表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/25

駆け落ち失敗

「えっ?ちょっ……!話が違うわ!」


 声を張り上げて抗議し、ミモザ王女殿下は黒のローブ集団を引き止めようとする。

でも、あちらはもう腹が決まったようで全く反応を示さなかった。


「それでは、失礼します」


 さっさと撤収準備を整えた黒のローブ集団は、優雅に一礼して窓から飛び降りる。

物音一つ立てず去っていく彼らを前に、私はモータル公爵家の騎士達へ向き直った。


「追わなくていいわ。それより、ミモザ王女殿下を丁重におもてなしして」


 言外に『逃げないよう、監視しなさい』と述べ、私は自身の髪を指先で軽くいじる。


「私はフスティーシア王国の人達が泊まっている宿に行ってくる。それから、アニスは別室で隔離ね。中に見張りも立てて、しっかり警護するように」


 呆然としているアニスを見下ろし、私は僅かに身を屈めた。


「いい子で待っていてね、アニス」


 くれぐれも余計なことはしないよう言い聞かせ、私は彼の首筋にキスをする。

ビクッと肩を揺らすアニスの前で、私はゆっくり身を起こした。

と同時に、物凄い形相のミモザ王女殿下が目に入る。


 計画が頓挫して悔しがっているのか、はたまた私の口付けを不愉快に思ったのか……なんにせよ、面白い子ね。

普通、ここは自分の行く末を案じる場面なのに。

最悪、殺される可能性もあるって分かっているのかしら?


 『まあ、今のところ殺す気はないけど』と考えつつ、私はクルリと身を翻した。

兎にも角にも、事態の収拾が最優先なので。

『遅れを取れば、こちらまで火の粉が飛んでくる』と気を引き締め、私は宿へ行った。

そこでフスティーシア王国の面々に事情を説明し、一緒にミモザ王女殿下の泊まっていた部屋へ足を運ぶ。


 あの方が裏で糸を引いているなら、確実に駆け落ちの証拠を残している筈。

もし、ミモザ王女殿下の失踪がモータル公爵家のせいにされたらあちらも困るだろうから。


 協力者の思惑を思い浮かべながら、私は室内を見て回った。

すると────チェストの上に載った置き手紙を発見する。


「『私には愛する人が居るので、この結婚を受け入れらません。探さないでください』ね」


 典型的な駆け落ち宣言を見つめ、私はクスリと笑みを漏らした。

その傍で、フスティーシア王国の面々は青ざめる。

まさか、本当にミモザ王女殿下がこのような騒動を引き起こすとは思ってなかったのだろう。

先程までの半信半疑だった態度を思い返し、私は『これで疑いの余地など、なくなったわね』と肩を竦める。


「今回の件は残念ながら、なかったことに出来ません。いえ、してはいけません。このままだと、同じ過ちを繰り返しかねませんから」


 ミモザ王女殿下に反省の色がなかったことを仄めかし、私は置き手紙を手に取った。


「なので一度フェンネル国王陛下と話し、今後の対応を決めてきます」


 『上に指示を仰ぐべきだ』と主張し、私は胸元に手を添える。


「その間、ミモザ王女殿下の身柄はモータル公爵家で預かります。不本意かもしれませんが、また失踪する可能性もありますから警備の厳しい場所で監視した方がいいでしょう」


 宿に戻すことの危険性を説き、私はミモザ王女殿下の返還を阻止しようと動いた。

『今、フスティーシア王国の面々と合流されるのは困る』と思案する中、侍女と思しき女性が手を上げる。


「なら、我々もモータル公爵家に……」


「いいえ、あなた方には私と一緒に来てもらいます」


「で、ですが……」


「ミモザ王女殿下のことはモータル公爵家が責任を持って保護しますから、ご安心ください」


 『何も心配するようなことは、ありません』と言い聞かせるものの、フスティーシア王国の面々はまだ納得していない様子。

無言で顔を見合わせる彼らを前に、私はゆるりと口角を上げた。


「それでも、ミモザ王女殿下のところへ行きたいなら止めませんが……フェンネル国王陛下に本件の釈明をしなくて、よろしいのですか?」


「「「!」」」


 ハッとしたように息を呑むフスティーシア王国の面々は、僅かに表情を硬くする。

あくまで未遂とはいえ、逃亡を許してしまったのは変わらない。

早めに弁解しておいた方がいいのは、明らか。


「……臣下として、事の次第を報告する義務はありますね」


「宿での行動は、私達の方が知っていますし……」


「ですので、我々も同行します」


 真っ直ぐこちらを見据え、フスティーシア王国の面々は決断を下した。


 良かった、全員で来るみたいね。

まあ、ここで同行しなかったら後が怖いものね。

弁明しに行った子達が、勝手に責任を押し付けてくるかもしれないから。


 残留するリスクを思い浮かべ、私は『いい選択をしたわね』と微笑む。


「では、早速移動を開始しましょうか」


 ────と、呼び掛けた数日後。

私は彼らと共にフスティーシア王国へ赴き、即行でフェンネル国王陛下に謁見した。

そして、ミモザ王女殿下の駆け落ちを告げると、フェンネル国王陛下は怒りを露わにする。


「ミモザのやつ、なんてことを……!」


 眉間に皺を寄せ、フェンネル国王陛下はソファの肘掛け部分を強く握り締めた。

応接室いっぱいに物々しい雰囲気を漂わせる彼の前で、私は居住まいを正す。


「このまま、ミモザ王女殿下を嫁がせるのは正直危険です。スヴィエート神聖国にこちらの不利となる情報を教えたり、もしくはでっち上げたりするかもしれません」


 『野放しにしてはいけない』と主張して、私は自身の顎を撫でた。


「とはいえ、今更他の王女を嫁がせる訳にもいかないでしょう。なので────」


 そこで一度言葉を切り、私はニッコリと微笑む。


「────ミモザ王女殿下の舌を引き抜き、手首を切り落とすのはどうでしょうか」


「!」


 大きく目を見開き、フェンネル国王陛下は口元に力を入れた。

動揺のあまり言葉が出ない様子の彼を前に、私は利点をいくつか並べる。


「そしたら、ミモザ王女殿下は他者と……スヴィエート神聖国の者達と意思疎通を取れません。その上、駆け落ちの足枷にもなります。強引なやり口ですが、こちらとしては色々都合がいいのも事実」


 不都合な真実を暴露される心配がなくなって、駆け落ちのハードルも上げられるのだから。

あと、これはモータル公爵家にとってのメリットになるけど────協力者の正体を隠し通せるのが、大きい。

もし、その事実をスヴィエート神聖国やフスティーシア王国に知られたら確実に国際問題となるので。


 『ミモザ王女殿下をフスティーシア王国の面々から遠ざけたのも、そのため』と、私は思案する。

その傍で、フェンネル国王陛下は難しい顔をした。


「それはそうだが、傷物の花嫁などもらってくれるかどうか……」


 『突き返されるのではないか』と懸念を零し、フェンネル国王陛下は額に手を当てる。

決断を渋る彼の前で、私は後押しを試みた。


「そこはご心配ないかと。スヴィエート神聖国は誰もが平等であることをスローガンとして掲げているため、『傷物だから』と追い返すことはないと思います。そんなことをすれば、信者……もとい国民に不信感を抱かれますから。それに、ルーイヒ教皇聖下はかなりのお人好しです。ミモザ王女殿下を見捨てることは、まずないでしょう」


 『突き返されるなんて、有り得ない』と主張し、私はフェンネル国王陛下の不安を取り払う。

すると、彼は少しばかり表情を和らげた。


「ふむ……一理あるな。それで、ビオラ嬢はどんなシナリオを考えているんだ?」


 『舌と手を失った名分はどうするつもりなのか』と問うフェンネル国王陛下に対し、私はこう答える。


「ミモザ王女殿下は散歩のため外に出たところ賊に襲われたが、命からがら逃げ出し、モータル公爵家で保護した。というのは、どうでしょう?」


 在り来りな経緯だが、下手に凝ってボロを出すよりいいだろう。


「ちょうど先日捕縛した罪人が居ますので、その者を主犯として処刑すれば丸く収まるかと」


 『元々処刑する予定の者なので、気に病むこともありません』と補足し、私は最後の一押しをした。

その瞬間、フェンネル国王陛下は完全に迷いを捨てる。


「分かった。それで行こう」


 こちらの意見に従うことを宣言し、フェンネル国王陛下は席を立った。

真剣な面持ちの彼を前に、私もまた立ち上がる。


「では、早急に手筈を整えます」


 『こういうのは早い方がいいので』と述べ、私は優雅に一礼した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ