〈2章〉決意
長い暗闇を抜け、バンは彼らが拠点と呼ぶ場所にたどり着いた。
脱線した電車を改造した簡素な施設で、内部からは淡い照明が漏れ出ている。
バンが到着すると、子どもたちが一斉に出迎えた。
怪我人の手当てやバンの点検が、言葉を交わす暇もないほど手際よく進んでいく。
その光景を目にして、レンは初めて「安心」を感じた。
そして、そのまま眠りに落ちた。
⸻
目を覚ますと、そこは電車の中だった。
座席をくっつけただけの簡素なベッドに、レンの体は沈んでいる。
???「よかったぁ。目が覚めたんだね」
すぐ近くから、優しそうな声が聞こえた。
サラ「おはよぉ。私はサラ。大変だったねぇ」
レンは、命からがら逃げ延びた記憶が一気に蘇り、飛び起きる。
レン「みんなは?!」
サラ「みんな寝てるよぉ。かすり傷はあるけど、命に別状はないから。そのうち起きると思う」
周囲を見渡すと、ハルや他の孤児たちが同じように眠っていた。
──だが、カリアの姿はない。
サラ「そうだぁ、ここ説明しなきゃだったね。ここはネバーリサーチC団。私たちは、孤児の保護と脱出を目的にした集団だよぉ」
レン「……何が、起こったんですか」
サラ「んっとねぇ。ちょっとショッキングな話なんだけど、不定期に君たちや私たちみたいな孤児が、ここに運ばれてくるんだぁ」
レン「……え?」
サラ「シェルターから離れたこの場所に、エネミーを引きつけるために、ね」
レンの喉が詰まる。
レン「そんな……こと……」
レン「私たちは、あそこから逃げた生き残りの集まりで――」
その時、壁際のランプが緑色に点灯した。
レン「あっ。帰ってきたみたい」
直後、ドアが勢いよく開き、アキが飛び込んできた。
十八歳。若いが最年長で、頼れる顔立ちをしている。
肩には銃火器を下げていた。
サラ「五人、みんな無事だよぉー」
アキ「はぁ……はぁ……よかった……。ありがとう、サラ」
サラ「まかせんしゃぁーい」
アキは息を整えながら、レンたちを見回す。
アキ「とりあえず……本当に、生きててよかった。辛いかもしれないけど、今はそれだけで十分だ」
レン「……あの! 私たちを襲った、あの怪物は何なんですか! エネミーって、本当にいるんですか!」
アキは一瞬だけ言葉を探すように視線を落とし、頷いた。
アキ「……無理もない反応だね。今、説明するからちょっと待って」
そう言うと、奥の部屋から分厚いファイルを持ってきた。
表紙には、無機質にこう書かれている。
――調査書。
アキ「昨日、君たちが遭遇した怪物。それがエネミーだ。人類は数十年前、エネミーとの全面戦争に敗れた」
アキはページを開き、淡々と語り始める。
アキ「それまでは広い世界で自由に暮らしていた。でも敗北後、人類は自由を失い、各地のシェルターで生き延びるしかなくなった」
レンはファイルの文字を追いながら、理解より先に胃の奥が冷えていくのを感じていた。
アキ「初めに言っておく。全部を理解するのは難しい。けど、これが現実だ」
ページをめくりながら、エネミーの基本情報が語られる。
視力が弱いこと。
頭部が決定的な弱点であること。
サイズや年齢で、強さが変わること。
アキの声は淡々としている。
だが、時折かすれる。
それは単なる観察結果ではなかった。
生き延びるために取った手段と、その先で支払った「代償」の記録だった。
アキ「エネミーの肉を摂取すると、筋力や心肺機能が強化され、骨密度も上がる。僕らが銃を扱える理由がこれだ」
レンの息が止まる。
アキ「でも、過剰に摂取すると理性や記憶を失う。進行すれば……エネミーに変容する」
一瞬の沈黙。
アキ「補給が途絶えた時期があった。仲間を失って、追い詰められて……誰かが肉を口にした」
アキは視線を落とす。
アキ「強くなった。生存率は上がった。でも……理性を失った者、記憶をなくした者、最後には変わってしまった」
彼はファイルの端を、指先でなぞった。
アキ「……僕は、もうこれ以上仲間を死なせたくない」
顔を上げ、レンたちを見る。
アキ「だから君たちを、死ぬ気で守る。その代わり――君たちも、ここから脱出するために、死ぬ気でついてきてほしい」
⸻
その夜、レンは眠れずにいた。
ハルが飲み物を持ってやってくる。
ハル「ほら。ココアか、コーン缶。どっちがいい?」
レン「……ココア」
ハルは隣に腰を下ろす。
しばらくの沈黙のあと、レンが口を開いた。
レン「……私のせいで、カリアは死んだ。ロンもユウトも……助けられたかもしれないのに……」
レンの目に、涙が滲む。
ハル「……俺はさ」
ハルは静かに言った。
ハル「アキさんの話に、乗るつもりだ。助けられる人を増やして……助けた人も、増やしていきたい」
レン「……怖くないの?」
ハル「怖いさ。でも、俺はみんなの命の上に立ってる。クヨクヨしてたら、申し訳が立たないと思った」
レンは言葉を失う。
ハル「……で、お前はどうなんだよ」
レン「……ハルは、強いね」
ハル「そーでもねぇよ」
少し間を置いて、レンは顔を上げた。
レン「……やる」
ハル「うん。それでこそ、レンだ」
レンの目に、もう涙も迷いもなかった。
夜の闇の向こうで、
世界は変わらず、彼らを待っている。




