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「ならば、教皇聖下との結婚も悪くないな」


 教皇聖下との婚姻が成立すれば、フスティーシア王国は豊かな資源を手に入れられるものね。

また、スヴィエート神聖国はフスティーシア王国という後ろ盾(武力)を獲得でき、我々モータル公爵家の領土はちょうど両国の通り道にあるため通行料などで一儲け出来る。

場合によっては、鉱石などの資源を少し分けてもらえるかもしれないし。

正直、メリットしかないわ。


 まあ、ミモザ・バシリス・フスティーシアからすれば最悪の展開でしょうけどね。

政略結婚を強いられてアニスとの恋を諦めなければならないのはもちろんのこと、相手の教皇聖下は親子ほど年の離れた方だから。

それに、神聖国へ嫁げばこれまでのように贅沢な暮らしは出来ない。

せいぜい、没落貴族と同程度の生活基準と言ったところかしら。

私やモータル公爵家に対抗なんて、夢のまた夢……つまり、アニスを救い出したり陰から支援したりするのは不可能ということ。


 『だからこそ、教皇聖下を選んだ訳だけど』と思案し、私はフェンネル国王陛下の様子を見守る。

────と、ここで彼が顔を上げた。


「すぐあちらに連絡を取って、結婚を実現出来るよう努めてみよう」


 スヴィエート神聖国の意向を確認していないので断言こそ出来ないものの、フェンネル国王陛下の気持ちは固まったようだ。

太陽のような瞳に強い意思と覚悟を滲ませる彼の前で、私は穏やかに微笑む。


「ありがとうございます、フェンネル国王陛下」


 ────と、お礼を言った六日後。

私は使節団としての仕事を終え、また数日かけて国境を越えた。

そして、無事に帰還すると、皇帝陛下に報告を行ってから家路につく。


 ようやく、アニスとゆっくり過ごせるわね。


 数週間ぶりの再会に心躍らせつつ、私は屋敷に足を踏み入れた。

先に両親への挨拶を済ませ、私はいよいよアニスの待つ部屋に入る。


「久しぶりね、アニス」


 奥のソファに腰掛ける彼を眺め、私はニッコリと微笑んだ。

後ろ手で扉を閉める私の前で、アニスは勢いよく顔を上げる。


「ビオラ……!」


 驚嘆と憤怒の籠った表情を浮かべ、アニスは席を立った。

かと思えば、真っ直ぐこちらにやってくる。

それはもう突進するような勢いで。


「僕をここから、出せ!今すぐ!」


 私の両肩を掴んで揺さぶり、アニスは声を荒らげた。

いつになく必死な彼を前に、私は小さく首を横に振る。


「それは出来ないわ、一生ね」


「い、一生……!?」


 思わずといった様子で聞き返してくるアニスに、私は小さく頷いた。


「ええ、貴方はこれからずっとここで生きていくのよ」


 アニスの手を優しく包み、私は穏やかに微笑む。

その刹那、彼は手を叩き落とした。


「ふざけるな!僕はそんなの認めないぞ!」


 これでもかというほど抵抗感を示し、アニスはこちらを睨みつける。


「僕はさっさとこんなところから出て、ミモザと愛し合う日々を送るんだ!」


 『だから、邪魔するな!』と主張し、アニスは扉を蹴った。

脅迫と牽制の意味が込められた行動に、私は笑みを深める。

『こんなの意味ないのに』と思いながら。


「残念だけど、その願いは叶わないわ。たとえ、ここから出られたとしてもね」


「はっ!?何故、そう言い切れる……!?」


 戸惑いと不信感の入り交じった表情を浮かべ、アニスは腕を組んだ。

一貫して反抗的な態度を取る彼の前で、私はスッと目を細める。


「ミモザ王女殿下が、近いうちに結婚されるからよ」


「な、なんだと……!?結婚!?」


 大きく目を見開き、アニスは動揺を露わにした。

が、直ぐさま平静を取り戻す。


「嘘だ!僕を諦めさせるために、でっち上げたんだろう!」


 『騙されるものか!』と反発し、アニスは完全に信じない姿勢を見せた。

なので、私は情け容赦なく現実を突きつけることにする。


「いいえ、事実よ」


 先程届いたばかりの手紙を懐から取り出し、私は便箋を見せた。

すると、アニスは訝しみながらも目を通す。


「フェンネル国王陛下からの手紙だって?お前、いつの間に他国と交流を持つようになったんだ?ん……?第三王女ミモザ・バシリス・フスティーシアと教皇ルーイヒ・ブランシュ・スヴィエートの婚約成立……?準備が整い次第、結婚を行う予定……?」


 見る見るうちに顔色が悪くなっていくアニスは、ゆらゆらと瞳を揺らした。


「そ、んな……じゃあ、本当にミモザが結婚を……?」


 自身の額に手を当てて俯き、アニスはよろよろと後ろに下がる。

すっかり意気消沈してしまっている彼を前に、私はゆるりと口角を上げた。


「ええ。だから、叶わない夢や幻想は早く捨ててしまった方がいいわ」


 アニスの方にゆっくりと近づき、私は彼の頬を包み込む。


「まあ、ミモザ王女殿下が未婚のままであろうとアニスの願いは成就しないけど。私が絶対に貴方を手放さないもの」


 優しくアニスの顔を持ち上げ、私は空色の瞳を真っ直ぐ見つめた。

ピクッと僅かに反応を示す彼の前で、私は頬に添えた手を首元まで下ろす。


「だって、監禁という身体的な鎖に加え、入籍という社会的な鎖までしてあるのよ?逃れられる訳ないじゃない」


「!?」


 ハッとしたように息を呑み、アニスは数秒ほど固まった。

かと思えば、勢いよく身を乗り出してくる。


「入籍!?一体、どういうことだ!?僕はそんなのした覚えないぞ!」


 フェアレーター伯爵達から何も聞いてなかったようで、アニスはかなり取り乱した。

興奮状態に戻る彼を前に、私は説明を付け足す。


「フェアレーター伯爵の同意を得て、数週間前に籍を入れたの。だから、私達戸籍上はもう夫婦なのよ」


「なっ……!?」


 堪らず言葉を失うアニスに、私はニッコリ微笑んだ。


「結婚式は今のところ、保留よ。もしかしたらやらない方向で行くかもしれないけど、そこら辺はじっくり話し合って……」


「────僕はビオラとの婚姻なんて、認めないぞ!」


 こちらの言葉を遮り、アニスは首元に添えた手を引き剥がした。

依然として反抗的な態度を貫く彼の前で、私は『まだ折れないか』と息を吐く。


「あら、そう」


 アニスに強く掴まれて赤くなった手首を一瞥し、私は一歩前に出た。

その際、彼の首元に再び両手を添える。


「でも、アニスの意思は関係ないのよ」


 そう言うが早いか、私は手に力を込めた。

『うっ……!?』と呻き声を上げるアニスを前に、私はもっと強く首を絞める。


「もう成したあとなんだから」


 黒い瞳に支配欲と独占欲を滲ませ、私は手の力を緩めた。

アニスの首元にしっかりついた痕を前に、私は話を元に戻す。


「とにかく、貴方は鎖のついた状態なの。逃げようなんて思わず、潔くこの現実を受け入れることね」


 『そしたら、お互い楽しく過ごせるようになるわよ』と告げ、私は扉を二回ノックした。

それを合図に、外側から扉が開く。


「それじゃあ、また明日来るわね」


 『今日はもうゆっくり休んで』と言い残し、私はこの場を後にした。

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