先手
◇◆◇◆
────同時刻、モータル公爵家の応接室にて。
私は向かい側の席に座るフェアレーター伯爵と、小伯爵のイアン・ドレイク・フェアレーターを見据えた。
いつものように穏やかな笑みを浮かべながら。
「急遽こちらにいらしたのは、恐らく建国記念パーティーの件ですよね?」
突然の訪問理由を尋ねる私に対し、フェアレーター伯爵達はビクッと肩を震わせる。
『責められている』と感じたのか、二人とも顔面蒼白で席を立った。
「は、はい!先日はウチの馬鹿息子が、大変失礼しました!」
「ビオラ嬢には、多大なるご迷惑を……!心より、お詫びいたします!」
深々と頭を下げて謝罪し、フェアレーター伯爵達は精一杯の誠意を見せる。
モータル公爵家の不興を買えば、家の存続も危ぶまれるので必死なんだろう。
不安と緊張を露わにする彼らの前で、私は笑みを深めた。
「顔を上げてください」
「ですが……!」
「お二人は何も悪くありませんから」
「いえ、きちんとアニスを管理出来なかった我々にも責任があります!」
『アニスの破天荒さは、分かっていた筈なのに!』と言い、フェアレーター伯爵達は強く手を握り締める。
思い詰めている様子の彼らを前に、私は居住まいを正した。
「それを言うなら、婚約者である私も同じです」
「「そんなことは……!」」
間髪容れずに否定してくるフェアレーター伯爵達に、私はスッと目を細める。
「ですので、今後はきちんと管理していくつもりです」
「「!」」
これでもかというほど大きく目を見開き、フェアレーター伯爵達は固まった。
どうやら、これからも関係を続けていくとは思わなかったらしい。
アニスから、婚約破棄に同意しなかったことを聞かなかったのかしら?
それとも、聞いていた上で『有り得ない』と判断していただけ?
まあ、何にせよ今ここできちんと理解してもらえればそれでいい。
などと考えつつ、私は向かい側のソファを手で示す。
「その話を詳しくしたいので、顔を上げて座ってくれませんか?今のままでは、お互い話しづらいでしょう?」
「あっ、はい」
「では、お言葉に甘えて」
フェアレーター伯爵達は上体を起こして、おずおずとソファに腰掛けた。
躊躇いがちにこちらを見つめる彼らの前で、私は早速話を始める。
「それで今後のことなんですけど、まず────アニスの身柄をこちらに引き渡していただきたいんです」
────監禁するために。
とは言わずに、ニッコリ微笑む。
下手に本音を明かして、警戒されても嫌なので。
『一応家族思いの人達だから、最悪アニスの味方をする可能性もある』と思う中、フェアレーター伯爵達は顔を見合わせた。
「それはえっと……」
「ちょっと難しいかもしれません」
そっと眉尻を下げ、フェアレーター伯爵達は身を縮こまらせる。
困ったような反応を示す彼らに対し、私は
「何故ですか?」
と、質問を投げ掛けた。
『アニスが嫌がるから、ダメってこと?』と首を傾げる私の前で、フェアレーター伯爵達は言葉を紡ぐ。
「実はその……アニスが家出をしまして」
「一応監視も付けておいたのですが、不意をついて逃げたらしく……」
額に手を当てて俯き、フェアレーター伯爵達は小さく肩を落とした。
『面目ありません……』と項垂れる彼らを前に、私はトントンと軽く指先で膝を叩く。
今日、ここにアニスを連れて来なかった……いや、連れて来れなかった理由はそれか。
てっきり反省の色がないから、置いてきたのかとばかり……先にアニスの所在を確認するべきだったわね。
家出したのなら、色々と話は変わってくるもの。
だって、間違いなくミモザ・バシリス・フスティーシア王女殿下と一緒に居るだろうから。
最悪の事態である“駆け落ち”が現実味を帯びてきて、私は少しばかり焦りを覚えた。
『後手に回ってしまった』と思案する私の前で、フェアレーター伯爵達は顔を上げる。
「騎士団も動かして大至急捜索しておりますので、もう少々お待ちいただけますか」
「発見でき次第、こちらに連れてきますので」
『それで許してもらえませんか』とお願いしてくるフェアレーター伯爵達に、私は少し考え込む動作を見せる。
「分かりました。ただ、その捜索に我が家の騎士も加えてくれませんか?」
より確実かつ迅速にアニスを捕縛するため、私は協力を申し出た。
すると、フェアレーター伯爵達は目を瞬かせる。
「それは願ってもないことですが……」
「よろしいんですか?そこまでしていただいて」
「はい、こちらとしても早くアニスを見つけたいので」
『遠慮しないでください』と述べる私に対し、フェアレーター伯爵達は少し表情を和らげた。
「「そういうことなら」」
空色の瞳に感謝の念を滲ませ、フェアレーター伯爵達は肩の力を抜く。
『アニスを見捨てないでくれるだけでも、有り難いのに』と零す彼らを前に、私は侍女へ目配せした。
「あと、身柄譲渡の他にもいくつか頼みたいことがありまして」
話はまだ終わっていないことを仄めかし、侍女から書類を受け取る。
と同時に、フェアレーター伯爵達の方へ向き直った。
「唐突で申し訳ありませんが、今この場でアニスと────籍を入れさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「「!」」
大きく目を剥き、フェアレーター伯爵達は動揺を示した。
挙式前に入籍なんて、あんまりないものね。
大抵は式の最中、当人同士が書類にサインをして正式に婚姻を結んでいる。
でも、法律的には挙式前に籍を入れても問題ないし、当主の同意を得られれば当人のサインも必要ないわ。
手に持っている書類をテーブルの上に置き、私は口を開く。
「当人の居ないときに、このようなことを決めるのは卑怯だと分かっています。けれど、どうしても不安で……アニスは真剣にミモザ王女殿下のことを愛しているみたいですし」
そっと目を伏せ、私は左手の薬指を軽く擦った。
「だから、アニスと結婚出来る確証が欲しいのです」
控えめにフェアレーター伯爵達を見つめ返し、私は訴え掛ける。
どうかサインしてほしい、と。
結婚さえしてしまえば、たとえフェアレーター伯爵達があちらに寝返っても縁を切ることは出来ない。
名実ともにアニスはこちらのものになるのだから。
『あちらが家族の情に絆されて、敵となる前に』と考え、私は先手を打つことにこだわった。