〈二十五章〉神
カイは、壁一面に掛けられた地図にペンでバツ印を付けた。
その地図はバツで溢れている。
カイ「そろそろ移動すべきだな...」
その時、部屋のドアが勢いよく開き、そこからルーカスがやって来た。
その手にはパソコンが抱えられている。
ルーカス「電波を受信した!あの街の電波と酷似しているが、かなり大きい!」
カイ(電波を受信?!なんで今急に流れ出したんだ?)
カイ「方向は?」
ルーカスはパソコンの画面をカイに見せる。
その瞬間に甲高い警報が基地中に鳴り響いた。
カイはすぐさま視線をモニターに向ける。
そこには、基地に向かって真っ直ぐ走ってくる複数のエネミーの姿があった。
カイ(エネミーの知覚範囲を大きく超えてる...何が起こってんだ?)
カイはすぐさま指令を出し、銃を持って応戦しようとするが、間に合わない。
皆の準備が整うよりも先に、エネミーは基地のフェンスを飛び越えた。
カイがエネミーの内一体を、狙撃銃で撃ち抜いたが、他のエネミーの侵入を許してしまった。
その時、クラクションの音が鳴り響いた。
ハルが車の上で銃を構えている。
ハル(こっちを向いた瞬間に頭を撃ち抜く...)
だがハルの予想に反し、エネミーは真っ直ぐ基地へと向かった。
ハル「...っく、なんでだよ!」
ハルは車から飛び降り、引き金を引く。
しかし、エネミーの後方からの射撃では頭を撃ち抜くのは困難であった。
エネミーは止まらない。
その場の誰もが最悪を予想した瞬間、エネミーは基地を無視してそのまま通り抜けて行った。
エネミーの行動原理から外れた行動。そして統率された動き。
レンは静かに呟いた。
レン「これ...知能持ちの時と似てる。」
カイはもう一度ルーカスのパソコンを見る。
電波の方向と、エネミーが来た方向が一致していた。
カイ「...まさか」
ルーカス「この電波が、エネミーを操っている...?」
カイ「向かう。全員準備しろ」
一行は電波の発信源へと辿り着いた。
そこは、一度調べた事がある建物。周りの施設と同系列のエネミー研究所であった。
足音だけが耳に届くような静寂。
レンは今一度、弓を強く握りしめた。
レン(何か...嫌な予感がする)
空気が、重い。
まるで、何かに見られているような。
その時、地面が急に近づいた。
天井が高くなる。
一瞬遅れて、自分達がその場に倒れ込んでいることに気付いた。
ルーカス「..!?どうした!何があった?」
カイ「分からない!体に力が...」
全員が床に倒れ、動けない。
ルーカスだけが立っている。
パソコンの画面が、一瞬明滅した。
電波が、さらに強くなる。
ルーカス「...誰かいるのか!?」
廊下の奥に、目を向ける。
暗闇。
何もいない。
――いや。
何かが、いる。
息遣いが聞こえる。
荒く、不規則な。
人間のものではない。
ズルリ、ズルリと。
引きずるような音を立てて、こちらに近づいてくる。
ルーカスの背筋に、冷たいものが走った。
その瞬間――
廊下の奥で、何かが動いた。
天井を這うような影。
壁を伝う、黒い塊。
ルーカス「...っ!?」
それは、人の形をしていた。
だが、人間ではなかった。
白衣を纏った、何か。
レンは、動けないまま、それを見つめるしかなかった。
影が、光の中へ出る。
「ッククク...」
だが、それは人間の笑い声ではなかった。
何かが、喉の奥で擦れるような音。
ヴィクター「久しぶりだね、諸君」
体の右半分が、黒く膨れ上がっている。
片目は、もう人間のものではなくなっていた。
ヴィクター「なるほど...君たちは、これを食らえばこうなるのか」
彼は、倒れたレンたちを見下ろす。
その笑みはもはや、人間のものではなかった。
ルーカス「...その姿...まさか、エネミーを!」
ヴィクター「ん?あぁ君か。ルーカス・ヴァレン、
誰か協力者がいるだろうとは思っていたが、君だったとは...
まぁでも今は君に感謝すべきかもしれないね。君のおかげで私は真に神と成れた。」
ヴィクターは満足そうに口角を上げる。
ルーカス(神と成れた...?まさか、あの街の宗教関連か...?!)
目の前の光景呑み込みきれないネバーリサーチとは対照的に、
ヴィクターは興奮気味で説明を続ける。
ヴィクター「あの調査書、良かったよ。良くまとめられていて読みやすかった。
あぁそうだ。孤児のサンプルが手に入ったのも大きかったな」
カイの頭にリュウの顔がよぎった。
命懸けでシェルターから逃げ出してくれた、かつての仲間の遺体は
シェルター内部に残されたままであった。
カイ「まさか、お前...」
ヴィクター「あぁ。人間の身体では、救済を受けきれなかった...
だからこそ私は、孤児の細胞を媒介にする事で神に適応する事に成功したのだ!素晴らしいと思わないか?」
体が震える。腹の奥から、憎悪と怒りの感情が漏れ出るような感覚に襲われた。
ハル「なんでっ...なんでお前はそこまで命を愚弄できるんだ!?」
ハルが声を捻り出す。
ヴィクター「ほぉ...君は中々不思議な事を言うな。
第一、生きるという理想のためにエネミーを殺すお前達と
大義のために君達を殺す私は何が違うというのだ?同じ殺しには変わらない。そもそも人間でもない君達を使った所で、何の問題がある?」
孤児達の訴えは、余りにも冷たい形で跳ね返された。
自分達が利用される為の物として生まれた事。
そしてそれに何の疑問も抱いていない傲慢。
ハルは歯を食いしばった。
ハル(くっそ...銃さえ持てれば、こんな奴すぐに...)
ハルは銃に手を伸ばそうとするが、
冷たいコンクリートの感覚のみが帰ってくる。
その時、レンだけが静かに立ち上がった。
地面には血溜まりが出来ており、血に濡れた手には弓が握られていた。
体は震えており、いつ倒れてもおかしくない。そんな中、弓だけはブレずにヴィクターを捉えていた。
レン「…大義なんかじゃない。お前は逃げただけだ!事実から目を背けて理想を言い訳にしているだけだ!」
その声にヴィクターの、動きが一瞬遅れる。
弓から放たれた鉄球がヴィクターの腕を撃ち抜いた。




