帯が手から滑り落ちたようだ。
拾おうとするレンの手がぶつかって救急箱も倒れる。
ハル「大丈夫か?」
レン「あっちゃー。ごめん、ちょっと待ってて。」
包帯や消毒液を片付けるレンの背中に、ハルは心配の目を向けていた。
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その日の夕方。
皆が食堂に集まっていた。
今まではパンなどを配るのみだったが、
最近は調理された夕飯が配られるのも、珍しくはなかった。
暖かい食事。食卓を囲む仲間。
皆の話し声が聞こえる食堂は、憩いの場であった。その時...
ガシャン———
音の方向に皆の視線が向く。
皿が床に落ちて割れており、辺りに料理が散らばっていた。
レンが、食事を落としてしまったらしい。
レン「ごめんごめん!すぐ片付けるね!」
レンは咄嗟に笑顔を作った。
ただ、ハルとカイはその手の震えを見逃さなかった。
その夜、レンはカイに呼び出された。
診察室の冷たい空気に、レンはネバーリサーチに来た頃の、初めての検査を思い出していた。
エネミー肉を摂取しても、肉体が変化しない。
その原因は、未だ定かではない。
そんな事を考えている内に、奥の部屋からカイがやって来た。
レン「どうしたのカイ?急に呼び出して...」
カイ「こんな夜中にごめんな。実はちょっと検査をさせて欲しいんだ。」
レンは驚いたようにカイを見た。
カイ「最近、なんだか様子がおかしい。
物を落としたり、バランスを崩したり...」
レン「大丈夫だよ。ただ疲れてるだけだって!」
レンは笑って席を立とうとした。
レン自身も違和感に気づいてない訳ではなかった。ただ、それを知るのが怖かった。知られるのが怖かった。
カイは、そんなレンの手を掴んだ。
カイ「...頼む」
カイの目は、真剣だった。
レンは、頷くしかなかった。
検査が進んでいく。
血液、心拍、呼吸、様々なデータを見比べていたカイの手が止まった。
カイ「おかしい...」
レン「...何が?」
レンは恐る恐る聞いた。
カイ「右腕の筋肉量が、明らかに低い。」
レンは自身の右腕を見た。
見た目は変わっていない。
しっかりと、開いたり握ったりできる。
カイ「ちょっと、これやってみてくれ。」
カイは握力測定器を取り出した。
数値が表示される
右:16.5
左:35.7
レンの顔が青ざめた。
レンの利き腕は右だ。本来、ここまで差が開くのはあり得ない。
カイ「...ヴィクター戦で、お前は右手を再生させた。そうだな?」
レン「...うん」
カイ「その時、何が起こったか覚えてるか?」
レン「...手を切って、再生した」
カイは資料を開いた。
そこには、ルーカスが残した孤児の研究記録。
レンについて...完成系の労働力についてのページを開いた。
カイ「お前の再生能力は、『若返らせて再生する』
それが、ルーカスの仮説だった。」
レン「...若返り?」
カイ「つまり、傷ついた部分を、
より若い状態で再生する」
カイはレンを見た。
カイ「もし、それが本当なら――
お前の右手は、今、赤ん坊の手と同じ状態だ」
レンの息が止まる。
レン「でっでも、今までそんな事...」
カイは少し黙った後に告げた。
カイ「推測でしかないんだが...」
カイは少し言葉を選んだ。
カイ「もしかしたら、レンの"若返り"が強くなっているのかも知れない」
レン「...え?」
カイ「ヴィクター戦で、お前は何度も再生した。
右手だけじゃない。吹き飛ばされた時、全身に傷を負ったはずだ」
レンは、あの時のことを思い出す。
壁に叩きつけられた衝撃。
体中の痛み。
カイ「その度に、細胞が再生された。
もしかしたら、過剰な再生によって、
若返りの"力"が暴走しているのかもしれない」
レン「...暴走」
カイ「あくまで推測だ。でも...」
カイは資料を見る。
カイ「お前の再生能力は、まだ未知の部分が多い。
使えば使うほど、強くなるのか。
それとも、制御が効かなくなるのか」
沈黙が続く。
カイ「...すまん。脅すつもりはなかった」
レン「...ううん。教えてくれて、ありがとう」
夜の検査は不安だけを残して幕を閉じた。
レンはベッドの上で、初めて知能持ちに襲われた時の事を思い出していた。
空気が冷たく、息が詰まる地下通路。
エネミーの足音が迫ってくる中、
レンは仲間を助ける為に、エネミーに襲われた。次目を開た時、エネミーの死体の中に居た。
その間の記憶はない。
もし、エネミーによって損傷された脳が
若返った状態で再生したのなら、その記憶喪失も説明がつく。
その若返りが強化されている今、
もしもう一度脳を損傷すれば...
レンはその続きを考える事が出来なかった。
結局、寝れたのかも分からないまま、気が付けば朝を迎えていた。




