〈二十四章〉祈り
レンは静かに日記を閉じた。
息が、上手く吸えない。
ハル「...レン?」
レン「......」
言葉が出なかった。
何を言えばいいのか、分からなかった。
エネミーの侵攻が進む世界で生まれた狂気は、
心の拠り所として正当化されていたのだ。
カイ「...行こう」
ハルが、そっと檻に手を合わせた。
他の者も、それに倣う。
短い沈黙の後、一同は階段を上った。
地下室を後にした一行は、街の中央へ向かった。
教会の扉を開ける。
祭壇には、エネミーの像が飾られている。
その周りに、花が供えられていた。
壁には、文字が刻まれていた。
「変容は昇華なり」
「自尊を捨て、永遠を得よ」
レンは、その文字を見つめた。
レン「...狂ってる」
誰も、反論しなかった。
教会の外でルーカスは電波塔について調べていた。
カイ「...どうだ?」
ルーカス「...わからない。規則的だけど、何かを伝える為の信号とはまた少し違う。とりあえず
周波数のデータは取れたからもう大丈夫。」
カイ「じゃあここを出よう。もうここには用はない」
一行は街を出ようと歩き出した。
レン「...この街、何があったんだろう」
カイ「宗教に囚われた街。それが真実だろう」
ハル「もう戻らないほうがいい」
レンは一度だけ振り返り、それから前を向いた。
車は静かに次の目的地へ向かう
ーーーーーーーーーーーー
誰もいなくなった街。
地下室に、白衣の男が立っていた。
その男は檻の前で立ち尽くしている
手には一部が黒く塗りつぶされた絵を握りしめていた。
彼は、血に染まったワンピースを拾い上げた。
「...愛していたよ」
短く、そう呟く。
それから、日記を開いた。
――夫に相談すれば良かった。
その一文を見て、男は静かに笑った。
「相談されても、私には何もできなかっただろうな...」
日記を閉じ、名残惜しそうに檻を見つめた。
扉が、風に揺れている。
冷たい風が、地下室に吹き込んだ。
風に揺られた白衣の中から黒く膨れ上がった皮膚が顔を覗かせた。
男は自身の首に掛かっていたIDカードを握りつぶし、地下室を後にした。
街には再び、静寂が戻った。
地下室に取り残されたカードには
[特別研究員 ヴィクター・ノア・ハイン]と書かれていた。
数日後、あれからいくつかの施設を回ったが、収穫は少ない。
資料室でレンは、すでに分かりきっている情報が書かれているファイルに、
何度も目を通していた。
そこにハルが入ってくる。その手には2人分の昼ご飯がある
ハル「レン...ご飯持って来たぞ。」
レン「...うん。そこ置いといて欲しい」
レンはファイルから目を逸らさず答えた。
その目には隈が浮かんでいる。
ハルは何も言わずにレンの隣に座った。
レンの前に昼ご飯を置く。
レン「...ごめんハル。資料をまとめないと...」
ハル「食べろ。」
ハルがご飯を食べ始める。
レンはハルを見ながらも、ファイルから手が離せなかった。
レン「...ごめん。これ終わったら食べるよ。」
ハル「いいから、今、食べろ。」
レンはファイルに栞を挟み、静かに閉じた。
食器の擦れる音だけが聞こえるような静寂。
レンの手が少しずつ遅くなる。目には涙が滲んでいた。
仲間と共にご飯を食べる様な幸せな時間。その終わりがすぐそばまで来ているかもしれない。
明日には、誰かが居なくなるかもしれない。
レンの食事は、いつからか減っていた。
眠れていないことも、ハルには分かっていた。
ハル「...ったく、頑張りすぎなんだよ。」
ハルはレンの背中にゆっくりと手を置いた。
ハル「...きっと大丈夫だ。」
レンの目から涙が零れ落ちる。レンはこの瞬間が永遠に続く様に祈った。




