〈二十二章〉代償
誰もいない、静かな研究所。
人類がシェルターに逃げる段階で見捨てられた、かつてはエネミーに関する研究をしていた施設が数十年ぶりに目を覚ましていた。
外からは数体のエネミーが走り寄ってくるが、次の瞬間には頭を撃ち抜かれ、地面に倒れる。しかしその銃声が次々とエネミーを
呼び寄せ、気付けば研究所は囲まれ始めていた。
ハル「…っ!そろそろ限界だ!急げ!」
屋外からの声が響く。
外壁に爪が立つ音が、はっきりと聞こえ始めていた。
金属が軋む音に誰もが顔を強張らせる。
室内ではレンが限界まで書類を抱え込んでいた。パソコンからデータを抜き取ったルーカスがレンを急かす。
ルーカス「急ごう。もう充分だ。」
レンが走ると同時に幾つかのファイルが地面に落ちる。手を伸ばそうとするが、拾い上げるよりも早くカイの手で車に乗せられ、そのまま研究所を後にした。
カイが地図を開き、残りの燃料を確認しながら基地への帰還を促した。
その手つきは、以前のリュウに比べればまだ不慣れだ。
だが、誰も文句は言わない。
カイがリュウの代わりを担うしかないと、誰もが理解していた。
リュウがいれば、もっと的確に、もっと速く判断できただろう。
その不在が、今になって痛いほど分かる。
シェルターを脱出してから、三ヶ月が経っていた。
基地は定期的に移し替えながら
ネバーリサーチは各地の研究所を巡り、エネミーに関する資料を集めていた。
今日訪れたのは、五つ目の施設だった。
帰りの車の中での会話は無かった。
銃の点検と手入れをするハル、持ち帰ったデータを確認するルーカス、
周囲の安全を確かめるカイ、
そんな中レンは1人、窓の外を眺めてシェルターから脱出した時の事を思い出していた。
助けられなかったナギ、逃げ道を作ったリュウ、その命の重さが胸の奥に佇んでいるのを感じた。
そしてリュウが遺した書類。
脱出の翌日にカイの口から皆に共有されたのは
リュウの研究結果についてであった。
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・体にエネミーと酷似した細胞を確認。
→摘出不可。
・エネミーへの変容に対する耐性を確認。
・許容容量を超えてエネミー由来の成分を摂取した場合にのみ変容。
・筋繊維や骨の膨張、強化を確認。
→それにより、血管や神経が圧迫され、死亡のリスクが大きい
・意識回復の見込みなし
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肉体強化における代償は寿命という形で体を蝕んでいた。
レン(それまでに....絶対...)
レンはネバーリサーチで唯一、エネミー肉による肉体強化がない。
その事にレンは安堵は一切感じなかった。
仲間を失う恐怖が、レンの心に大きく広がっていく。
カリア、ナギ、リュウ。
もう、これ以上失いたくない。
レン(時間がない...)
寿命。それは確実に、仲間たちを蝕んでいく。
今は元気でも、いつか――
レン(だから、私が...)
何ができるかは分からない。
でも、じっとしていられない。
レンが拳を強く握りしめる。
その時、隣のハルが小さく声をかけた。
ハル「...大丈夫か?」
レン「...うん」
短い返事。
ハルは何かを言いかけたが、結局言葉を呑み込んだ。
ハル「...無理すんなよ」
レン「......」
答えは返ってこなかった。
ハルは、それ以上何も聞かなかった。
窓の外を流れる景色だけが、静かに変わっていった。
レン(もう....失いたくない)




