輿入れ《ミモザ side》
◇◆◇◆
────同時刻、王城の一室にて。
私はソファの上で頭を抱え、僅かに身を震わせていた。
というのも、数日前いきなり父に呼び出されて教皇聖下との結婚を命じられたから。
どうして、突然こんなことに?これまで結婚の話題なんて、一切出てこなかったじゃない。
しかも、相手がルーイヒ・ブランシュ・スヴィエートなんて……。
別に嫌いな訳じゃないけど、私とは色んな意味で不釣り合いでしょう。
『主に年齢とか……』と心の中で嘆き、私は肩を落とす。
と同時に、窓の外を見た。
「これって、やっぱり────ビオラ・インサニティ・モータルの仕業?」
正直この婚約には不自然な点が多く、父の意思だけで成立したとは考えにくい。
でも、何より利益を重視する父が先日のお詫びをするためだけにこのような行動に走ったとも思えず……悶々とする。
「一体、彼女はどんな手を使ったの?」
顎に手を当てて思い悩み、私はつい眉間に皺が寄る。
────と、ここで部屋の扉をノックされた。
「ミモザ王女殿下、ルーイヒ教皇聖下よりお手紙です」
扉越しに用件を伝えてくる侍従に、私はピクッと反応を示す。
望まぬ結婚相手からの手紙なんて受け取りたくないけど、疑問に対する“答え”を得られるかもしれない……。
『せめて、ヒントくらいは……』と考えつつ、私は席を立って出入り口に近づいた。
そして、扉を開けると侍従から手紙を受け取って部屋に引っ込む。
再びソファに座って背筋を伸ばす私は、早速手紙を確認した。
『まずは、謝罪をさせてほしい。このような老いぼれと結婚する羽目になってしまい、誠に申し訳ない。その償いと言ってはなんだが、君には夫婦の義務や責任を求めないつもりだ。幸い、神聖国は世襲制じゃないから子供を作らなくても周りにとやかく言われる心配はないだろう。最悪、夫婦という体裁さえあればいい。なんせ、この結婚は武力を求める我が国と鉱山の権利の一部を望むフスティーシア王国の利害が一致して生まれたものであり、その証なのだから』
他にも色々書いてあったものの、頭に入ってこず……私はただ『鉱山』という単語を見つめる。
お父様がルーイヒ教皇聖下との結婚を進めたのは、そういうこと……やっと、合点がいったわ。
便箋を握る手に力を込め、私は少しばかり表情を硬くした。
「はぁ……疑問は解けたけど、ここまで大きな事情も絡んでいるなら結婚を白紙に戻すのは不可能ね」
『結婚の目的を知れば、役立つ』と思ったのに、理不尽な現実を突きつけられただけに終わり……私はガックリ項垂れる。
少なくとも、父を説得して無かったことにするのは無理だと悟って。
「こうなったら、もう────駆け落ちするしか……」
出来れば取りたくなかった選択肢を思い浮かべ、私は唇を噛み締めた。
この道に進めば、多くの困難に見舞われるのは分かっている。
だけど、ビオラ・インサニティ・モータルの思惑通りになるのは嫌。
何より、愛する人と離れ離れになるなんて……考えられない。
ずっと一緒に居たい気持ちを膨らませながら、私は額に手を当てる。
「とはいえ、どうしたものかしら。アニスと合流して逃げるとなると、色々準備が……兎にも角にも、あちらに接触しないとよね」
しっかり作戦を立てる必要があるため、私は『どうにかして、連絡したい』と考えた。
「そのためには、まずアニスの現状を把握すべきね」
誰に言うでもなくそう呟くと、私は密かに情報を集める。
その結果────アニスはもうモータル公爵家に婿入りしていて、生活も共にしていることを知った。
フェアレーター伯爵家なら、まだやりようはあったけど……モータル公爵家か。
連絡を取るのは、ほぼ不可能ね。
手紙なんて送ったところで、アニスのところに届かないのは目に見えているもの。
それどころか、手紙を盗み読まれてこちらの目論見を知られる可能性だってある。
『正直、リスクが高い』と苦悩し、私は一つ息を吐く。
「とりあえず、私だけ逃亡してチャンスを待つ……?」
良く言えば、慎重な……悪く言えば消極的な意見を口にするものの、私は速攻で首を横に振った。
「いや、ダメダメ。そんなのいつになるか分からないもの」
『彼女がそんな隙を見せるとも、思えないし』とボヤき、私は小さく肩を落とす。
が、落ち込んでいる暇はないので直ぐに気を持ち直した。
「やっぱり、二人同時に逃亡するのが最善よね」
顎に手を当てて真剣に悩み、私はふと天井を見上げる。
幸い、スヴィエート神聖国に行くときはレジデンス帝国……それも、モータル公爵家の領地を経由するらしいから。
上手く護衛を撒き、上手くモータル公爵家に忍び込み、上手くアニスを連れ出せれば……
「────って、そう上手くいく訳ないよね」
『言うのは簡単だけど……』と嘆き、私は横髪を耳に掛けた。
どう考えても、この駆け落ちは私一人じゃ無理。
協力者が、必要だわ。
でも、私に手を貸してくれる人なんて居るかしら?
まず、フスティーシア王国の者達は除外よね。
私が駆け落ちしたら、この結婚……ひいては、スヴィエート神聖国との取引が白紙に戻るのだから。
可能性があるとすれば────。
とある人物を脳裏に思い浮かべ、私は強く手を握り締める。
『もしかしたら……』と淡い希望を抱き、私は机に向かった。
そこで便箋や筆記用具を取り出すと、丁寧に手紙を認める。
「一か八かの賭けだけど、もうこれしかない」
────と、決意した数週間後。
私は輿入れのためついにフスティーシア王国を後にし、レジデンス帝国へ足を踏み入れた。
『作戦決行まで、あともう少し』と奮起しつつ、私はモータル公爵家の領地まで静かに過ごす。
どうしよう……手が震える。物凄く緊張しているみたい。
少しばかり表情を強ばらせ、私は小さく深呼吸した。
と同時に、馬車の小窓から外を眺める。
「大丈夫……勝算はあるわ」
モータル公爵家の領地を一瞥し、私は真っ直ぐ前を見据えた。
────と、ここで馬車が止まる。
どうやら、今日の宿泊先に到着したようだ。
「いよいよね」
しゃんと背筋を伸ばし、私は侍従に言われるがまま馬車を降りる。
そして、宿の最上階にある貴賓室へ足を運ぶと、他の者達を全員下がらせた。
『今日はもう寝る』と言ってあるから、朝まで誰も来ないでしょう。
ベッドやチェストの置かれた空間を見つめ、私は備え付けのメモとペンを手に取る。
置き手紙をするために。
「『私には愛する人が居るので、この結婚を受け入れらません。探さないでください』っと」
行方不明になる理由をしっかり書き記し、私は該当のメモをチェストの上に置いた。
本当は何も言わずに姿を消して、モータル公爵家……ううん、ビオラ・インサニティ・モータルに疑いの目が向けられるようにしたかったんだけど、協力者との約束があるから仕方ない。
『責任は全てミモザにある、と明言すること』という条件を思い出しながら、窓辺に行く。
すると、タイミングを見計らったかのように三回ノックされた。
『来た!』と目を輝かせる私は、急いでカーテンを開ける。
「────お待たせしました」
窓越しにこちらを見つめ、お辞儀するのは黒のローブを羽織った男性だった。
協力者の送った仲間と思われる彼は、他にも複数部下を引き連れている。
「まずは、こちらを」
手に持っていたものを差し出してくるローブの男性に、私は小さく頷いた。
と同時に、窓を開けてソレを受け取る。
彼らと同じローブみたいね。
渡されたものを確認し、私は素早く着用した。
しっかりフードも被って身を隠す私の前で、ローブの男性は少し身を乗り出す。
「では、ちょっと失礼します」
一言断りを入れてからこちらに手を伸ばし、ローブの男性は私のことを抱き上げた。
かと思えば、
「少し揺れますが、我慢してください」
窓枠から飛び降りる。
『ひっ……!』と思わず声が出る私を他所に、ローブの男性は地面へ着地した。
他の者達もさっさと降り立ち、待機させていた馬に乗って移動を開始する。
目的地はもちろん────モータル公爵家だ。
もう少しだけ待っていて、アニス。
必ず貴方をビオラ・インサニティ・モータルの魔の手から、救い出すわ。